第17話 木彫りの雪だるまだった


「吉井さん、吉井さん。起きて下さい! 旅立ちの時ですよ!」


 みきに何度も肩を揺すられ、お、ああ。と吉井は目を覚ました。


「なに、終わったの?」

「システムオールグリーンです。いつでも旅立てます。そして」

 みきは満面の笑みで布袋を開き、貨幣を吉井に見せた。


「よくやったってお駄賃もらったんですよ、村長に。で、現在合計13枚になりました!」

「1枚だけかよ……」

「でも前の世界では12万ぐらいですよ。けっこう奮発してくれてますから!」

「まあくれただけいいか。あ、そういえば、おれこの村で育ったことにしたいんだけどさ。今後出身聞かれたとき面倒だから適当に話を合わせてくれれば」

「ああー。なるほどねえ。じゃあちょっと待ってください」


 家を出たみきは数分後、20代前半と思われる女性を招き入れた。


「この人、ワさんです。今日からあなたのお母さんです」

 

 ワさんと紹介された女性はにっこり笑って頭を下げた。


 「ああ、どうも」

 吉井は苦笑いしつつワに挨拶をした後、そのまま表情のまま、ないない、と手を振った。


「おいおい年が近いっていうか下だろ。それに家族まではいらないって」

「いやあ、なんかの時にやっぱり必要ですよ。で、吉井さん。ワさんはわたしのこの世界の母親の義理の妹でもあります。ほら呼んでいいんですよ。お母さんって」

「いやいや、設定がごちゃごちゃに」

「でもまあ、わたしの母親こっち来てから3人目なんですけどね」

 みきは呟くように言った。


 え? なんだそれ、あれ繋がりか? 吉井は戸惑いながら次の言葉を探す。


「あなたは小さい頃に両親が魔物に襲われて孤児になった。それをみかねたワさんが育ててくれた。で、あなたはショックでこの世界の記憶が喪失してる。なんかいまいち常識が通用しないのはそのせいだという。これでいきましょう。ね、それでお願いします」

 みきはワの手を握りしめる。


 うんうん、と頷くワを改めてみた吉井は、ワが右手で貨幣を握りしめているのに気が付いた。


 ああ、そういうことね。金で済むなら別に。吉井も、そうそう、うんうん。と2人に合わせて頷いた。


 その後、ワさんは吉井の出生について村ぐるみで口裏を合わせてくれることを約束し、笑顔で手を振りながら自分の家に戻っていった。


「ほんとに呼ばなくてよかったんですか? お母さんって」

 吉井は荷造りをしているみきの横で、木彫りの雪だるまのようなものを手の中でくるくると回していた。


「それはいいんだけどさ。3人目ってどういう」


 ああ、みきは布袋の紐を肩に掛けた。


「最初の人すごくいい人だったんですよね。次の人もとてもいい人だった。今の人はかなりいい人です。まあそういうことですよ」

「ああ、そういうことか」


 吉井は、なぜ短期間で親が変わったのか。という言葉の飲み込んでそう言い、木彫りの雪だるまのようなものを床に置いた。


「うーん。これ言うつもりはなかった、っていうのも本当ですし。言う機会を探してたっていうのも本当なんですけど」

 みきは立ったまま部屋の隅を見ながら言った。


「予備村ってあるじゃないですか。吉井さんが数週間過ごした。あそこって、魔物が村に侵入したときに避難する場所なんですよ。で、あの兵士の人達と一緒なんですよね。うちの村でやってることも」


 みきの言葉を聞いて察した吉井は木彫りの雪だるまのようなものを再び手に取る。

 先に襲われ役みたいなの決めてるんだな。そうなってくると、あれ? たしか前『わたしのような村人は2文字なんですよ』って言ってたのは。


「名前が一文字なのって、さっきのワさんの他にいるの?」

 吉井は横目でみきを見た。


「一文字なのは、ワさんとわたしの今の母親だけです」

 

 みきは視線を吉井に合わせず答え、「わたしはね、吉井さん」と続けた。


「この村のシステム嫌いなんですよ。そりゃあそうでしょ、みんなで頑張れよって思いますもん。でも大を生かして小を殺すっていうやり方をね、ただ駄目だ駄目だっていうんじゃなくて、わたしが中央に出て度を越えたサクセスストーリーとそのための思考を広めることによって、この国や村の価値観を変えれればなーって。まあ第一は日本に帰る手立てを探すことなんですけど。その過程で上手くやるつもりです」

「でも先の話だろ。とりあえずさ、ワさんと母親も誘ってみたら?今から中央に行くっていうやつに」

「そりゃあ、誘いましたよ。さっきも、その前も何度も」

 みきは視線をドアの方向に向ける。


「で、なんて?」

「二人共一緒です。自分たちだけ逃げられない、それに逃げたら他の人に迷惑が掛かるって」

「まあ、それ言われたらなあ」

「そうですよ。もう何も言えないっていうか……」


 その後、無言になった2人はなんとなく家の荷物を整理し、吉井が手に持っていた木彫りの雪だるまのようなものをどうするか悩んでいると、

「あ、それ気にいったんなら持っていっていいですよ。この吉井さんが気に入ってる流れだと後ですごく役に立つっぽいし」

「あー、うん。役には立たないと思うけど一応持っていくよ。でさ、これなに?」

 吉井は木彫りの雪だるまのようなものをポケットに入れた。


「いやだなあ。どうみたってわたしが作った木彫りの雪だるまですよ」

「よかったよ、イメージと合ってて。で、なんで」

「それはですねえ」

 みきは木でできた靴に布を詰めて履き、玄関でつま先を床に打って何度か感触を確かめていた。


「ここ雪がないんですよねえ。で村の子どもに雪っていう概念を説明するために彫ったんですよ。こんなものも作れるんだぜ! っていう」

「へえ、伝わった?」

「しいて言えば、宇宙人を見た人が他人に説明するときの難しさ、みたいなのがわかりました。何事も経験ですよ」



「じゃあ、そろそろ行きましょうか」

 みきはそう言った後、ふとドアの前で振り返り、家の中をゆっくりと眺めた。


 色々あったんだろう、3年だもんなあ。最初副村長だから一人で住んでるのかって思ったけど、一応母親扱いの人もいるのに別に家があるってことは、一緒に住めない理由があるんだろう。それがみきにあるのか、母親側にあるのかはわからないが。


 吉井はみきの視線に入らないよう、回り込んでドアまでの数メートルを進んだ。


「あ、先に言っときます。取り立てに来た人、前言ってた車で来た人じゃないですから」

 と自分の頭部をとんとんと叩きながらドアを開けた。


「え!? そうなの!道中で気付くパターンかと思ったのに」

「なんかそんな気がしてたんですよ。吉井さん、頭を見る目がやたら意味深だったから。大体日本人だって言ったじゃないですか。全然違いますよ、あんな欧米風の顔立ちの人とは」

「いやー、こっちの世界で頑張ってあの立場になったんだなあって」

「頭髪はごまかせてても人種までは変えられませんよ」

「そう言われるとな。確かに短絡的ではあった」

 吉井は片膝をついてスニーカーの紐を締め直す。


「ちょっと。旅立ちだからって靴紐を締め直すって……。恥ずかしくないんですか?そんなわざとらしいことを」

 みきは無表情で言った。


「見るんじゃない。そしておれだってやりたかったわけじゃない。体が勝手に動いたんだ」

「はいはい、じゃあゆっくりやってください。わたしは先に旅立ってるんで」

 そう言ってみきは外に出た。


 よし、ここでクールダウンする時間を作り状況を改めて判断するんだ。できるだけ冷静に。吉井は両方の靴の紐を緩め、丁寧に締めていく。


 しかしまあ。紐を締め終わり立ち上がった吉井は思う。


 スポーツの試合でもないから特に意味はなかったな。


 家を出ると、壁にもたれて立っていたみきが目に入り、

「あれ。あの3人は?」

 吉井はみきに声を掛けた。


「さあ、もうちょっとしたら村の入り口に来ると思いますよ。わたしちょっと水筒に水入れてきますんで」

「おお、待ってるわ」

 川の方向に向かって走るみきを、吉井は手を振って見送る。 


 あ、そうか。ワさんをわざわざ母親設定にしたの金を渡したかったからか。なんか理由ないと受け取らないとかそういう。金は全然いいんだけど、むしろもっと渡してもよかったんだけど。


 でもそれはさっきの靴紐のとこで気付けよ。吉井は自分の靴先を見ながら少し後悔した。

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