第54話 動き出した二人

「マジでどうする? もう一回ちゃんとおきゅう据えとく?」

「あぁ。さすがにムカつくわ、あのぶりっ子」


 咲麗しょうれい高校サッカー部のポロシャツを着た二人の女子生徒が、カラオケの個室で向かい合っていた。

 二軍の三年生マネージャーの村上むらかみアキと斉藤さいとう華子はなこである。


くらいでも十分だと思ったけど、思ったより図太かったわあいつ」


 アキが忌々いまいましげに吐き捨てた。あいつとは香奈かなのことである。

 選手にびを売っていると香奈を目の敵にしてる彼女らは、数日前に一計を案じて実行していた。


 香奈が二軍に戻ってきてから数日後、彼女が近くまで来ていると知っている状態で、わざとその悪口を言った。精神的に追い詰めるために。


「ね。実際元気なくなってたし」

「だよな。体調も悪そうにしてたからかなり効いたと思ったんだけど」


 などと得意げに話している二人だが、香奈と巧に香奈に対する悪口を聞かれてしまったことは知らない。


「でもどうすんの? さすがに暴力は良くないっしょ」

「そういう証拠が残るのはダメだよ。それに、一番あいつのメンタルぶっ壊せるのは如月きさらぎを奪うことじゃね」

「あー、たしかに! 他のやつらにも媚び売ってるけど、絶対に如月に好意持ってるもんね。さすがアキじゃん」


 華子がアキを手放しで称賛した。

 アキがふふん、と得意げな表情で胸を張った。


「あの様子じゃまだ付き合ってないだろうし、二人がかりで襲っちゃえば真面目な草食系の如月なんて一瞬でオトせるでしょ。既成事実作っちゃえばこっちのモンだし」

「うわ、大学生とパコリまくってるだけのことはあるねぇ」

「あの猿どもに比べりゃ如月の技量なんてつたないでしょうけどね。多分童貞だし。ま、せめて大きくて硬いことに期待するよ。モノさえ良ければこっちが動けばいいんだし」

「あの顔だしちんこも草食系そうだけどね」


 華子が鼻で笑った。


「いや、ああいうのが意外といいモノ持ってたりするんだよ」

「あー、たしかにそういうのありそう!」

「でしょ?」


 アキと華子は手を叩いて笑い合った。

 それから、巧を襲うための計画を立て始めた。




◇ ◇ ◇




 裏で自分を逆レイプする計画が立てられていることなどつゆ知らず、巧は練習試合後にまさる大介だいすけと遊んでいた。

 翌日もいつもと同じように香奈かなと登校し、部活に励んだ。


 前日に試合を行っていたこともあり、巧を含むスタメン組は軽めのトレーニングを行なった。

 だから、肉体的にはいつもよりも疲弊ひへいしていなかった。


 しかし練習後、精神的にはかなり憂鬱ゆううつになっていた。

 その理由は——、


「ふっふっふ。ついに無限こちょこちょ地獄の幕開け……!」


 香奈が魔王のように笑っている。

 そう。彼女が熱を出しているときに揶揄からかいすぎた代償として受け入れた罰ゲーム「無限こちょこちょ地獄」が、今日家に帰った後に開催されるのだ。


「先輩、首洗って待っていてくださいね……!」

「うん、汗かいたし文字通り首は洗うよ」


 巧は苦笑いを浮かべて、微妙に話題を逸らした。

 彼は本当にこちょこちょに弱いため、無限にこちょこちょされるだけでも厳しいというのに、前日に香奈のことを笑いすぎたために、アップデートの告知までされている。

 こちょこちょプラスアルファに耐えつつ、香奈が調子に乗って事故・・が起きないように気を回さなければと思うと、巧の精神は今からすり減っていた。


「ふふふ、それでは先輩。また後で」


 相変わらず不気味な笑顔で手を振り、香奈は去って行った。

 彼女はこれからマネージャーのミーティングに出席するのだ。

 その足取りは軽い。今にもスキップをしだしそうだ。


「……帰ろう」


 巧はなんとも言えない気分になりながら歩き出した。

 そういえば前回はこのタイミングで晴弘はるひろに絡まれたんだよね、とぼんやり思った。

 それはただの「無限こちょこちょ地獄」からの現実逃避に過ぎなかったが——、


「——如月、ちょっといい?」


 自分の前に立ち塞がった二人の女子生徒を見て、なるほどフラグとはこういうことか、と巧は思った。




◇ ◇ ◇




(無限こちょこちょっ、無限こちょこちょっ、むげこちょー!)


 巧と別れた香奈は、小躍りしながらミーティング場所として指定されている三年生の教室に向かっていた。

 咲麗高校の教室は三年生が一階、二年生が二階、一年生が一階という配置になっている。

 マネージャー用の部室もあるため、夏休み期間に三階に足を踏み入れる生徒はほとんどいないだろう。


 教室にはすでに一人の女子生徒の姿があった。

 三年生のマネージャー長である篠塚しのづかかえでだ。

 楓とアキ、華子、そして香奈。二軍のマネージャーは全部で四人だ。


「お疲れ様です、楓先輩!」

「はい、お疲れ様です。やけに機嫌がいいですね。この後彼氏とデートですか?」

「や、やだなぁ。彼氏なんていませんよ! ただ、ちょっと楽しみがあるのは事実ですけどっ」

「まあ、それはいいことです。すっかり体調も良くなったみたいですね」


 楓が優しい笑みを向けてくる。

 基本的に敬語なことからもわかるように、彼女は柔らかい性格の持ち主だ。怒ったら怖いが。


「はい。ご心配をおかけしました」

「それはいいですが、体調が悪いなと感じたらすぐに報告をしてくださいね」

「以後気をつけまーす」


 香奈はぺこりと頭を下げた。


「いい子です。君が素直でいてくれて助かっていますよ。あの二人はなかなか制御が難しいですから」


 楓が苦笑いを浮かべた。

 あの二人とはもちろん、この場にまだ姿を見せていないアキと華子のことだ。

 彼女たちは表立って反抗してこないが、その分タチが悪いとも言えた。


「五分前行動って言っているのに今も来てないし——」


 楓が言葉を止めた。

 二人が顔を出したからではない。彼女の携帯が通知を告げたからだ。

 同時に香奈の携帯も鳴っていた。マネージャーだけの四人グルだった。


 ——体調が良くないのでミーティングを欠席します。

 ——同じく体調がすぐれないため休ませていただきます。


 アキと華子から、そんなメッセージが届いていた。


「あいつらっ……かたや体調が悪くても頑張ってる後輩を見てながら……!」


 楓が割れんばかりの勢いで携帯を握りしめた。

 香奈は、アキと華子に陰口を叩かれていることを言ってしまおうかとも考えた。


 しかし、すぐに思い直した。

 告げ口がバレて二人が逆上したら最悪だ。ならば、現状維持のほうがいい。


(それに、あんなやつらより巧先輩の言葉のほうがよっぽど大事だもんね。私ほどマネージャーに向いている人はいない、とか言ってくれたし……!)


「香奈さん、何をニヤニヤしているのですか?」

「すみませんなんでもないです」


 厳しい視線を受け、香奈は素早く表情を真面目なものに戻した。


「……仕方ありません。今回のミーティングはあの二人に向けてのようなものだったのですが、必要事項だけ確認してしまいましょうか」

「わかりましたっ」


(ふふ、巧先輩。思ったより早く開催できそうですよ?)


 などと内心浮ついていた香奈には、巧が下校途中に何者かに絡まれていることなど知る由もなかった。

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