第168話 文化祭① ——幻聴——

 咲麗しょうれい高校の文化祭は二日間に渡って行われる。

 金曜日は校内だけで行われ、土曜日は一般公開をするのが通例だ。


 家族などの関係者がやってくるのも土曜日であるため、入場者数は土曜日のほうが桁違いに多くなる。

 そのため、やっておきたい出し物や見たいものは金曜日のうちに回っておくことが多い。


 巧と香奈は前日に一緒にパンフレットを見ていて、三葉みわ玲子れいこのクラスのお化け屋敷に一緒に行こうと話していた。

 こちらは交際を隠していないまさるとあかりに協力をとりつけた。


 あかりと香奈でお化け屋敷にやってきたところで優と遭遇し、香奈が付き合いたてホヤホヤのカップルのアシストをする。

 そうしてひとりぼっちになった香奈と巧が偶然を装って合流し、一緒に入るという作戦だ。


 ただ、作戦を遂行する前に巧も香奈も、ついでに言えばあかりもシフトが入っていた。

 香奈とあかりのクラスはカジノをやっているようで、ディーラー、スタッフ全員が黒服を着ているらしい。


 普段の香奈は可愛い系、もしくは肌を大胆に露出させたセクシーな格好しかしないため、新鮮な姿が見られるだろう。

 今日の午後のシフトのときに訪れる約束をしている。

 当日のお楽しみということで、写真も見せてもらっていない。


 当然メイド服も見たかったが、それはまた何か別の機会に頼み込めばいいだろう。

 おそらく、巧が本気でお願いすれば香奈もやってくれるだろうし。


「ようこそお越しくださいました!」


 巧はあやの指示で、良くも悪くも執事っぽくない明るい挨拶をした。


「あらやだ、可愛い〜」

「元気だねぇ」

如月きさらぎくーん!」


 綾以下クラスの女子たちの読み通り、不本意ながら巧は年上の女性——校内で行われている今日でいえば先輩たち——からのウケが良かった。

 やはり普段から練習を見にきてくれている人が多かったが、見覚えのない先輩も相応にいた。


 同じシフトの誠治せいじは柄にもなく真面目に対応しており、学年関係なくキャーキャー騒がれている。

 高身長でワイルドなイケメンが執事の格好をしているのだ。当然と言えば当然だろう。


「くそぉ、ずるいぞこの凸凹コンビ」


 クラスのムードメーカーであるさとるが脇腹を突いてきた。

 巧としてはどうしようもないので、笑みを浮かべて無言でその肩を叩いた。


「余裕かましてんなこんにゃろっ……にしても久東くとう、モテモテだな」


 悟が呆れたように笑った。

 女子からの人気で言えば誠治が一番であり、男子から熱烈な視線を注がれているのは屈託のない笑みを振りまいている綾だったが、総合してもっとも支持を受けているのは冬美ふゆみだった。


 クールビューティーは一定の男子の性癖に刺さるだろうし、格好いい女子が同性からモテるのは定石だ。

 冬美は冷静な表情こそ崩していないが、よく見れば目元などがいつもより柔らかいのがわかる。


(あれだけモテてれば嬉しいよね)


 巧が頬を緩めていると、不意に冬美がグリンと振り向いた。


「っ!」


 巧は咄嗟に顔を背けた。冷や汗が背筋を伝う。


「巧、どうした?」


 近くを通りかかった誠治が怪訝そうな表情を浮かべた。


「なんでもないよ。それより誠治、久東さんに言った?」

「何を?」

「可愛いって」

「ばっ……んなもん言うわけねえだろ!」


 誠治が顔を真っ赤に染めた。

 女子から黄色い歓声が上がる。


 誠治の赤面顔に湧いただけだろう、と巧は自分に言い聞かせた。

「あの二人、推せる……!」「ご馳走様ですっ、ハァハァ」という類の声はすべて幻聴に違いない。


「一部の女の子たちに大変好評ね、あなた


 すれ違いざまに冬美が「たち」の部分を妙に強調しながらそんなことを言っていた。

 いわゆる腐った類のものではなく、ほのぼのとした温かい目線を向けられているだけのはずだ。


「……うん、きっとそうに違いない」


 巧は一人うなずいた。

 ブホッ、と近くで誰かが吹き出した。

 反射的に手が出そうになったが、綾だったため未遂で済ませた。


「まあ、頑張んなよ〜」


 笑いを堪えながら巧の肩を叩き、綾はグラスの乗ったお盆を手に表に出ていった。




 どんな幻聴が聞こえていようと、巧が誠治と離れる理由にはならない。

 シフトを上がると予定通り、彼と回った。


 最初に入ったのは二軍キャプテンの二瓶にへいが所属しているクラスだ。

 簡易的なものではあるがダーツやビリヤードなどを遊ぶことができ、そのスコアに応じて景品がもらえる仕組みだった。


「二瓶先輩」

「おつかれっす!」

「おう、巧、誠治。俺の後輩として恥ずかしくない点数は出してもらわな困るで」

「だってさ誠治」

「お前もだよ」


 くだらない掛け合いをしつつ、誘導に沿って時計回りでゲームをこなしていく。

 最後まで競っていたが、ダーツの最後の一投で巧が見事ブルに当てて勝利した。


「すみません二瓶先輩。誠治、いえバかがりが不甲斐ない成績で」

「おいコラ、俺も結構上位だろうが」

「イタタタっ、ギブギブギブ!」


 誠治に首を絞められ——もちろん本気ではない——、巧はその腕をタップしながら白旗を上げた。


「二人の絡み最高……!」

「白米三杯はイケるわ」

「彼らからしか摂取できない栄養があるわっ、ハァハァ」


(……今日はよく幻聴が聴こえるなぁ)


 巧は「僕はきっと疲れているんだ」と自分に言い聞かせた。

 彼にはまだあらがうだけの体力——というより精神力——が残っていた。




 途中で大介だいすけや優と合流して一軍キャプテンの飛鳥あすかが主役を務める三年生の劇を見たり、偶然遭遇した晴弘やるひろ蒼太そうたたち後輩と縁日でスコアを競ったりしていると、お昼の十二時になった。

 香奈との約束の時間だ。


「じゃ、また後でね」

「おう」


 誠治と別れ、一階に降りる。人混みの奥に特徴的なルビー色の髪の毛が見えた。

 香奈は手を振っていた。ちょうどあかりと優がお化け屋敷に入っていくところだった。


 香奈が二人のアシストをするところまで、作戦は完璧だった。

 しかし、その後に予想外の事態が起こった。


 香奈が一人になるチャンスをずっと狙っていたのだろうか。


「——おい、白雪しらゆき。一人になったなら俺と入るぞ。こっちも三人で一人余るからな」

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