第39話: 朝倉香穂=イヴェル ~隆太郎~
「さぁ、着いたわよ」
当たりの強い香穂に答えたのはフォクシーだった。
「何であいつらを置いていく必要があったんだ?」
そう、香穂が提案したのは、フォクシーと僕ら地球人四人と香穂だけを学校へ連れていくと言うものだった。
クラベルたちをわざわざ学校へ連れてくる必要性もないと判断した香穂は、役所にその二人を置いて行くと言う決断を下したのだった。
その時に、創一郎も置いていくという話も出ていたのだが、創一郎がどうしても子供達だけでは行かせられないと言って、無理やりついてきたのだった。
「学校に来てまでクラベルに暴れられたらこっちもたまったもんじゃないからね。
保険よ保険。それで、さっさと終わらせるわよ」
一刻も早く地球から立ち去らせたい香穂の声と同時に、フォクシーの背中を叩く。
「イッテェなぁおい。わかったっての。
ここだよここ。このグラウンドのど真ん中」
そう言ってフォクシーはグラウンドの真ん中を指差す。
「こんなところに船があるってのかよ……」
健太が指さされた方向を見て、ボソッと呟く。
いつも通っている場所に未知のものがあるなんてここにいる誰も想像していなかった。
「ヒュンス」
驚いている僕たちをよそに、香穂は言葉を唱える。
すると、地面が揺れ始め、地面から球状の物体が出てきた。
それはまるで、地面が、いや、地球が卵を産んだようだった。
「す、すげぇ…」
僕はただその光景に、息を呑まれるばかりだった。
いるはずがないと思い切っていた地球外の生き物が目の前にいて、自分にとって身近な存在になっている。
その事実に、今更ながら驚きを覚えている。
それに、自分が知り尽くしていたと思っていた場所にも、まだ知らないものがあったのかと言う新たな発見もあった。
「こんなものが隠されていたなんて思いもしなかった……」
理恵子も今の光景に口が閉じられないという様子だ。
それは、創一郎を見ても同じだった。
ただ一人、香穂だけはその光景を見て、納得したように頷いていた。
「私をこの学校に通わせたわけがやっとわかったわ。
これを監視させるためだったのね。
フォークスとリュウタたちの関係と見ると、運命というものを感じさせざるをえないわね」
宇宙船が目の前にある。
人なら誰しも中へ行ってみたいと思い、空に思いを馳せるだろう。
それが今、目の前にあるこの物体が、叶えてくれる。
「さて、創一郎さん。
役所にいる他のチャコフ星人たちをここへ連れてきてください。
もうこの星に長居するつもりはありませんから」
創一郎は声をかけられて初めて、宇宙船から目を離した。
「あ、あぁ今すぐ呼ぶよ。ちょっと待っててね」
そう言って創一郎は携帯電話を取り出し、電話をかけた。
「もしもし? 梅津?
役所にいるチャコフ星人を学校の校庭まで連れてきてくれるか?」
創一郎はしばらく離した後、電話を切った。
「数分で到着するそうだ。
うちの職員が大規模な移動を予想して、観光バスを手配してくれていた。
やっぱりあいつは気がきくやつだよ」
なんと有能な人材なのだろう。
きっと僕らが役所で話をしていた時に、その話の内容を聞いていたのだろう。
そこから自分で考え、バスまで手配するとは。
「手際がいいわね。まぁ助かるからいいんだけど」
香穂も予想以上の手回しの良さに驚いているようだったが、自分にとって都合のいいことだったので、吉ととらえることにしたらしい。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「柏木さん、ただいま到着しました」
数分後、たくさんの人を連れて、一人の女性が創一郎に声をかけてきた。
「ありがとな梅津。おかげで早くことが進んだよ」
創一郎に答えられた梅津という女性は、満更でもなさそうに体をひねっている。
「いえ、先ほどの会話が聞こえていたので、これは必要になりそうだと思っただけのことです。
役に立ってくれてよかった」
今考えれば、結構リスキーなことをこの女性はしているのだ。
先持ってバスを確保した結果、使いませんでしたとなると、無駄に金がかかることになる。
バス会社からバスを借りるとなると、相当な金がかかることだろう。
まぁ何はともあれ、このおかげでスムーズに進んだのだからいいだろう。
「さぁ、みんな乗って!!! チャコフ星に帰るわよ!!!」
香穂の声に、ゾロゾロとチャコフ星人たちが宇宙船の中へと乗り込んでいく。
チャコフ星人のほとんどが乗った頃、香穂が僕たちに話しかけにきた。
「これでお別れになるわね。
みんな、今までありがとう」
それは、もうこれからは会えないと言っているようにも取れる。
「そんなふうに言わないでよ。
またこれからも会えるよね?」
理恵子が泣き出しそうな声を出す。
「そうだぜ。そんな悲しいこと言うんじゃねえよ。
俺らまた会えるんだろ? な? そうなんだろ?」
健太も必死になって、香穂の手を掴み、離すまいと力を込める。そんな二人に、香穂は俯いてしまう。
「ごめんなさい。向こうでやらなきゃいけないことがあるの…。
帰ってこれないかもしれない。ここでの生活、楽しかったわ。
改めて、リエ、ケンちゃん、そしてリュウタ。ありがとう」
そう言って、健太の手をそっと離すと、宇宙船の中へと歩いていく。
その歩みを止めさせたかったけれど、今の隆太郎にはそれができなかった。
けど、止められないとわかっているからこそ、できることがある。
「香穂、こちらこそありがとう。
絶対また会おうね。約束だよ」
それは、自分の気持ちを素直に伝えることだ。
今の気持ちを伝えないと、この先、後悔することになるだろう。
いっぺんの悔いも残したくないと言う気持ちの表れだった。
僕の言葉に香穂の歩みが数秒間止まった。
肩が小刻みに震え、耳が赤い。
香穂もこの地球での生活が大切なものだったと思ってくれていることに、僕は涙が止まらなかった。
復讐のために地球を訪れ、地球人を敵視していた香穂が、今はその地球を離れたくないと泣いている。
「ありがとう。きっと戻ってくるから」
最後に宇宙船に乗る前に発した言葉だ。
入り口が閉じ、数秒後、爆音を鳴らしながら、地球をさっていった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
——数年後——
僕たちは、大学を卒業し、それぞれの道を進んだ。
理恵子は看護師になり、健太は消防士になった。
そして僕は、国家公務員になり、生まれ育った地域の役所で働いている。
ある日、健太から久しぶりに集まらないかと連絡があった。
約束の日、僕は健太の家へと訪れていた。
理恵子と健太は結婚をし、新居で暮らしている。
「よぉ。久しぶりだな」
結婚式以来、数年ぶりに会う親友の顔は以前よりもはるかにがたいがよくなっていた。
消防士をしているだけあって、毎日鍛えているのだろう。
「ほんっと久しぶりだよな、ケンちゃん。
最近は全く会える時間がなかったもんな」
就職をしてからと言うもの、お互いの都合が合わず、全くとも言っていいほど、あっていなかった。
「ほらほらそこのお二人さん、玄関で話し込んでないでさっさと上がってよ」
痺れを切らした愛野理恵子が玄関先で盛り上がっている僕たちに中へ入るように促して来た。
「ごめんって。すぐ入るから」
靴を脱ぎ、リビングへ入ると、そこには理恵子ともう一人、女性がソファに座っていた。その女性は振り返ると、
「ただいま。戻ってきたよ。リュウタ」
この呼び方をする人を、僕は一人しか知らない。
「香穂!!!!」
かつて地球を侵略しようと僕たちに接触してきたチャコフ星人。
その中でも、僕たちと共に行動をし、協力をしてくれた一人の少女がいた。
朝倉香穂 = イヴェル
僕たちは、香穂と一緒にチャコフ星人を自分たちの星へと送り返すことができた。
けれどそれと同時に、香穂もチャコフ星へと帰らねばならなくなってしまった。
僕たちはいずれまた再会することを約束し、別れた。
「随分と待たせちゃってごめんね。
けど、約束は守ったよ」
本当に長い時間だった。
「どう? 驚いたか?
実は俺たちちょっと前から香穂と再会していたんだけど、リュウを驚かせたくてちょっと隠してたんだ」
昔と全く変わらない健太の笑い声の横で、理恵子も、クスクスと笑っていた。
つまり、この二人は元から知っていたのだ。
その上で、僕を驚かせようと色々と策を練っていたのだった。
「ごめんねリュウちゃん。
ケンちゃんに香穂と再会したことを言ったら、リュウちゃんを驚かせたいからまだ報告するなって言われちゃってね」
「まぁまぁ、楽しかったからいいんじゃない?
リュウタ、ここまで声出すとこ見たことなかったからびっくりしちゃったけど」
香穂も僕のことを驚かせてみたかったらしい。
香穂がやりたいならそれでいいかと思うことにして、この件は飲み込むことにした。
「香穂がやりたかったならいいけど、なるべくやめてくれよ。
心臓に悪い」
一応の不満を言いながら、僕はソファに座った。
「さて、気を取り直して、乾杯しますか」
積もる話は大量にある。
香穂がチャコフ星に帰った後、僕たちはどんな行動をして、どんな結果になったのか。
創一郎たちはどうなったのか。
逆に香穂は故郷に戻って何をしていたのか。フォクシーはどうなったのか………
昼頃に集まったはずなのに、気づけば夜になっていた。
それでも話は尽きず、その日は香穂は理恵子の家に泊まった。
そして翌日、一日中話を続けた。
次の日、僕は香穂を連れて、役所に向かった。
正式に、戸籍を作るためだ。
「ここに、自分の名前を書いて、住所はリエが貸してくれるらしいからそこは僕が書くよ」
昨日のうちに、理恵子には説明してある。
その時に、住所が必要だと言う話をすると、自分の住所を使ってくれと言われた。
そのことに感謝して、僕は戸籍表に必要事項を書いた。
「おかえり、香穂。そしてようこそ、僕たちの星、地球へ」
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