第187話 映画デートの約束
「映画とか行きてえな」
「そうですね。何か見たい映画ありますか?」
「気になってんのが——」
二軍の練習試合でアピールに成功した夜、
何気ないふうを装って映画の話を持ち出してみた。そこからデートの約束を取り付ける狙いだ。
流されたらどうしようと内心ビクビクしていたが、あかりは話題に乗ってきた。
優のテンションは一気に上昇した。
(もしデートしたくねえなら、観たい映画とか聞かねえよな。これ、ワンチャンあるぞ!)
「あっ、それ私も面白そうだなって思ってました」
「えっ、マジ?」
気になっている映画について話すと、どうやらあかりも興味を持っていたがまだ観ていないらしい。
心臓の鼓動が早くなる。優は勇気を振り絞り、
「な、なぁ。ならさ、次の日曜日に観に行かねえ? 部活オフだしさ」
「いいですよ」
「——マジ⁉︎」
優は大声を出してしまった。
「わっ⁉︎」
(び、びっくりした〜……)
ベッドに寝転がって電話をしていたあかりは思わず飛び上がった。
電話口から『あっ、ごめん』という優の声が聞こえた。
「悪いな、大声出して。母さんにもうるさいって怒られたわ」
「ドンマイです」
あかりはクスッと笑った。
「午前中はちょっと用事があるので、午後からでもいいですか?」
「おう。そしたら、十五時からのやつとかどうだ?」
「大丈夫です」
「よっしゃ、サンキューな!」
「そんなお礼を言われるようなことではないと思いますけど」
(付き合ってるんだから、映画デートくらい断るはずないのにね)
優の初心さが垣間見えて、あかりはクスクス笑った。
携帯越しに聞こえる息遣いで、優が動揺しているのが伝わってくる。
「に、にしても、明日なんで振り替えじゃねえんだろうな。土曜日文化祭だったっつーのに」
「私立だからですかね」
明らかな話題変換だったが、あかりは素直に乗っかることにした。
「まあ、行ったら行ったでなんだかんだ楽しいんですけど」
「まあな。明日は席替えもあるし」
「あっ、私もです」
「マジ?
「そうですね……でも、
「はは、確かにな」
拗ねたような口調のあかりが可愛くて、優は笑い声を上げた。
それから程なくして、時間がやってきた。翌日にどちらかが予定があるときは最初に何時までと決めているのだ。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おう——あっ、
「はい?」
「そ、その……す——やっぱり何でもねえ! 今日はありがとなっ、それじゃ!」
何かを誤魔化すように大声で言った後、あかりの返事も待たずに優は電話を切った。
「あっ、切れちゃった」
あかりは携帯に表示された『通話終了』の文字を見つめた。
(今、すって言いかけてたよね。好きって言おうとしてくれてたのかな……)
「……うん。やっぱり可愛いよね、百瀬先輩」
あかりの口元が弧を描いた。
(……って、あれ)
頬に違和感を覚えた。手のひらを当ててみる。
予想通り、熱を持っていた。
「っ……!」
顔が赤くなっていたことを自覚し、あかりの頬はさらに色づいた。顔を枕に押し付け、うつ伏せになった。
「ふぅー……」
体内に溜まった熱を吐き出すように、長く息を吐き出す。
しばらくして仰向けになった。
額に腕を当てるその顔には、もう先程までの緩みはなかった。
「私……」
ポツリと呟かれたその言葉は、続きを伴うことなく空気に溶けた。
翌日、あかりは朝練後にたまたま会った
「今日、席替えだねっ。あかりと近くになれるといいなー」
「うーん」
「なんで微妙な反応⁉︎」
香奈が
あかりはくすくす笑いながら、
「香奈の惚気をずっと聞かされるのはちょっとねー」
「べ、別にそんなしょっちゅうじゃないし!」
香奈が頬を赤らめつつ抗議をした。
少しだけ自覚はあった。あかりは聞き上手なのだ。
「というか、それならあかりだって惚気ればいいじゃん」
「百瀬先輩は奥手だからね。そんなに香奈ほど惚気られるイベントはないよ」
「あかりからグイグイいっちゃえば?」
「人としては好きだけど、まだそこまでの熱量はないかな。そもそも恥ずかしいし」
「何乙女ぶってんのよ〜」
香奈がこのこのぉ、とあかりの頬を突く。ニヤニヤと笑っていた。
「うっさいな。私は十分乙女でしょ」
「え〜、私にはあんなに遠慮なく来るのにぃ?」
「百瀬先輩と香奈は違うから」
「それ、私のほうが好きってこと?」
「別にそういうわけじゃないよ」
あかりの声のトーンが低くなった。それまでより鋭い口調だった。
香奈はすぐに自分がしつこくしてしまったことを自覚した。
「ごめんなさい。調子乗りました」
「……許してあげる」
あかりは口元を緩めた。サラッと香奈の頭を撫でた。
途端に香奈はへらりと相好を崩した。
「さすがはあかりっ、懐が深い! その笑顔は全世界を照らす希望の光、いや明かりに——」
「調子乗んな」
「あいたぁ⁉︎」
脳天にチョップを喰らい、香奈は頭を抑えてその場にしゃがみ込んだ。
チョップを喰らわせた張本人であるもちろんあかりは「ちょっと強すぎたかな」と反省した——心の中で。
席替えで、あかりと香奈は偶然にも近くの席になることができた。なんだかんだ言いつつも、あかりは嬉しかった。
しかし、素直に喜ぶことはできなかった。事あるごとに絡んできて煙たがっている
「よろしく、七瀬さん」
「……うん」
和也が笑いかけてきた。あかりは頬を引きつらせた。
彼としては
それからの数日間、あかりが香奈や他の友達と話していないときなど、和也は隙を見て声をかけてきた。
文化祭ではっきりと拒絶したはずだが、記憶からすっぽり抜けているのか、まだ脈があると思っているのか。
ほとんど優の名前を出さないあたり、後者なのだろう。
会話の内容も絶妙だった。
普通のクラスメートとしての会話に終始していたため、
「七瀬さん——」
一週間が終わる金曜日、日直の仕事を終えて部活に行こうとしたあかりに和也が話しかけてきた。
教室にはほとんどクラスメートは残っていなかった。
「何?」
「親戚から映画のチケットを二枚もらったんだ」
そう言って和也が差し出してきたのは、最近流行っている恋愛映画のチケットだった。
「七瀬さんも気になっているんだろう? 僕と一緒に行かないかい?」
「……何で私が気になってるって知ってんの?」
「白雪さんとの会話が聞こえてきたからね。あっ、け、決して盗み聞きをしていたわけじゃないぞ?」
和也が必死に弁明をした。
余計に怪しさは増したが、そんなことはどうでも良かった。
「悪いけど無理。他当たって」
「どうして? 彼氏がいるからと言っても、別に映画くらいなら浮気にならないだろうに」
「……はっ? それマジで言ってんの?」
「いや、当たり前でしょ」
和也は真面目な表情でうなずいた。
(冗談じゃないんだ……)
あかりは呆気に取られてしまった。
その間にも得意げな表情で彼はしゃべり続けた。
「その程度で浮気になるなら、他にいい男がいても気づけなくなる。そんなのおかしいじゃないか。より優秀な男がいればそちらに乗り換えるのは生物として至極真っ当なことだよ」
あかりは
今の発言から和也の考えは読み取れた。彼は、デートさえすればあかりの気を惹けると思っているのだ。
「……あんたがどういう考えかは知らないけど、私は恋人がいるときに他の異性と二人きりで出かけるのはありえないと思うから無理。そもそも彼氏いなくても、仲良くもない男子と一対一で遊ぶのとか嫌だし」
「七瀬さん。その考えは間違っているよ。教室で少ししゃべった程度で何がわかるんだい? 男女はデートをして初めて相性がわかるというものだ。その点僕は成績も良くて親も金持ちだから、一度出かけてみる価値は——」
「べらべらべらべら、うっさいなぁ」
自信たっぷりに舌を回し続ける和也に対して、あかりは限界を迎えていた。
しかし、怒気を隠そうともしていないその辛辣な言葉は彼女が発したものではなかった。
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