先輩に退部を命じられて絶望していた僕を励ましてくれたのは、アイドル級美少女の後輩マネージャーだった 〜成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになったんだけど〜
第150話 彼女がシャツを借りたいと言ってきた
第150話 彼女がシャツを借りたいと言ってきた
目を覚ますころには、
香奈の表情はいくぶん晴れやかなものになっていた。
「
「ううん、こちらこそ可愛いを提供してくれてありがとう」
「っ〜!」
香奈の頬が瞬時にワインのごとく赤くなった。
うぅ、とうなり声を上げつつ、ポカポカと叩いてくる。
「痛い痛い。ごめんって」
「……一つ、わがままを聞いてくれたら許してあげます」
「何かな?」
巧はソファーにふんぞり返って腕を組んだ。
「なんで偉そうなんですか」
香奈が吹き出した。
真面目な表情に戻ったかと思えば再び頬を染めた。
指をもじもじさせながら上目遣いで、
「あの……巧先輩の服を一着お借りしたいなーって」
「服? なんで?」
「そ、そのっ……ね、寝るときに先輩がそばにいてくれるような気がして安心できるので……」
香奈の声は尻すぼみに小さくなっていった。
巧は呆然としたまま固まっていた。
香奈はそれをネガティヴな反応に捉えたようで、
「ご、ごめんなさい! やっぱり気持ち悪かったですよねっ……」
「い、いや、そんなことないよっ。むしろ、可愛すぎるわがままに呆気に取られてただけだから!」
「……本当ですか?」
「本当だよ。もう何着でも好きなだけ持ってっちゃって」
「い、いえ、それは申し訳ないので一着でいいですっ」
巧の自室に入り、クローゼットを開ける。
香奈はウンウン悩んでから、普通の白シャツを選択した。
「それでいいの?」
「はいっ。えへへ……」
「っ……!」
自分のシャツを大事そうに抱えてはにかむ彼女を前に、平静を保てる男などいないだろう。
「——香奈っ」
巧はシャツごと香奈を抱きしめ、強引に口付けをした。
シャツを持っていて手が不自由なのをいいことに、思うままにぷるぷるの唇を
「ん……あっ……! まっ——」
「待たない」
呼吸する暇も与えないほど、
ここまで強引にするのは久々だった。
唇が離れると同時に、香奈はへなへなと胸に倒れ込んできた。
肩で息をしていた。
「大丈夫?」
「ど、どの口が言ってるんですかっ、いきなり激しすぎます……!」
手の甲で唇を隠す香奈の顔は、一面がいちご畑と勘違いするほど真っ赤だった。
「ごめんごめん。でも、今のは可愛すぎる香奈が悪いと思う」
「っ……ばかばかっ」
香奈が拳を握って胸を叩いてくる。
痛みを感じない程度に力加減をしているのがまた愛おしくて、巧は髪の毛にもキスを落とした。
「可愛い」
「っ〜!」
香奈は首まで真っ赤にした後、「か、帰りますっ!」と出ていってしまった。
色々とキャパオーバーだったのだろう。
ここまでしたのは久しぶりだ。
少しでも元気になってくれればと思って攻めに攻めたが、少しやりすぎたかもしれない。
(……まあ、いっか)
巧は心の中でそう唱えて、気持ちを切り替えた。
香奈とて本気で怒っているわけではないのは明らかだ。変に気を遣う必要はないだろう。
まあ、いっか——。
巧の口癖だった。
反省はきちんとするが、『なるようになるのだから慌てても仕方ない』という考えは常に持っているし、それは今回の失態についても同様だった。
だからこそ、香奈を慰める余裕すらもあったのだ。
——もう一人の事情を知っている人物、
何か起きたらできる限りのことをするつもりではあるが、現状では様子を見るしかないと割り切っていた。
当事者ではないというのも大きいだろうが、一番はやはり性格的な問題だろう。
ある種の淡白さがなければ、いくらそれが正解とはわかっていても、好きな女の子と二人きりの状況で勉強に集中することなどできるはずがないのだから。
だから、心配はしていてもそれによって勉強が
一緒に勉強をしている
——しかし、反対に三葉は玲子の様子が変だと見抜いていた。
「
「なんだ?」
「何か悩んでいるのか?」
玲子は目を見開いた。
ややあって諦めたようにペンを置き、ふっと口元を緩めた。
「……よくわかったな」
「なんとなく集中できていないようだからな。よければ話くらいは聞くぞ」
三葉は「まさか巧と
心配は杞憂に終わった。
「実は、進路のことで少し悩んでいてな。志望校を変えようかと思っているんだ」
「そうなのか。どこにするんだ?」
玲子が口にした大学は、三葉の志望校と同等の全国でも指折りの難関大学だった。
彼女は決して成績の悪いほうではないが、今の成績では厳しいだろう。
三葉はそんな分析などおくびにも出さずに、
「いいじゃないか。ちなみに理由とかは尋ねてもいいか?」
「私の夢は栄養管理士なんだが、色々と調べた結果、やはりそこが一番学べる環境でな。実は三年生の初めまではそこを目指していたんだが、親にも塾の先生にも厳しいと言われて一度は諦めたんだ。でも、やっぱり捨てきれなくてな。どうしようか悩んでいるんだ」
「挑戦してみればいいんじゃないか?」
「っ——」
玲子は再び目を見開いた。
「……あっさり言ってくれるんだな」
疑わしげな視線を向けられても、三葉はまったく怯まなかった。
「愛沢がそこが一番いいと思って挑戦したいのだろう? だったらしない理由はないはずだ。学力だってたしかに余裕ではないかもしれないが、最近の伸びを加味すれば届く可能性は十分にある」
「そうか? 私にもできるだろうか……」
「あぁ。愛沢ならできるはずだ」
三葉は力強く断言した。
「何より君は知っているはずだぞ。挑戦することの大切さを」
「っ……そうだったな」
玲子は巧に告白をしてフラれた。
つい最近までは引きずっていたし、すごく辛かった。
しかし、後悔は
よく勇気を出したとあのときの自分を褒めてやりたいくらいだ。
玲子の中でふつふつと何かが湧き上がってきた。
「ありがとう、三葉。勇気が出たよ。もう一度親や先生と相談してみる」
「あぁ。愛沢ならできる。自信を持て」
「ありがとう。私は三葉にもらってばかりだな」
「そんなことはない。愛沢との勉強会は俺にとってもすごくモチベーションになっているからな。いつも付き合ってもらって助かっている。こちらこそありがとう」
「っ……あぁ」
あまりにも真っ直ぐに感謝を告げられ、玲子は視線を逸らしてしまった。
「……愛沢? どうした?」
「な、なんでもない! ほら、勉強するぞ勉強っ」
「あ、あぁ」
玲子は参考書を机の上に立てて読み始めた。
——赤くなった顔を見られないように。
三葉と別れた後、玲子はその足で塾に向かい、先生に直談判した。
少し心配そうではあったが、「そこまで強い思いがあるなら挑戦してみようか」と言ってくれた。
その後に話をした両親も同様だった。
本当に受かりたいのなら止めはしない。頑張りなさい——。
そう言って父と母は笑った。
当時は不満に思ったが、今ならわかる。
両親と塾の先生が反対したのは、玲子の覚悟を問うためだったのだと。
たしかにあのときの自分には覚悟が足りなかった。
どれくらい難しいことなのかも理解していなかったし、なんとなく行きたいなと思っている程度だった。
しかし、今は違う。
自分の立ち位置はしっかりと理解できているし、成績も順調に伸びている。だから覚悟を決められた。
それもこれも、すべて三葉のおかげだ。
——よかったら、明日も一緒に勉強しないか?
メッセージを送信した後、少し迷ってから、首を傾げた黒猫のスタンプを追加で送った。
すぐに返信がきた。
内容は「もちろん構わない」という三葉らしい簡素なものだったが、即レスというのは珍しかった。
(嬉しくてすぐに返してくれたのだろうか? いや、いくら好きでいてくれているからといって、それは楽観的すぎるか)
玲子は苦笑した。
続いて三葉からメッセージが送られてくる。
玲子は「えっ」と声を上げてしまった。
——たしか二軍は明日○○高校で練習試合だろう? いつものカフェよりも俺の家のほうがだいぶ近いから、今度はウチに来ないか? 大したものは出せないが
予想だにしていなかったお誘い。
しかし、三葉のことだ。邪な考えはないだろうし、以前同じような理由で玲子が家に招いたことがあるため、お返しのつもりなのだろう。
「ふふ、相変わらず真面目な男だな」
玲子は頬を緩めつつ、了承の返事を打ち込んだ。
最後に黒猫のスタンプを添えて。
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