第153話 クールな先輩マネージャーはいい性格です

 玲子れいこ三葉みわに対して「奇襲」を仕掛けてから少しすると、決めていた帰宅時間になった。


「駅まで送ろう」

「あぁ、頼む」


 玲子は三葉の申し出に甘えることにした。

 並んで家を出る。


「三葉、少しだけ寄り道していいか? そんなに時間は取らせない」

「えっ? あぁ」


 玲子は駅までの通り道にある公園に三葉を連れて行った。

 ベンチに座り、隣を叩く。困惑の表情を浮かべつつ、三葉も腰を下ろした。


「……前の話なんだが、三葉はまだ私のことが、その……す、好きなのか?」

「えっ? あ、あぁ」


 三葉がメガネをクイっと押し上げた。


「そうか……じゃあその、付き合いたいと思っているのか?」

「それはもちろんだが……」


 三葉がハッとした表情になった。


「あ、愛沢っ、まさか……⁉︎」

「そのまさかだ」


 玲子は頬を赤らめつつ、はにかんだ。


「私も、三葉のことが好きだ」

「ほ、本当なのかっ⁉︎」


 三葉がガタンと音を立ててベンチから立ち上がった。


「あぁ、傷心中の女を慰めたくせに一切手を出してこず、これだけ親切にされたんだ。好きにもなってしまうさ」

「っ……」


 三葉は顔を真っ赤に染めたまま固まっている。


「ふふ、メガネがずれかけているぞ」

「っ……!」


 玲子はメガネを掛け直してやりながら、


「これが壊れたら三葉も死んでしまうだろう?」

「お、俺の本体はメガネではないっ」


 玲子はクスクス笑った。

 三葉は熟れたりんごの如く赤面したままベンチに座り直し、頬に手を当ててふーっと息を吐いた。


「……すまない。まだ少し信じられない。まさか受験前に返事をしてくれるとは思っていなかった」

「迷惑だったか?」

「まさか。そんなことあるわけがない」


 三葉はブンブン首を振った。

 玲子は拳一つ分空いていた距離を一気に詰めた。


「っ……!」

「ふふ、さっきもこれくらいの距離ですごい動揺してくれていたな」

「えっ……なっ、わざとだったのか⁉︎」

「あぁ。三葉があまりにも真面目だから、本当は私のことが女として好きじゃないんじゃないかと疑ってしまってな。確かめたくなったんだ。告白の返事をしたのに『ごめん、やっぱり好きじゃなかった』と言われたら立ち直れないから」

「そ、そうだったのか……」

「そもそも、私は好きでもない男の家であんな隙は見せないぞ。あのまま襲われてもいいと思っていたしな」

「はっ⁉︎」

「冗談だ」


 玲子はクスクス笑った。

 三葉は赤面しつつ、不満そうな表情を浮かべた。


「……愛沢はなかなかいい性格をしているんだな」

「ふふ、今さら告白を取り消しはさせないぞ?」

「そんなことはしない」


 三葉はチラチラと玲子をうかがっている。

 やがて彼は、おずおずと尋ねてきた。


「その……だ、抱きしめてもいいか?」

「っ……あぁ、もちろんだ。恋人になったのだからな」


 言うや否や、玲子は自分から抱きついた。

 てっきりもじもじしているのはキスでもしようとしているのだと思っていたが、まさかハグだったとは。

 私の彼氏は思ったよりも可愛いらしい、と玲子は思った。


 三葉はそろそろと玲子の背中に腕を回して、腫れ物でも扱うようにそっと抱きしめながら、


「こ、これからもよろしく頼む、愛沢」

「……玲子」


 玲子は腕の中でポツリと言った。


「はっ?」

「せ、せっかく恋人になったんだ。名前で呼んでくれないか? ——秀人しゅうと

「っ……!」


 下の名前で呼ぶと、三葉は再び真っ赤になった。

 玲子は揶揄うことはせず、期待するような瞳で彼を見つめた。


 三葉は口を開きかけては視線を逸らす、というのを繰り返していたが、やがて覚悟を決めたらしい。

 メガネの奥の真剣な瞳と視線が交差した。


「玲子……愛してる」

「っ……!」


(あ、愛してるは卑怯だろう……!)


 玲子の頬がポッと赤く染まった。ニヤけてしまう。

 赤面してニヤニヤしている自分の顔を見せたくなくて、三葉の胸に顔を埋めた。


 ——女子に抱きつかれたことなどない三葉は、どうすればいいのかわからなかった。

 迷って手を空中でオロオロさせた後、躊躇いがちに頭を撫でた。


(あ、頭を撫でられたっ……! き、気持ちいいな、これは……)


 妹弟にすることはあっても誰かにされることはほとんどなかった玲子は再び悶絶してしまい、しばらくの間顔を上げられなかった。




◇ ◇ ◇




 たくみが夕食を終えてゆっくりしていると、香奈かなが飛び込んできた。

 実際には普通にチャイムを鳴らして玄関から入ってきたのだが、その勢いは飛び込んできたという表現が相応しいものだった。


「た、巧先輩っ、大変です!」

「どうしたの? ハーランドが点取った?」

「さっき見たら二点取ってましたけど、そんな当たり前のことで驚くわけありますか! 玲子先輩、三葉先輩とお付き合いすることになったらしいですっ」

「えっ、ほ、本当にっ?」

「はいっ、ほら」


 香奈がトーク画面を見せてくる。

 そこには確かに三葉と付き合うことになったという報告と、巧には教えていいという趣旨の文章があった。


「そっか……よかった」


 思ったより進展が早かったが、巧は素直に祝福したい気持ちだった。

 それは香奈も同じなのだろう。穏やかな表情を浮かべている。


 実は今日、一軍で少しだけ心配事があった。

 晴弘はるひろとともに昇格してきた一年生の姫野ひめの蒼太そうたが、やたら巧と香奈に視線を送ってきたのだ。


 香奈はラブホテルの一件を知っているのではと心配していた。

 ただ、そんな悪意のある視線には見えなかった。かといって初期の晴弘のように敵意を剥き出しにしてくるわけでもなかった。

 どちらかといえば観察をしているように感じられた。


 目的がわからない以上、様子見をするしかないという結論で落ち着いたが、香奈は少し不安そうだった。


 それが今は何の強張りもない、穏やかな表情を浮かべている。

 彼女としても、玲子に春がきたというのは感慨深いのだろう。


 最近三葉先輩に助けられてばかりだな、と巧は苦笑いを浮かべた。

 お礼と誕プレ、そして受験への応援も兼ねてお高めのシャーペンを送ったが、もう少し何か添えてもよかったかもしれない。

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