~他(ひと)の寿命~(『夢時代』より)

天川裕司

~他(ひと)の寿命~(『夢時代』より)

~他(ひと)の寿命~

 払拭されない自然の空気が〝遍く感じ〟を逆手に採りつつ、現金(げんなま)から成る神秘(ふしぎ)の躍動(おどり)を踏襲して活き、〝型(かたち)〟を成せない空虚の途方を幻(ゆめ)の様子に造(ぞう)して在った。無益な「明日(あす)」へは〝型(かた)〟の付かない快楽(オルガ)の様子が感無(かんむ)を欲しがり暗夜(よる)へと消えて、昨日の延命(いのち)を〝祈り〟に保(も)てない苦労の生き場に捨て去りながら、俺の精神(こころ)に彩(と)られた枯葉(かれは)は随分気長に初春(はる)へと退(の)いた。〝気長な初春(はる)〟が幻(ゆめ)に凭れて現実味(しょうみ)を識(し)りつつ、延命(いのち)の途次へと返り咲けない精神(こころ)の懊悩(なやみ)を石踏みとした。

      *

 硝子器の破片で、右掌(みぎてのひら)を怪我した老婆が居た。結構その傷は深かった。その怪我した右手を左手で抱えながらその老婆は、やがて直ぐにやって来た俺の元職場の上司のような若い男に開放されていた。この老婆を俺は知って居り、確か、老人施設で働いて居た時に利用者として働いて居た時に利用者として来ていた老婆である。名前を高岸房江(たかぎしふさえ)と言ったかも知れない。その硝子器の破片とは、その塵箱(ごみばこ)が置いて在る家の居間で出た不要物であり、「要らなくなったから」と俺が捨てた。何か要る物を作っていた時に偶然出来た大鋸屑(おがくず)みたいな硝子器の破片だった。

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 微かな吐息が罅割れ始める瞬時(とき)の経過にぽつんと浮き出て、女性(おんな)の孤独を背骨の歪曲(まがり)に喩えた老婆は俺の幻(ゆめ)まで盗んで近付き、静かな軌跡(きおく)を端麗(きれい)に立たせて自身を落ち着け、俺と他(ひと)との情緒(こころ)の衝動(うごき)を具に発(た)たせる浮世の調べに堪能させ得た。無駄な意識が醜女(おんな)の周囲(まわり)でずっと廻って、明日(あす)の彼方へずっと落ち込む余程の常識(かたち)を隠し続ける。気性の激しい夜目(よめ)の移りが生(せい)の空転(ころ)がる人間(ひと)の憂慮に鎌首擡げて、白雲名高い人間(ひと)の道理(みち)へと追随して活き、俺の背中は誰にも見取れぬ奇妙な暗(やみ)へと還って入(い)った。煩悩(なやみ)の地獄に行く行く活き行く白い案山子に道理を訓(おそ)わり、「明日(あした)」から成る無業の輪舞曲(ロンド)に淋しく成りつつ、緑色した暗(やみ)の旧巣(ふるす)は俺の前方(まえ)へと横転して在る。小さい吐息を幻想(まがいもの)から不思議の胸裏に追従させ得て、暫く通(どお)りに無体を採り得ぬ淡い旧着(ふるぎ)を身に巻きながらも、遂には越えない俗世(このよ)の白壁(かべ)から透明(まわた)に包まる人間(ひと)の生き血に払拭され得て、俺の男性(おとこ)は無粋な真似して延命(いのち)を賭した。

 他(ひと)の背中は端麗(きれい)な暗(やみ)から端正(きれい)な暗(やみ)まで、所々に〝笑顔〟に先立つ淡い光暗(ひかり)を用意しながら、如何(どう)にも好くなる宙(そら)に拡がる〝聖(せい)〟の黒壁(かべ)には、遍く生命(いのち)が無局(むきょく)を識(し)らない深い晴嵐(あらし)の凹(くぼみ)を垣間見、俺の足元(ふもと)へ脚力(ちから)を投げ掛け庸(よう)に沿おうと、俺の生体(からだ)の余力を培う精力(ちから)を観るのに大きな目的(あて)など気丈に創れる途次を創った。人の躰が利(い)きて行くのに淡さを掲げる残骸(むくろ)の傍(そば)には有名無実の固陋が滴り、初めから無い生屍人(いきびとしびと)の要(よう)を成さない矛盾の魔の手〝孤独〟を束ねる余力を保(も)ち得て、純白(しろ)い生理に努々(つとつと)落ち得る処女の様子を傍観しながら、事毎〝旧巣(ふるす)〟を脱却して行く旧い四肢(てあし)を器用に舐めた。欠伸を識(し)らずに伸びも識(し)り得ぬ自然(あるじ)の記憶は世間に揃わず、足踏みして行く孤狼(ころう)の態(てい)など愛惜しさに見る二手(ふたつ)の生死へ赴きながら、昨日の〝脳裏〟へ反省し得ない幻(ゆめ)のmorgue(モルグ)へ還って入(い)った。〝人間(ひと)へ逃げるか、神へ逃げるか、二手(ふたつ)に一つの無局の露わに、個人(ひと)に生れた俺を操る総体が在る。俗世(このよ)に生れて何処(どこ)へ向くのも露わに落ち着く不安の成就に文句(ことば)を吐きつつ、無憶(むおく)の成就へ心酔して行く仕手の孤独がひっそり灯る…〟、戯言(こごと)ばかりの人間(ひと)の浮沈(うごき)に俺の余命(いのち)が影響されつつ、如何(どう)にもし得ない自然(あるじ)の昂(さかり)は〝意味〟を報せて透り始める。…

      *

 流石に危ないから、塵箱(ごみばこ)に捨てようか否か俺は迷ったが何気に黙って捨てて仕舞い、その所為で老婆が怪我をした、俺には全くそのように思え、申し訳無い気持ちで在ったが、その高岸氏の「痛っ!!」という可成り大きい声に反応してその上司のような男が少々険相を以て犯人を問い詰めているように見えた為俺は周りの者達に自分の失態が破(ば)れて、群れのルールにより浮上出来ぬ程のレッテルを貼られた上で虐められるのを恐れて、自分が犯人だ、と名乗り出る事を辞め、その高岸氏が怪我した時点から一番最近にその塵箱近くに居た別人がその名を上司に呼ばれているのを目にし、俺は仕方なく〝この場は、その別人の所為に成れば好い〟等と心中で言いつつ同時に―即座に―〝直ぐ破(ば)れるやろうな…だってその別人は本当にあの硝子器を入れてないし、入れた犯人ここに居るんだもん。それに結構、プライド高そうだし…〟と又思い返していて、自分が捕まる事を恐れていた。が、実際、俺があの硝子器を塵箱に捨てた現行・現場を見た知る者は誰も居ないし、犯人が俺に辿り着く可能性は無い、として、俺は案外平気を装っていた。怖かったが、そうして居る事が出来た。

      *

 無断で過せる自然経過(とき)の移りにその実(み)を任され、在る事無い事、不思議の樞(ひみつ)に放り込みつつ、俺の孤独は〝犯人顔〟した幼い少年(こども)を心で飼いつつ共鳴(さけ)んで在って、通り縋りの自然の流行(ながれ)は〝昂(のぼり)〟を識(し)らない旧い情緒に苛まれていた。俺を装う見知らぬ数多は、人間(ひと)の残骸(むくろ)を逆手(さかさ)に着た儘、見知らぬ未知へと自然(とき)の翻(かえ)りを把握(つか)んで居ながら返り咲けない遠い宙(そら)へと埋没して活き、人目を気にする旧い両眼(まなこ)をそれでも採りつつ、自分の孤独へひっそり懐ける不変の条理へ帰依を図った。自分の口から意図せぬ軽妙・奇妙な現(うつつ)の〝角(かど)〟を巧く丸める自己の傀儡(どうぐ)が姿勢(すがた)を化(か)え活き、俗世(このよ)を利(い)き生く小さい自然(あるじ)が自分の足元(ふもと)を一掃して行く強靭(つよ)い腕力(ちから)に身を寄らせた儘、俺に象(と)られた拙い勇気を軽く懐ける仕種を講じ、「明日(あす)」の行方が〝仕手〟を通さぬ古い道着(どうぎ)を着用している白壁(かべ)の連画(れんが)を大事に挙げた。経過(とき)が空々(からから)空転(まわ)り、俺から見得ないあの手この手を懐手をして操業(そうぎょう)して生く強靭味(つよみ)を束ねた連想(おもい)を踏襲(ある)き、俺の躰が無重に操(と)られて宙(ちゅう)へ浮くのを、自然の流行(ながれ)に巧く沿えない俺の孤独は冷観(れいかん)している。

 冷笑から成る単純不快の物の流動(うごき)は、人間(ひと)に彩(と)られる、浮沈の上下と激しい〝分布〟に雲散して活き、捕(捉)え切れない人間(ひと)を取り巻く自然(あるじ)の許容(おり)には、人間(ひと)の幻(ゆめ)から端正(きれい)に発(た)てない脆(よわ)い〝音頭〟が微熱を挙げた。〝孤独〟を呈する〝予定調和〟に、俺の感覚(いしき)は不断に割かれ、他(ひと)が織り成す無造の正体(からだ)は正味を失くされ幻(ゆめ)を想った。幻(ゆめ)の宮(みやこ)に架かる正義は、人間(ひと)の蔓延る俗世(このよ)の許容(うち)から半ば感覚(いしき)を宙(そら)へ奪(と)られて身軽に落ち着き、初めから在る不思議(おかし)な孤独を人間(ひと)の温体(からだ)へ微妙に絡めて自体を損なう数多の疑惑(ゆらぎ)を遠目に遣るまま衰退し始め、俺と他(ひと)とが軽く仕上げた純白(しろ)い連鎖の常識(かたち)を飛び越え、俺の幻(ゆめ)には何者にも無い内輪(うちわ)の主観(あるじ)が躍進し始め、うっとりして生く奇妙な囀句(ヒント)は宙(そら)から延び利(ゆ)く具体の道理(みち)へと行進して居た。苦労を識(し)り得ぬ俺の心身(からだ)は煩悩(なやみ)の過去から未完(みじゅく)を持ち出し浮遊に独歩(ある)き、返り咲けない滑稽(おかし)な妙味を杞憂に任せて嘆きを観(み)せる。純白(しろ)い気色が烏有に巻かれて神秘(ふしぎ)の記憶に埋没する時、稀有の精神(こころ)が俺の〝褥〟を柔らに見て取り〝執行猶予〟を俗世(このよ)の記憶に大きく立たせ、他(ひと)の表情(かお)から何も生れぬ魅惑の芳香(におい)が彷徨するのを自分に置かれる〝立場〟の洞(うろ)から静かに眺め、他(ひと)の延命(いのち)が生長するのは以前(むかし)に割かれた躍動(うごき)の許容(うち)へと埋葬された。純白(しろ)い文句(ことば)は潔白(しろ)い孤独に蹂躙され活き、人間(ひと)の右掌(みぎて)に軽く置かれた余命(いのち)の並列(ならび)に猛進して活き、苦労を識(し)り得ぬ無根の謳歌に到達している。精神(こころ)を観るのは漆黒(くろ)い暗(やみ)から暫く遠退く独壇場へと足場を換えられ、俗世(このよ)の経過に歪(まが)って解(と)けない感覚(いしき)の〝固さ〟を誇示して舞い立ち、契りを保(も)てない険しい夕べは潔白(しろ)い朝陽に茂みを寄り観て、昨日の経過に忙(せわ)しい難儀を逆行し得ない神秘(ふしぎ)の孤独を擁して在った。〝無駄の意味〟から〝彼女〟が現れ、俺と他(ひと)との悲劇を被(こうむ)る朱色の赤門(もん)には、罅割れして行く粗い〝限り〟が経過を余所目(よそめ)に逆行して生き、活きる経過(とき)へと不問は止(と)められ、矢庭に問えない滑稽(おかし)な〝記憶〟は俺と他(ひと)との牙城(とりで)を横手に大手を振り過ぎ威嚇をして利(い)き、隠し切れない脆(よわ)い八頭(おろち)を逆算した儘、過福(かふく)に問えずの純白(しろ)い一頭(あたま)を指差してもいる。俺に伴う旧友(とも)の姿勢(すがた)は硝子に巻かれた苦労知らずの旧友(とも)達でもあり、無残に飛び散る経過(とき)の晴嵐(あらし)の静まる頃には、明日(あす)の空慮(くうりょ)が二度と咲けない無音の独房(へや)へと埋衰(まいすい)している。透明色から神秘(ふしぎ)の〝生き血〟が仄々燻(くす)んで和らぐ頃には、昨日まで観た〝記憶〟の便りは独創(こごと)を吐くまま難儀を置き去り、俺の背中と俺の幻(ゆめ)とに対した〝孤独〟は他(ひと)の共鳴(なげき)に優に産れて、自分の四肢(てあし)が活気に行けない無機の前途を撰(えら)び始めた。脚色(いろ)の通らぬ〝無機の前途〟は初めから無い虚無の〝牙城(アジト)〟を虚構に従え、薄ら移ろう孤高の行方は生娘(むすめ)の肢体(からだ)に程好く解(と)け入り、明日(あす)の活気に忍び行けない未完(みじゅく)の生気(オーラ)を横手にする内、吃り勝ちする滑稽(おかし)な余力に文句(ことば)の幾多を大きく身構え、気性に彩(と)れない生娘(むすめ)の女性(おんな)を幻(ゆめ)に向け据え身軽を仕留めて、如何(どう)にでも向く人間(ひと)の温味(ぬくみ)に幾様(きよう)を謳える前途を識(し)った。か細く泡立つ無様(むよう)の気泡(あぶく)は〝前途〟を認(したた)め、故意の魅惑に細(ほっそ)り咲けない不要の小躍(おどり)の正味を吟味(あじ)わい、明日(あした)から成る人間(ひと)の無欲の気忙(あらなみ)等には、如何(どう)とも言えない無数の派閥が類(るい)を奏でて昨夜に憑かれ、昨夜に操(と)られた幻(ゆめ)の途次への未完(みじゅく)な熱気を興す間も無く、生娘(むすめ)の温身(ぬるみ)は〝生(せい)〟の謳歌へ闊歩を続ける無音の躍進(すすみ)を画策している。俺の背中は独創(こごと)に彩(と)られた内輪(うちわ)の旋律(しらべ)を程好く認(したた)め、気熱(ねつ)を加味する無想(おもい)の砦は恰も間も無い小さな〝牙城(とりで)〟にその実(み)を棄(な)げ出汁、明日(あす)の残骸(むくろ)を端正(きれい)に仕上げる虚無を賄う人間(こどく)の余命(いのち)は、諦め表情(がお)した具(つぶさ)の密集(しげみ)に経過(とき)を這い行き到達していた。

 独りで隠れた孤狼(ころう)の共鳴(さけび)は巧みに描(か)かない文句の酒宴(うたげ)で自体を失くした亀の歩速に追随し始め、人間(ひと)に見得ない虚構の灯(あか)りに凡滅(ぼんめつ)して活き、玄人仕込みの筆腕(うで)に零れる無性(むせい)の脆さを自粛しながら〝生(せい)〟へ生き抜く徒労の努めに疾走(はし)って行った。疾走しながら失走して行く我が身の虚無から白味が漏れ出し、透明色した透明(まわた)の限度(かぎり)がその実(み)を温(ぬく)めて、昨日の事柄(こと)から〝生(せい)〟を保(も)たない自在の孤独は俺を窘め、空気(もぬけ)の成果へ追従(ついしょう)して生く跳躍(はずみ)の仕種に惨(まい)って在った。これまで自分を透り過ぎ得た透った躰の旧友(きゅうゆう)達には、二度に見(まみ)えぬ白壁(かべ)の固さを俗世(このよ)に観る儘〝旧友(とも)〟に成れない虚しさ溢れる具体を採り置き、隠(かく)れ隠(がく)れ俺の身元(もと)から暗(やみ)に失(う)せ生く端麗(きれい)な姿勢(すがた)がふわりと浮いた。俺の周りの凡人共から二手(にて)に分れる自然(あるじ)の暴徒が矢庭に急かされ地に足着かずの巨躯を採らされ広河(こうが)を波(わた)り、器用な四肢(てあし)を宙(そら)に棄(な)げ出す支準(しじゅん)を観ながら、倦怠尽しの緩い姿勢(すがた)に圧倒され活き、世界(このよ)を離れる未知の苦痛(いたみ)に、自己(おのれ)の脆差(よわさ)が追従出来ない自然(しぜん)の営利を解体している。潤白(しろ)い化色(けしき)を幾何の身辺(あたり)に程好く着飾る無頼の梯子の住人達には、俺の温身(ぬくみ)が如何(どう)にも識(し)れずに、遠くへ退(しりぞ)く不思議の重圧(おもり)にその掌(て)を延ばし、明日(あす)の余命(いのち)に逡巡出来ない脆(よわ)い記憶の傘下を見下げて、心許なく俗世(このよ)を活き抜く細心(こころ)の情死に相乗りをする。俺の背後にぴんと張られた真白(しろ)い空慮(くうりょ)の論破の果(さ)きには、現代人(ひと)の生き血が生々しい程延命(いのち)の火照りを臭味として活き、数え切れない以前(むかし)の孤独を通り縋りに解決して行く新たな間延びに傀儡(どうぐ)を認(したた)め、通りに咲かない思考の放棄に俺を初めに俺の延命(いのち)は男性(おとこ)を見詰める大きな両眼(まなこ)を右掌(みぎて)に取り次ぎ解体して生き、疾走(はし)り出さない虚無の空気はしどろに堕(おと)した脆(よわ)い両刃の性差に忍ばせ、明日(あした)から鳴る人間(ひと)の革靴音(おと)へと寸断され得ぬ規矩の態度(すがた)を獲得していた。

 昨日から降る小雨(あめ)の程度は俗世(このよ)の男女に大きく被さり、流行(なが)れる透明(まわた)の泡色(あぶくいろ)する気泡(あわ)の光沢(つや)には、初めから無い気楼の様子が脆々(よわよわ)しく在る。「光の許容(うち)から歩め…」と言うが、俺の孤独は光沢(ひかり)の精査に如何(どう)にもはっきり路頭を採り得ず、虚無の夕べが清閑(しずか)に挙がれる短い晴嵐(あらし)の歪曲に在り、その為識(し)り得ぬ人間(ひと)の温味(ぬくみ)が掌(て)から離れて古く成り行く奇妙の気色が膨張して活き、孤独を知れ得ぬ無頼を呈した俺の依怙地(いくじ)は、暗(やみ)に挙げられ累々泣き生く〝褥の主観(あるじ)〟を生還させた。

 俗世(このよ)の男女は活きる姿勢(すがた)に初めから無い常識(かたち)の集積(シグマ)を見方を変えて、どんどんどんどん新たに募れる魅惑の神秘(ひみつ)の美眉(びみ)から細(ほっそ)り堕ち得る一滴(しずく)の透明(いろ)から正義を狩り出し、明日(あす)の意欲に真直ぐ備える強靭(つよ)い性差を打ち出していた。質(たち)の在り処と出方を違(たが)えた俗人(ひと)と俺との安い水面(もと)には、昨日を活き得た個人(ひと)の成果が吐息に掴まりか細く揺らめき、よろめく姿勢(すがた)を下肢(あし)の脚力(ちから)でうっとり支える人間(ひと)の与力が表れ始める。心許ない二局(ふたつ)の仕種は〝俺の孤独〟を癒す為にと、宙(そら)を這い往(ゆ)く神秘(ふしぎ)の盲膜(ベール)に逡巡し始め、見事に跳べない身寒い生気(オーラ)は明日(あす)の記憶に出来(しゅったい)して活き、人間(ひと)の生気と俺の生気が、二手(にて)に分れる違った水源(もと)から成り立つものだと、何(なに)にも明(あ)かない二局(ふたつ)の集体(シグマ)は文句(ことば)を忘れて常夏を識(し)る。苦労上がりの俺の微動(うごき)は〝光沢(ひかり)〟に廻れる初春(はる)の足元(もと)から薄ら花咲き、蕾の体(まま)では一糸彩(と)れない杞憂の値踏みに相対(あいたい)し始め、如何(どう)にも出来ずの宙(そら)の芽吹きの吐息を観る内、次第に枯れ行く諸葉(もろは)の茂りは雇用に花散る無音の安堵(ゆとり)に落ち生くものだと、俺の生命(いのち)を手招きして行く鼓動の羽音(ねいき)は箴言をする。無益の遠離(とおさ)が俺の身辺(まわり)で〝透明(しとね)〟を擡げ、初めから在る虚無の双頭(あたま)に樞(ひみつ)の迷路を歪曲して活き、如何(どう)とも採れずの真白(ましろ)の海馬(うみ)には、耄碌し得ない旧い経歴(きおく)が散在して活き、「恰好」付かずの人の耄碌(ぼけ)から発狂始める無垢の自鳴(じな)りが生来して居る。

 苦境に際した俺の歴には「明日(あす)」の暦を計り識(し)れない無数の企画を拵え始め、新たな立場を被(こうむ)り始める無垢の透明(しとね)は旧友(とも)を破棄する軟い仕手から曲術(すべ)を訓(おそ)わり、伝(おそ)わり始めた未知の幻想(ゆめ)には〝幻(ゆめ)〟とも〝夢想(ゆめ)〟とも〝幻夢(ゆめ)〟とも〝既夢(ゆめ)〟とも、鬱蒼灯れる旧い情緒に自己(おのれ)の皆無が元気に居座り、次第に崩れて陶酔して生く人の酔気(すいき)は俺へと忍び、俺の〝水面(もと)〟には波音立たない床しい生歴(きおく)が非常に丈夫に逆立っても在る。〝煩い病(びょう)〟から滔々流行(なが)れる生気(オーラ)に従い、自分の身元を遂に知れない神秘(ふしぎ)の孤独に値踏みをする際(とき)、俺の精神(こころ)に明るく集まる樞(ひみつ)の文句(ことば)の明度にはもう、愚図愚図出来ない「明日(あす)」へ掲げる無性(むしょう)の生気(せいき)が羽根を拡げて巣立って在った。〝通り〟、通(どお)りの意味深めいた神秘(しんぴ)の言葉に、固体を報せず衰退して生く旧友(とも)の交流(ながれ)の不埒な道理は、初めから無い不毛の晴嵐(あらし)を故意に避け行く機敏が窺え、何時(いつ)も通りの〝浮世〟の調べに熟々(じゅくじゅく)唸って衰退して生く孤高の自然(あるじ)の行く末から観て、一糸気取れぬ夜半(よわ)の寝言は〝通り〟に発(た)たない一縷の常軌を大事に採った。常軌を逸した〝二重瞼〟の上気の果(さ)きには、隠し保(も)てない旧い温床(ねどこ)が散乱していて、赤い上気や黒い上気、紺(あお)い上気や真白い上気が所狭しに憧憬(けしき)を着重ね、煩悩(なやみ)の正味に煩悶して生く人間(ひと)の主観(あるじ)を歓迎している………。

      *

 その家が夢の舞台であって、何故(なぜ)か人がわんさか居た。知る者と知らぬ者とが入り混じってわんさか居た。俺の元職場の気持ちの繋がらない同僚から、俺の両親(恐らく居たように思う)、永作博美扮する処の歯科女医(マッサージも出来る)、その永作博美に肖るようにして別の医療に携わる知人の女、俺の元職場の上司、結果的に俺に濡れ衣を着せられる事になった、まるで一つの事に博識の白縁(しろぶち)眼鏡を掛けた男、その他大勢である。多くの者は、大体、家の居間に集まり、博識の男が何か他愛無い実験のようなものをしていたのを眺めて居り、その他は、自分のその時しなければならないとした仕事に就き、緩く軽やかに右往左往して居た。永作博美も始めその右往左往していた者達の内の一人だったが、俺の歯が悪い事に俺と周りの皆が気付いた時点から俺の為に一寸(ちょっと)した担当医の様(よう)に成って、俺の為に色々と工夫を凝らして治療をしようと自分のテリトリーと俺の側とを行き来していた。俺はその永作博美歯科女医の、程好く慣れててきぱきとした手腕が嬉しく、又女特有の男を溶かしてくれそうな雰囲気の構築が嬉しく、又、周りの者がその歯科女医と俺とが成す場面を見てくれる事が嬉しかった。その永作博美女医に肖る女は好く俺の傍(そば)まで来て居た。

      *

 靄から脱(ぬ)けない〝一つ処〟に足踏みした儘、俺の心身(からだ)は他(ひと)の温身(ぬくみ)を未だ観ずして、純白(しろ)い…真白(ましろ)い、黄味の掛かれる忙(いそ)いだ要所の伽藍に伴い、追従(ついしょう)して行く柔身(やわみ)の清閑(しずか)を己(おの)が屯の礎として、目下活き抜く自活の果てへと自分を推した。通り縋りの遊興の郷(くに)から〝一つ処〟を軟く灯せる閑散(しずか)な脚色付(いろづ)き具合を横目に翳して揚々(ゆっく)り進み、明日(あす)に迫れる人間(ひと)の温度を現行(いま)に灯せる無境(むきょう)の合図に丁度としていた。幼児(こども)の成らない久しい閑古にひたすら赴き、これまで目にしたさもしい情緒を自分の身分に分身(かわり)の調子に細(ほっそ)り打ち立て、昨日に相(あい)した寝屋の側(そば)から暮れない夕べに應々(ゆっく)り朽ち生く花の延命(いのち)に献示(けんじ)しながら、自分に操(と)られた才色兼備が如何(どう)にも落ちない夕日に在るのを、二手(ふたて)に分れた俺の延命(いのち)は余命(いのち)を乞うまま純粋に観た。純白(しろ)い夕べに他(ひと)の生命(いのち)が朽ち果て生くのを二脚(また)の内から潜(ひっそ)り傍観(なが)め、眺め過ぎては合いの手さえ無い、黄泉の気色を透明(まわた)に着飾り、孤独を彩(と)らない宙(そら)の小禽(ことり)が暗(やみ)に生くのを、端麗(きれい)な両眼(まなこ)でじいっと観ている俺の背後(せなか)が順繰り朗笑(わら)う。止まり木すら無い〝我が屋(や)〟に置かれた〝一つ処〟は他(ひと)の温身(ぬくみ)を逃がしながらに、器用に彩(と)られた〝旧巣(ふるす)〟の暖炉に薪(まき)を組(く)べ行く老夫(ろうふ)の体(てい)して、朝な夕なに、清閑(しずか)な冷笑(わら)いの維持から脱却して活き、小躍りさえ無く意固地の減らない男女の哀れを白壁(かべ)に描いて、俺の背後(せなか)が寡黙に連なり還って来るのを、温(ぬく)い眼(め)をして待ち続けている。腹が減るのを余程の余程の苦として、忙(せわ)しさから成る二つの残骸(むくろ)は危惧を呼べない余裕の傘下に埋没した儘、いきり立てない個人の労徒(ろうと)を自身に当て嵌め目間苦(めまぐる)しく活き、暗(やみ)の麓(もと)から返り咲けない滑稽(おかし)な余韻(しるべ)を俺と他(ひと)との二局(にきょく)の間隔(あいだ)に透れる実(み)を保(も)ちするする流行(なが)れ、鷲掴みにした人の孤独の余命(いのち)の一滴(しずく)を、自活(かて)にし得ない旧い孤独に突き付けても居た。

 何処(どこ)から向くのか一向問えずの俺の活路は歪曲する内、〝一つ処〟の活気の〝合図〟は美貌に出された滑稽(おかし)な女性(おんな)に魅了され活き、糧を識(し)らない古い固陋(あそび)に自ら邁進して行く新たな呼吸(いき)への脱線を観た。通り縋りの言葉の白壁(おり)から何も保(も)たない旧い色獣(けもの)が何人(なんぴと)足りとも寄せ付けない内、自ら呼吸(いき)する動作に於いては、純白(しろ)か漆黒(くろ)かの差異を問えずに、自ら始まる性差の夫々(べつべつ)への徒労へ赴き果てて生くのを両眼(まなこ)と脳裏に焼き付けながらにしっとり包まる人間(ひと)の脆味(よわみ)を把握して活き、孤高に保(も)てない自分の性(せい)への無垢が興せる生(せい)の葦には、予兆を観せない不可思(ふしぎ)な小躍(おどり)を充分温(あたた)め小指を噛んだ。宙(そら)の紺(あお)さは〝一つ処〟の狭さの許容(うち)にも小禽(ことり)の囀る小さな微声(びせい)に余程の孤独を散々立てられ、蹂躙され行く矮小(ちいさ)な吐息は白雲(くも)の鱗を微かに空想(おも)わす生活(いのち)の素顔が散々活きる。孤独顔した空気(もぬけ)の海馬(うみ)には漆黒(くろ)い渡海烏(からす)が自由に跳び活き、自分の肢体(からだ)に沿(そ)ぐい切れない二極(にきょく)の伝波(でんぱ)は脆々(よわよわ)しく観え、自由の水面(みなも)が宙(そら)と横手(よこて)に基底を採り得ず自由に活き過ぎ、果ての見得ない滑稽(おかし)な虚構(どらま)が自体を引っ提げ荒々しく成り、渡航を終えない渡海烏(からす)の苦慮には一命(いのち)に勝てない未完(みじゅく)を欲して独身が生く。

      *

 俺は彼女から歯の治療を受けながら〝俺も何かしなければ成らない〟等と思い、自分の左耳の掃除を何時(いつ)もしている耳掻きを以て始めた。すると、わんさかわんさか耳垢が取れて、目前のテーブルに拡げたティッシュの上には、目を見張るような俺の大きな耳垢が一杯溜まった。俺はその時、嘗て、耳垢が溜まり過ぎて耳が聞えなくなった母親の惨事を思い出し、母親もきっとこんな風だったのかな、なんて考えていた。そう考えながら俺はずっと耳掃除を続けた。掘っても掘っても耳内(みみうち)の壁にへばり付いた耳垢の感触が残っていて、詰められた耳垢の一部に耳掻きが当るとその耳垢全体にその突かれた感覚が行き渡り、今突いているその耳垢が可成り大きい物である事に俺は自ず気付かされるのである。

      *

 俺の心身(からだ)は孤独に随分浸り続けて、不断の感覚(いしき)が自然(あるじ)に操(と)られて麻痺して行くのを自分の温身(うち)にてしっとり読み取り、〝自分の為に〟と孤高を脱する幾手数多を経験(きおく)から採り代用せしめ、揚々(ゆっく)り始める我流治療を、精魂尽して遣り始めて居た。身近な以前(むかし)に〝母を襲った耳垢事件〟が緋色に明るく隆々照るのを俺の感覚(いしき)が両瞼(まなこ)に収め、感覚(かんかく)から鳴る無音の造作は脚力(いろ)を携え、明るい丈夫に母が居るのをノスタルジアから噴散(ふんさん)させた。未知が無いのを未知に従え、明日(あす)が無いのを明日(あした)と認めて、俺の心身(からだ)が温味(ぬくみ)を憶える透明(まわた)に包(くる)める瓦斯の怜悧を大事に採った。自分の自作を確かめない儘、自然(あるじ)の身元に大きく寝そべる俺の背後は核心を保(も)ち、無機に活き得る現代人(ひと)を観るのが無性(むしょう)に苛立つ身分を認め、純白(しろ)い空白(ゆとり)に閑散足る儘〝何も無いのが自作である〟など得意顔して猛言(もうげん)足るのは現代人(ひと)の得意の下手(へた)である等、俺の感覚(いしき)はとにかく現代人(ひと)から漏れ出る展望(ながめ)を不問の下(もと)にて斬り捨てていた。現代人(ひと)の無欲が共鳴(さけび)を掲げて罪悪を成し、初めて生れた新たな貴重へ独歩するのを好しとせぬ儘、妙な自尊に再三溺れて朽ち果て活(ゆ)くのを俺の感覚(いしき)は否が応でもその眼(め)に保(も)たされ、価値の見得ない不遜の両眼(まなこ)で闊歩して行く現代人(ひと)の態度(すがた)は滑稽成る儘、老若から成る混沌・chaosが自然に鳴る内、欲の尽きない本能(ちから)の在り処が底に表れ、現代人(ひと)と俺とは無縁を講じる宙(そら)の麓で無垢に生育(そだ)った。気色の初出(いろは)が宙(ちゅう)に浮き出てまったり暗(くら)やみ、俺の歩先(ほさき)を当てる間も無く、俺の身元(もと)から逃げ行く輩は男女を合せて全員である。今の今まで俺の身元(もと)へ集(つど)った老若男女(やから)が宙(そら)の経過をするりと抜け果て、明度(ひかり)の底から暗(やみ)へ行くのを俺の背中は観ている他には如何(どう)にも出来ず、俺の死ぬのを今か今かと待ってるようだ。人間(ひと)の浮世は生産人が残した業(ぎょう)など生産人(そいつ)の死後にて漸く認め、慌てふためく真摯の両手は生産人(そいつ)が失くなり清閑(しずか)な生き血が活き得る頃にて漸く生気を間近に見出し、自分の私事(しごと)は生産人(そいつ)の秘業(ひぎょう)を俗世に送って按ずるものだと、得意気に生く二面の厚顔(かお)さえ発光して行く。皆、自分の主観(あるじ)を大事に採った、保守の仕種に相対(あいたい)して居る。しかし俺の分身(かわり)は後世(あと)に残らず、経過(とき)の行方に小さな陰りがきょとんと落ち着き、老若男女の誰にも気取れぬ微塵の傀儡(どうぐ)に捌かれるのだ。経過(とき)の温身(ぬくみ)に約束され得た俺の気色の生気の群れには現代人(ひと)に解らぬ物憂い主導(しるべ)がきちんと成り立ち仏頂面して、お堅い口火で滔々流行(なが)せる輪舞曲(ロンド)の果(さ)きでは、誰にも採られる文士の王座が端在(たんざい)している。人間(ひと)の様子は遠い宙(そら)から暗(やみ)へ落ち行く、見知らぬ土地での生気の様子で、怜悧に伴う無機を見納め、それでも生き抜く活路を見出し、如何(どう)にも問えずの〝旧い俺〟には、俗世(このよ)の何処(どこ)にも知己を保(も)てない閑古(しずか)な楼気(ろうき)が揚々漂い、知己の姿勢(すがた)も胡散を見せ付け背中を尖らす無粋の輩に気取り始めて、俺の温味(ぬくみ)は〝生(せい)〟を問うのに直(すなお)を問えない新たな明度(あかり)へ失走するのだ。分別顔する無機の老若男女(やから)はするする滑れる俗世(このよ)の土手から更に宙(そら)へと高度を昂(たか)める対(つい)で棲み生く立場へ出で立ち、一つの人生(みち)にて何度も蹴上がり卒業して行く競争生(きょうそうせい)へと生長し始め、偶につとつと温(ぬる)い文句を余裕に呟きレトロの温和に浸りはするが、決して止(や)めない脚力(ちから)の端果(はさき)は一途(いちず)に燃え行く煩悩に在り、他(ひと)を蹴落とし自己(おのれ)が囀る無垢な小禽(ことり)に循環して行く。そうした樞(ひみつ)は順応に在る。人間(ひと)の色獣(けもの)に応対して生く歪曲されない素直から成る。独創(こごと)の酒宴(うたげ)は動転し合い、〝生(せい)〟の綻ぶ悪の古巣に〝奇妙〟も立たない温(ぬる)い経験(きおく)が往来して居た。

      *

 ティッシュの上に本当に可成りの量の可成りの大きさの耳垢を耳を掻きながら見詰めて居た所に、永作博美女医に肖る女が他者と何か悪戯(ふざけ)ていた拍子に俺の方に凭れて来て(正確には、俺が見詰めていたティッシュに黒髪が付くくらいに体を凭れさせて来て)、「うわぁ!」と声を挙げ、俺の耳垢の量と大きさに驚いて居たようだった。「やめとき、あんまり近付いたら耳垢が付くで!」と冗談半分の様(よう)に俺は言い、その女の事、永作博美女医の事で色々考え、その二人や周りの者達に伝える事が結構沢山在るのを感じながら俺は、今して居る耳掻き掃除に夢中に成らざるを得なく、生来の性格が奏する、一つの事に尽力する癖(くせ)への執着を、その時も俺は踏襲させられて居た。

      *

 苦労の絶えない俗世の風土を自然に活き抜き、自質(じしつ)の生気(オーラ)を生育(そだ)てて居ながら光明(ひかり)の内(なか)には時折り棚引く他(ひと)の声など自由に微睡み、温(ぬる)い涼風(かぜ)には果(さ)きの見得ない細い労苦が真逆(まさか)に落ち着き逆行に在る。純白(しろ)い〝火の粉〟は煙たい瞳(め)をして自走して行き、自然に傾く他(ひと)の独創(こごと)は無体(からだ)を欲しがり何さえ観ず儘、精神(こころ)の向くまま貪欲ながらに身軽な空虚(ドラマ)へ対峙して生く苦力(くりき)の進路へ這入って行った。短い文句(ことば)の希少(けう)の果(さ)きには都会に棲み生く八又(おろち)が蔓延り、根こそぎ問えない人間(ひと)の生義(せいぎ)を、孤独の許容(うち)にて埋葬して生き、端麗(きれい)な両刃(もろは)の端正(きれい)な渡りが俺の背後へ忍び寄る頃、到底寝付かぬ無為の主観(あるじ)は信徒を目掛けて独歩(ある)いて行った。独りに成る為人目を避けては両親(おや)から離れ、独房入(どくぼうい)りから孤独の刹那を連々(つらつら)摘まんで自活に具え、他(ひと)の威を借(か)る無駄の感覚(いしき)に自分の背後(せなか)を明るく気遣い、ついと一押(ひとお)す俺の信義(しんぎ)は感覚(いしき)を象る無為の一念(ドグマ)へふらふら寄り付き、「明日(あした)」から観る孤独の疾走(はしり)へ埋没して生く。SympathyからAutonomy迄、行方知れずの漆黒(くろ)い音頭は人間(ひと)の温度を漸く違(たが)え、無益の無いまま無駄の無い儘、見る見る果て活(ゆ)く信徒の孤独を上手に持ち替え、人目に付かない夜目(よめ)の途(みち)まで〝不向き〟を呈する〝生(せい)〟の自然(あるじ)へ投身して居る。活きる事への〝不向き〟に見紛う柔(やおら)の足元(もと)には、暗(くろ)い〝旧巣(ふるす)〟が俺の孤独へ同調して生く夢想(ゆめ)の発音(おと)から〝軒端〟を離され、疎い夢にも狂える夢想(ゆめ)にも何にも付かずの手相見(てそうみ)を保(も)ち、俺の感覚(いしき)は頬を大きく膨らませる内、孤独の内にて孤独を棄て生く強靭(つよ)い勇気をその実(み)に見納め、昨日には無い脆(よわ)い立場は林檎の赤にも匹敵する程清い柔(やおら)の肢体(からだ)から成る、二局(ふたつ)の感覚(いしき)の勝気が挙がり、生(せい)を呼べ得る明度(あかるみ)さえ無い無暗矢鱈(むやみやたら)の苦労の折りには、旧着(ふるぎ)を着て生く以前(むかし)の主観(あるじ)が閑散から成る。黄泉の古(むかし)のずっと太古(むかし)の経過(きおく)の許容(うち)には、老婆と愛馬が互いの実(み)を観て競争して行く旧い競合(レース)が透明(まわた)を仕留め、古びた家屋に他(ひと)の棲まない温(ぬる)い懐古(レトロ)がどんより棚引き、旧い生娘(むすめ)が自分の実(み)を見て整頓(きれい)を正せる常夜(とこよ)の正義(ぎしき)に謳歌して居た。男性(おとこ)の表情(かお)から女性(おんな)の緩身(ゆるみ)がするする解(ほど)けて巣立って往くのを俺に彩(と)られた感覚(いしき)の未熟は温身(ぬくみ)を識(し)り得ぬ哀れな寝息をこそこそ打ち立て、後戻りの無い神秘(ふしぎ)の裾まで、自分の幻(ゆめ)さえ不可思(おかし)く辿れぬ向きの凌駕へ冠水(かんすい)した儘、滞りの無い黄泉の郷(くに)まで予備の未完(みじゅく)を眺めて居ながら、明日(あす)の栄華へ失墜して行く無機の一滴(しずく)を意識して居た。〝文句(ことば)〟の並記(ならび)が〝お茶〟と較べて温味(ぬくみ)を保(も)てない洞(うろ)の許容(うち)へと埋没して行き、通り縋りの涼風(かぜ)を見送る無数の手管に沈散(ちんさん)して活き、人間(ひと)の余命(いのち)の虚しさから成る向きの葉末の夢想の八又(おろち)は、何処(どこ)の神眼(ゆめ)にも解(と)け込まないまま杞憂を忘れて忘却して行く俺の背後を見守り直せる。純白(しろ)い〝値札〟は人間(ひと)に迫れる数字を見せ付け、俺の麓(もと)から結託出来ない他(ひと)の夢想(ゆめ)には余裕(ゆとり)の無い儘、俗世(このよ)へ拡げる滑稽(おかし)な空気は他(ひと)に操(と)られて閑散(まばら)に成り行く虚無の連想(ドラマ)を映写していた。

      *

 永作博美女医は小声で、「はぁーい…(俺の首に濡れタオルを巻きながら)…こうしとくと大分(だいぶん)楽になりますよぉ、これは生姜を温(あ)っためたもんだから、肩凝りにも好くて、歯痛も抑えられるわ」と小さな笑顔を以て話してくれた。耳垢の事には余り触れなかった。まるで、俺が困るからと、態と関心を寄せない様(よう)にも俺からは見えていた。

      *

 二度目の経過を幻(ゆめ)へ馴らせる透明(しとね)の初春(はる)から共鳴(おら)び始めて、一度痩せ行く祈祷の折りから俄かに駆け出る不当の談語(だんご)に忙(せわ)しい気色は気忙(きぜわ)を報され、独りではない数多の仲間に巻かれた老若男女(やから)は食い気を忘れた栗鼠の態(てい)して滑り落ち行く梢の洞(うろ)から兎角覗ける両眼(りょうめ)を光らせ、慌てふためく罪悪(つみ)の末路を白日(あかり)に照らせる不義の内夜(うちよ)を滔々観て居た。両脚(あし)を引き摺る無翼(むよく)の談義は無駄を呈した経過(とき)の許容(うち)から微妙に束ねた不可思(おかし)な無頼を揚々汲み取る感覚(いしき)の葉末を清算しながら、純白(しろ)い果実に揚々小躍(おど)れる〝向き〟の蓄積(シグマ)を冷観して居り、明日(あす)の孤独に揚々咲けない人の感覚(いしき)を衰退させ行く。小躍(おど)り過ぎ行く二局(ふたつ)の離れの空洞(がらんどう)には、表裏(おもてうら)から一度に覗ける幻想(ゆめ)の枕がずらりと並び、緩く流れる人間(ひと)の感覚(いしき)に夢中を気取らす一局(ひとつ)の魔の手がするする跳び付き煙たさに巻き、旧い〝熊手〟が無数に分れた岐路の要所(かなめ)で可笑しく成るのを、自然(あるじ)に操(と)られた土の固さに共鳴して生く人の孤独に宛がっても居る。

 小波(さざ)めく花のが夕べの迷盲(まよい)の露見癖(チラリズム)に在る。大腕(かいな)を拡げて〝後光十字(ごこうじゅうじ)〟に切り裂く夜中は、新参者(しんざんもの)から破産者(はさんもの)までっ見事に追い立て労を費やし、二度と咲けない暗(やみ)の麓で、一糸纏わぬ瞑想婦人に応対して居る。俺の目前(前方:まえ)から常時即座に失(き)え行く現代詩人の身軽の躰は、自己(おのれ)の人影(かげ)さえ掴み取れない無体の生命(いのち)を何処(いずこ)へ侍らし、嫌味たっぷり怪訝を損ねる無為の人渦(うず)へとその実(み)を足らしめ、曰く付きからラベル付きまで、無機の水面(みなも)に一生暮せる滑稽(おかし)な富貴へその身を費やす。俺の前方(まえ)から片言、ことこと、がたごと、ごとごと、煮えない理念を明白(あす)へと掲げ、一気に体を宙へ浮かせる非人(ひじん)の風紀を得手としている。〝意味〟を問いつつ〝意味〟を問えない無敵に在ら非(ず)の現代人(げんだいじん)には、弄(あそ)び呆(ほう)ける巨体の無垢から明るみさえ無く、自己(おのれ)が遺せた残骸(むくろ)から観る宙(そら)の要塞(とりで)に屯して在る。形成(かたち)の載らない人間(ひと)の歴史の砂礫の上では、俺と人間(ひと)との間広(まひろ)が生い立ち、独白するしか能(すべ)を保(も)たない脆(よわ)い他(やから)が横行し始め、元鞘(もとざや)成ら非(ず)の相対出来非(あいたいできず)の、人間(ひと)の愚物を丁重に挙げ、他(ひと)の手数(かず)には〝遂(つい)〟の見得ない頂(やま)の土台(じょうぶ)が崩れて在った。現代人から発光され得る明暗(ひかり)の程度が俺には識(し)れない。文句(ことば)を失(う)せさせ、真白(しろ)い透明(やわら)と同化し終えた経過(とき)の狭間で、延命(いのち)が呈する孤独の諸刃(やいば)が他(ひと)に見得ない。他(ひと)の姿勢(すがた)は脆々(もろもろ)崩れて実体(からだ)を成せずに、人間(ひと)の足跡(きおく)に順折り流行(なが)れる行方知れずの慟哭を保(も)ち、自然(あるじ)に対して何にも出来ない不動の温身(ぬくみ)に消されて在った。他(ひと)の〝生き血〟は俺の前にて音を発(た)てずに脚色され得ず、切にお堅いメタルキングの素早さに載り、初めから無い奇妙な郷(さと)へと、羽を拡げて巣立って在った。

      *

 元職場のとっぽい同僚が、そんな俺達と他(ほか)のやんやと燥ぐ者達が居るそのキッチンへやって来た。狭いので「やって来た」と言うより、ふいと立ち寄った、と言う方が適切だった。その同僚は、日頃からそのがっちりした風貌と朴訥な性格とで少々周りの者達を威圧し、その威圧に寄って信望と服従心とを得ていた処があって、その時でもその威圧感は役に立っていた様子で、周りの者達はその同僚を怒らせまいとして同僚の言動に注意を這わせて居た様(よう)だった。同僚は〝何してますのん?〟とでも言うように、他の女には見向きもしないで俺に近寄った。俺がその時言った面白い事に受けた様子で、仰け反るようにして散々笑って居た。何時(いつ)もの事だった。この同僚は、何故か俺に優(易)しい一面が在り、俺と仲の好い演劇を講じる癖が付いていた様子で、その時も雰囲気を白(しら)けさせまいとして大笑いをした、そんな案配だった。周りの者も釣られて笑った。しかし俺は、あの耳内(みみうち)の壁にへばり付いた耳垢の一部から全体へ響く耳掻きの感触が歯痒く忘れられず、その後も何度かその感触を覚えて根こそぎ取りたい気分に苛まれながらも、滅多に無いその感触に感動を覚えていた様子が在った。

      *

 孤独を欲しがる俺の心身(からだ)は孤独の大海(うみ)に溺れていながら、遠(とお)に棄て得た旧友(とも)の残像(のこり)を細かく刻んでもう一度棄て、旧い心傷(きず)から仄かに挙がれる未完(みじゅく)の旧巣(ふるす)を背後に帰(き)す儘、旧友(とも)との別れに永久(とわ)に居着ける新宿を観た。慌てない儘、冷静足る儘、平静成るまま、穏やか足る内、明日(あす)への成果を現行(いま)の回顧に爪弾く身辺(ほとり)で、旧友(とも)の表情(かお)から漆黒(くろ)い悪魔がにゅるんと跳び出す失態を見た。幻物語(ゆめものがたり)に苛つく臭(にお)いの香水を掛け、明日(あす)の寿命(いのち)を全うして行く「死んだ作家」に俺は成るのだ。遠くに失(き)え生く残像(のこり)の老若男女(やから)は俺から乖離(はな)れた俗世の平凡(ふつう)に活きて居ながら、時折り微動(うごき)と微声(こえ)を発する怜悧(つめ)たい衝動(うごき)に導かれている。〝早く消えろ…〟、〝早く消えろ…〟、〝消えて失(な)くなれ…〟、…、拙い仕種が人間(ひと)の象形(かたち)を留(とど)めて居ながら、何の温身(ぬくみ)も理解も示さぬ不変の色香を大きく覗かせ、不毛の死地へと、一歩、一歩、…、牛歩を呈して怜悧(つめ)たいやぐらを認(したた)め始める。他(ひと)の文句(ことば)は何の理解も終生示さぬ、機械音痴の膨大(マクロ)を保(も)った。人間(ひと)の虚無(うつろ)は怜悧(つめ)たい瞳(め)をして失楽園(パラダイス)へ向き、俺の元へは二度と返らぬ無謀な進化を完就(かんじゅ)していた。初めから無い、他(ひと)に彩(象:と)られた生気(いのち)の脚色(いろ)には空気(もぬけ)から成る痛みが蹴上がり、始めから無い失楽(らく)への狂苦(きょうく)へ全進(ぜんしん)するまま明度(あかり)へ堕ちた。

 他(ひと)の素顔(かお)には滑稽(おかし)な教癖(ドグマ)が陶酔病(ナルシッソス)から成る向きの狭苦(はざま)に沈落(ちんらく)して行く自然(あるじ)の病躯に気遣いながら、次第に遠退く軟(やわ)らの死地には人間(ひと)の心と共存し得ない粗い延命(いのち)が活き長らえつつ、旧来(むかし)の習癖(くせ)から寿命(いのち)が遠退く憐(あわ)れな老若男女(やから)が活きて在るのを、陽(よう)を照らせる他(ひと)の無垢には滑稽(おかし)な具合に傍観された。

      *

 夢から醒めて、俺は見た夢が正夢か唯の夢かを確かめようと、実際に耳掻きで左耳を掃除して見た。もしかすると、あの妙で、何とも言えない爽快感を期待出来る鈍い耳垢の感触を耳内で感じられるかも知れない、と期待したのだが、一向にその感触も期待も得られず、又右耳でも試して見たが同様であり、結局、唯の夢、という事が判明したのであった。

      *

 両耳(みみ)を劈く晴嵐(あらし)の夜には俺の心身(からだ)は柔さを識(し)り生き、他(ひと)の発声(こえ)から矢庭に起き立つ鈍い純白(しろ)さにさよならをして、他(ひと)との乖離を永久(とわ)に悦ぶ人間描写に痛感していた。白(あわ)い真白(ましろ)は人間(ひと)の海馬(うみ)から晴嵐(あらし)を過ぎ去り、堕ち生く身元は〝失楽(らく)〟の身元(ふもと)で野平(のっぺ)り生き立ち、明日(あす)と現行(いま)との妙の乖離(はなれ)をそのまま承け取る準備をしている。他(ひと)の心身(からだ)は矢庭に崩れた空間(やわみ)の許容(うち)にて、孤独を識(し)れない寿命(いのち)に突っ立ち、しどろもどろの叫(たけ)びの許容(うち)にて明日(あす)を識(し)り得ぬ私闘の果てには、心許なく失(き)える延命(いのち)に屈服しながら全く消えた。



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~他(ひと)の寿命~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

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