ひよっ子魔女リーナ

青木一人

第1話 一人前の魔女として

  日差しも弱まり、山が衣替えをする季節。そんな時期に、王国の学園で式典が開かれていた。


「それでは、卒業生の呼名を行う。リーナ・エリザベート!」

「はい」


 名を呼ばれた生徒は疑うことなく応答し、席を立って檀上まで歩いていく。

 そうして校長から卒業証書を受け取ると、校長は彼女に何かを告げる。

 その提案に頷き返した彼女は、生徒のほうへ向き直った。

 約300名の在校生が彼女を見る。彼女もまた、緊張することなく口を開く。


「わたしは今日、一足先にこの学校を卒業します。本当なら、皆と一緒に卒業できるはずだったのだけれど。半年後、一回り成長した皆様と、再び会えることを心から楽しみにしております。わたしも、この栄えある魔女学校卒業生として、そして一人前の魔女として恥ずかしい行いをしないように、日々精進して生活していきたいと思います」


 学校の英雄が告げたその言葉に対し、生徒たちは拍手をもって応えた。

 こうして、たった一人の卒業生は、古巣から飛び立っていった。



 卒業式から三日後。彼女は住処へと戻ることになる。式典の翌日には学校の寮を追い出され、荷物をまとめて馬車に飛び乗った。


 荷台の中は酷く揺れて、尻に引いたクッションでは到底痛みを紛らわすことはできず、安眠もできない。これもすべて、とにかく急いで帰ろうとした結果、村まで直通の行商人がいることに安堵したせいだろう。他の交通手段を吟味するほどの時間もお金も、今の彼女には準備ができていなかったのだ。


 同窓の士にも、歴史上唯一の卒業生に対して「飛行魔法で帰らないのか」と散々からかわれたが、そもそもあんな低出力の魔法構成で寮の荷物を運びきれるか分からないし、そこまで帰りを急ぐものもないだろうと思ったためだ。


 リーナは荷物から手紙を取り出した。かつての同居人が書き記したもの。家を空けるので、その間は魔法屋を継ぎながら家を守ってほしいという旨だ。彼女は働き口を見つけることはできなかったので、この手紙が来た折には心底安堵した。自分には宮廷お抱えの魔女になるほどの力も、魔物が巣食う大穴に飛び込む勇気もないのだから。


 そうして揺られていると、故郷が現れた。5歳から入学時まで住んでいた、思い出の村だ。


「お客さん、目的地はどちらですか。近くまで送っていきましょう」


 御者が声を掛けてきた。既に馬車は、村の正門を抜けたところだ。


「ありがとうございます。あの、追加料金のほうって」


 財布の口を開けようとしたその瞬間、声が遮られた。


「いりませんよ。事前にいただいておりますから」

「では、西区の魔法屋まで」

「どうも! ……あ、そういえば知ってますか? あの魔法屋、これから閉まるらしくて」

「その心配はありませんよ」


 リーナはにやりと笑って、続けた。


「師匠から二代目を任されております、三級魔女の――」


 そこではっと気づいて、咳払いをしてごまかす。


「魔女の、リーナ・エリザベートが、あの店を引き継ぐので」

「おお! そうでしたか、これはこれは」


 御者は聞き流したあと、不審に思って問いかけた。


「あれ、その制服って、魔女学校のものですよね。失礼ですが、魔女学校って来年の春卒業では……?」

「あー……」


 リーナは頭を掻く。


「実はわたし、飛び級で卒業できることになったんです」

「え? 飛び級?」


 あまりの驚きように、一瞬馬車が止まりかける。慣性が働く。


「そうです。なんでも、開校以来あまり例がないらしくて」

「へぇ。優秀なんだね」

「いや、それほどでも」


 そんなこんなで謙遜をしていると、御者が合図をした。


「到着いたしましたよ、エリザベート様」

「そんな、様なんて」

「いえ、言わせてください。私たちは、アリス様のおかげで生活できていますから。リーナ様にも感謝をするのは、当然ですよ」

「……そうですか」


 ここまで乗せていただいた感謝を言い、荷物をまとめて馬車から降りる。馬車は向きを変え、正門近くの広場を目指して駆け出して行った。


 リーナは3つほどのバッグを抱えて玄関まで歩く。この量でも必要最低限と言っていい。学びきれなかった教科書や衣服、その他の雑貨が詰まっているのだ。


 ようやく、長い旅路が終わるのか。そう安堵してドアノブを握った途端、重い手ごたえと供に異質な電流が体に走る。反射的に手を引く。手には僅かな痺れが残っている。


 鍵が閉まっていたのは想定内だが、合鍵はもらっていないので開けられない。しかしだ。この電流の正体は何か。


 リーナは今までの記憶を総動員して、この謎を解こうとする。


「確か、これは【施錠魔法】? いや違う、これはそれよりも高位の……」


 例え長期間家を開けるからと言って、たかが鍵開けにここまで厳重な魔法を施すだろうか?


 そうして、ある答えに行き着く。それは、これこそが師匠であるアリス・エリザベートが、魔女学校を卒業した自分に課した卒業試験なのではないかということ。それなら、全身全霊で解かなければならない。


「うーん、通常の【施錠魔法】なら【開錠魔法】で行けるけど、わたしの力量じゃ届かない……かといって【魔法解除魔法】を使うのも芸がないし……」


 悩んでも仕方がないので教科書を見ることにしたが、鍵を開ける魔法の二つ目など示されておらず、一層悩みを抱える羽目になった。


「なら奥の手か……」


 そうして、リーナは教科書の最後のほうに連結詠唱の記述を見つけた。彼女が履修してない、魔法の新概念。


「わたしも初めてだから、家壊しちゃうかもなあ」


 だが、いつまでもこうしていれば日が暮れてしまう。ならば、いっそ奥の手を使ってしまおう。


 リーナは背負っていたケースから魔法の杖を取り出す。卒業記念品として授与された、樫の杖。流石帝都でも指折りの高級店に声をかけただけあって、手によくなじむ。


「【この世を等しく見つめるものであれ】」


 まずは初心者御用達、基本の詠唱安定。

 

「【白竜ヴェルナーの紅い傷】」


 熟練度の低い同系統の魔法をぶつけ、構造式ごと破壊するのも芸がない。

 なので、強化した魔法で打ち砕くことにした。


「【猛きものを打ち砕く刃を研げ】――」


 ここからは未知の領域。足が震えてくるが、必死に叩いて誤魔化す。


「【凍てつく時の扉、今開け】」


 息を吸い込み、力を込める。


「【倍加:解錠魔法】!」


 杖の先端から放たれた指向性の高い光は、ドアノブとその周りについた電撃に当たって消えていった。


「よし」


 ドアノブに触れると、冷たい金属の感触が伝わり、回すと軽やかに開いた。


「ただいま」


 どうやら、物理錠はかかっていなかったらしい。荷物を家の中に運び入れると大きく深呼吸をする。慣れ親しんだ生家の香りが広がる。


 寮ではずっと緊張の糸が解けなかった。自分の成績のこと、将来のこと。何一つわからなかったから。底なし沼で藻掻いていた。


 でも今は、家がある。帰るべき場所がある。かつての同居人はもういないけれど、今は少しだけ浸っていよう。


 わたしは、今日からここにいられるのだから。

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2024年12月9日 08:00

ひよっ子魔女リーナ 青木一人 @Aoki-Kazuhito

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