第196話 決勝で今大会初めてのビハインドを負った

 準々決勝と同じメンバーで臨んだ選手権県予選準決勝も、咲麗しょうれいは勢いそのままに五対一と大勝を収めた。

 一瞬の隙を突かれて相手の高身長フォワードにヘディング弾を許してしまったのは反省点だが、全体的には盤石の試合運びだったと言ってもいいだろう。


 たくみは前日の二アシストに続いてこの試合でもアシストを記録した。合計三つはチームトップだ。

 ちなみに得点は誠治せいじが五得点、まことが三得点、水田みずたが二得点と続いている。


 真は今のところ、不気味なくらいにいつも通りだった。

 高校最後の大会でベンチスタートという扱いに文句すら言わないのは嵐の前の静けさのようにも思えるが、何も仕掛けてこない以上は警戒しつつ静観するしかなかった。




 決勝当日、学校の友人たちが応援に駆けつけてくれた。


「えっ……」


 一団を見つけて、巧は目を見張った。

 部活仲間で友人のまさる大介だいすけ、それにクラスのムードメーカー的存在で班別行動などでは一緒に組むことの多いさとるあやはわかる。他の者たちも普段から仲良くしていたり、ミーハー気質のある者がほとんどだ。


 巧が驚いたのは、綾の横で控えめにたたずむ女子生徒の存在だった。

 佇まいこそ控えめだが体の一部の主張が激しいその少女は、以前に巧に告白をした山吹やまぶき小春こはるだった。


 告白の事実は香奈を除いて当人たち以外には知られていない。玉砕直後も表向きには普通に接していた。

 しかし巧はどこか心の距離を感じ取っていた。まさか応援に来てくれるとは思っていなかった。


 巧の視線に気づいたのだろう。小春は照れたように笑った。

 巧も笑みを返した。心移りをしたわけではない。純粋に嬉しかったからだ。


 もちろん小春だけではない。友人たちが応援に来てくれるというのは嬉しいものだ。

 決勝であることも相まって一段と気合が入った。


 ——しかし、前半終了時点で咲麗は〇対一と負けていた。

 巧と誠治のコンビネーションが抑え込まれ、チームとしても流れに乗れなかったのだ。徹底的に研究したのだとわかる守備だった。


 咲麗イレブンのほうが技術的なレベルは高かったが、相手の星南せいなん高校は割り切った戦い方で全員守備を徹底し、セットプレーから一点をもぎ取った。

 多くの学校が咲麗相手にやりたいサッカーを体現していた。


 友人たちの表情も険しかった。


「あいつらの連携をあれだけ抑えるかよ……」

「巧も少し自信を失っているように見えるな」

「そうね……」

如月きさらぎ君のあんな表情、初めて見たかも」

「それな」

「巧、誠治、頑張れよー……」


 優と大介は相手の守備の完成度に舌を巻いていたし、悟や綾、小春たちも応援している友人が活躍できていなければ意気消沈してしまうのは当然のことだ。

 咲麗はハーフタイムでの交代を行わなかった。


「如月君もかがり君もちょっと表情良くなってるね」

「そうだな」


 後半が始まった。

 咲麗は変わらず巧と誠治の連携を軸に攻撃をするつもりのようだった。素人である悟たちにもわかった。


「頑張れ巧っ、誠治ー!」

「ファイトー!」


 彼らはメガホンのように手を口元に添え、大声でエールを送った。

 しかし、そうやって信じて期待を寄せられるのは友人であればこそだった。


「またあの二人中心で攻めるつもりか」

「あれだけ止められてたのに、こだわりすぎだろう」

「完全に対策されてるのに大丈夫なのか?」


 観客からは不安の声が漏れた。

 試合前には巧のすごさを物知り顔で語っていた連中は、すっかり手のひらを返して懐疑的な視線を送っていた。


 ギャフンと言わせてやれ——。

 そんな友人たちの願いは、咲麗の最初の攻撃ではかなく散った。


「「「あぁっ⁉︎」」」

「「「よしっ!」」」


 あちこちから焦りと歓喜の声が上がった。前者は咲麗サイド、後者は星南サイドのものだった。

 巧から誠治へのパスがカットされたのだ。


 幸いなことに守備陣が素早く対応したため、カウンター攻撃を喰らうことはなかった。


「危なかった……あれだけ守備を固められている中でもう一失点したら、咲麗といえどさすがに厳しいぞ」

「一回じっくり攻めたほうがいいんじゃないか?」

「いや、そもそも如月を交代すべきだろう」

「だな。連携がダメならあいつが出ている意味はない。足手まといでしかないからな。一刻も早く西宮にしみやに代えるべきだ」


 観客からは、巧に代えて真を起用すべきだという意見まで飛び出した。


「くそっ……」

「好き勝手言いやがって……!」


 優たちは不快感を覚えたが、まさか口論をするわけにもいかない。

 唇を噛んで悔しさを噛みしめつつ、巧と誠治が逆境を跳ね返してくれるのを祈るしかなかった。


 声援の中で周囲の話し声が聞こえたわけではないだろうが、巧の表情には苛立ちが混じっているように見えた。

 ボールを受けた瞬間、ターンをして前線の選手にパスを出した。彼らしからぬ無理やりなプレーだった。


「巧⁉︎」

「上がるぞ!」


 チームメイトたちは慌てて走り始めた。じっくり攻めるつもりだったのだろう——巧以外は。


「巧っ」

「如月君……!」


 友人たちは表現方法こそ拳を握りしめたり胸の前で手を合わせたりと様々だったが、不安そうな表情は共通していた。

 その中で、優と大介だけは怪訝けげんそうに眉をひそめていた。


 彼らが覚えているのは不安ではなく違和感だった。

 確かに自分たちの攻撃が通じず負けている状況だが、まだ一点差だ。巧がここまで取り乱すとは思えなかった。


 冷静にピッチ全体を見渡す。

 彼らは一つの事実に気がついた。


「大介。これってまさか……」

「うむ」


 優と大介は顔を見合わせてうなずき合った。

 彼らの口角は上がってた。


 そういうことか、巧。お前の狙いは——。

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