先輩に退部を命じられて絶望していた僕を励ましてくれたのは、アイドル級美少女の後輩マネージャーだった 〜成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになったんだけど〜
第40話 美少女後輩マネージャーの恋愛事情
第二章
第40話 美少女後輩マネージャーの恋愛事情
ルビーを連想させる深みのある赤毛をショートカットにしている少女が、画面の中で屈託のない笑みを浮かべている。
なんだか部活のある日のルーティンになってきたな、と巧は思った。
(まあ、香奈が
一抹の寂しさを胸に覚えつつ、巧は玄関に向かった。
「はよざいます!」
香奈が元気に挨拶をする。
「おはよう。今日は一段と運動部っぽいね」
「はよざいマッスル! めっちゃモテたーい」
「もう十分すぎるほどモテてるでしょ」
「えっ、それだけ魅力的な女だって巧先輩が思ってくれてるってことですか⁉︎」
「魅力的なのを否定する気はないけど、今のはあくまで客観的な——」
「えっ、否定しないんですか! やったぁ!」
香奈が拳を高々と突き上げた。
「話はちゃんと最後まで聞こうか。油断は禁物だよ」
「巧先輩こそ素直になりましょうよ。無理しちゃ沈没しますよ? 先輩の乳首が」
「乳首なら陥没って言わない? って、そういうことじゃなくて」
「巧先輩も下ネタ言ってるじゃないですか」
香奈が吹き出した。
「そりゃ、下ネタくらい言うよ。高校生だもん。僕が禁止したのはあくまで際どいものだけから。そうじゃなかったら百回はお仕置きしてるよ」
「うーん、悪くないかもしれませんねぇ」
巧は黙って距離をとった。
すすす、と香奈が近寄ってくる。
「冗談ですよ先輩〜」
「いや、別に人の好みはそれぞれだから、いいと思うよ。たとえ香奈がドMだったとしても」
「だからっ、冗談ですってぇ!」
「わかってるよ」
巧はクスクス笑った。リアクション大賞をあげたくなるほどの満点の反応だ。
「全くもう……モテモテ美少女を揶揄うとはなんたる所業ですか」
「香奈が言うとギリギリ嫌味じゃないのがすごいよね。実際、何人くらいに告白されたの?
「えー、どのくらいでしょう。
「いや千手観音でも無理なんかい」
巧がツッコミを入れると、香奈が満足そうな表情で笑った。
「さすが巧先輩ですっ……でも、リアルに三十人くらいだと思いますよ」
「すごっ。誰とも付き合おうと思わなかったの?」
「そうなんですよ。ピンと来なかったっていうか……いえ、告白してくれるのは嬉しいんですけど」
なあなあで付き合っちゃわないあたりに根の真面目さが現れているなぁ、と巧は感心した。
「もしかしたらめっちゃ変人がタイプなんじゃない?」
「どうなんでしょう。たしかにザ・王道ではないかもしれません。知る人ぞ知る、みたいな」
「なんか具体的な人をイメージしているような言い方だけど?」
「っ……あ、あれ、巧先輩。そんなに私の恋路が気になるんですかぁ?」
香奈が揶揄うように聞いてくる。
その前に一瞬動揺したように見えたのは気のせいだろうか。
「そりゃ、気になるよ」
「えっ、それって——」
「仲良い後輩の恋愛事情を気にならない先輩なんていないだろうし、もし香奈に誰か意中の相手がいるなら、家には上がらせないほうがいいだろうからね」
「……巧先輩には、私が
香奈は少し不機嫌そうだった。
巧は慌てて、
「いや、そういうわけじゃないよ。ごめん、伝え方が悪かった」
「いえ、少し意地悪しただけなのでお気になさらず」
「あぁ、そう……って、意地悪されるようなことを僕がしちゃったってこと?」
「……なんでそういうところだけは鋭いのですか」
「えっ、何?」
「なんでもありませーん」
香奈がプイッと視線を逸らした。
と思ったら、すぐにニヤニヤと巧を見て、
「そういう巧先輩はどうなんですか? 私にいつでも来ていいって言いながら、他に女
「言い方怖いよ。安心して。そもそも侍らせてくれるような子がいないから」
「えー、そんなこと言ってしれっとモテてそうですけど。クラスの中心ではないけど、ちょっと大人びてて達観したような女の子とかから」
「ずいぶん具体的だね」
「バレンタインとかも結構もらったんじゃないですかぁ?」
香奈がこのこの〜、と脇腹を突いてくる。
「そんなにだよ。クラスみんなに配るような人とかマネージャーを合わせて十人だし、全部義理だから」
「ちゃんと人数を覚えてるの、巧先輩らしいですね」
「そりゃ、どんな理由であれ作ってくれたり買ってくれたりしたわけだからね」
「うーむ、紳士を自称するだけのことはありますねぇやりますねぇ」
「女の子であんまりそれ使う人いなくない?」
「そうなんですよ。だからこれ言うといつも
香奈がノケモノの部分をやたら強調した。
「……
「よく気づきましたね!」
香奈が両の手のひらを向けてくる。
巧はいつもよりほんの少し強めに自分のそれをぶつけた。
「というかスルーしそうになってたけど、別に紳士であろうとしてるだけで、自称するほどおごってはないからね」
「えっ、私に何を奢ってくれるって?」
「言ってない言ってない」
苦笑いしつつ、巧はふと
二軍の昇格祝いに食事を奢ってくれるというのは単なる思いつきでも社交辞令の類でもなかったらしく、目下日程調整中だ。
二軍と三軍で、彼女は妹弟の世話もあるためなかなか難しいが、玲子は結構積極的に合わせようとしてくれている。
一回後輩に奢ってみたかった、というのもあながち冗談ではなかったのかもしれない。
「先輩、どうしました? 私に見惚れるならわかりますけど、そっちに私はいませんよ?」
「ん? あぁ、いや、なんでもないよ」
香奈なら大丈夫だと思っているが、玲子とは誰にも言わないと約束したため、巧は言葉を濁した。
香奈も、相手が隠したがっていることを無理やり聞き出して来るような面倒なタイプではない。
そこから、話は二軍の選手の実力についてのものに移り変わっていった。
「やっぱり
「性格が悪いっていうのは、選手としてってことだよね?」
「ですです。いい先輩であることは間違いないですけど、相手の嫌がることを徹底的にやるタイプなので、紅白戦とかで敵にいたらちょー厄介だと思います。味方にいたら心強いですけどね」
「興味あるなぁ」
「巧先輩も、可愛い顔してちょいちょい性格悪いプレーしますよね」
香奈がニヤリと笑った。
「可愛い顔しては余計だけど、いわゆる絡め手みたいなのは嫌いじゃないね。僕みたいな選手は特に、使えるものは使わないとだし」
「めっちゃ大事だと思います。それで言うと、先輩ってちょっとナチョに似てますよね」
「あー、まあ、立ち位置というか選手としての在り方はたしかに似てるかも。彼ほどずる賢くはなれないけどね」
名門レアル・マドリードで長くチームを支えた、賢い選手という言葉の相応しいスペイン人ディフェンダーだ。
「ナチョはお世辞にも綺麗な選手とは言えませんからね」
「だよね」
「あとは、キャプテン以外にも
「あぁ、まあそっか」
香奈と一緒の時期に二軍に昇格した一年生だ。名前は
アイドル系統の見目の整った少年で、甘いマスクとすぐに二軍に昇格したという点は、現三年生で一軍の中心選手であり、王子などとも呼ばれて特に女子生徒から絶大な人気を誇っている
プレースタイルこそ異なるが、晴弘は真二世などども言われており、すでに一定数のファンを獲得しているという噂だ。
「彼はやっぱりずば抜けてる?」
「
「珍しいね。香奈がそういうこと言うのって」
彼女は普段、あまり自分から誰かを「好きじゃない」「嫌い」などと発言することはない。
「あいつ、自分が一番偉いみたいな態度取ってるんで。私、ああいう勘違い系が一番嫌いなんですよ」
香奈が吐き捨てるように言った。
(……多分、
巧には容易に想像がついた。彼とは、元三軍キャプテンで香奈にしつこく絡んでいた武岡だ。
彼に対して香奈の言葉が過ぎそうになったのも、元々ああいうタイプが嫌いだったというのもあるのだろう。
「まあ、相性の問題とかはどうしてもあるからさ。仲良くしろとは言えないけど、うまくやりなよ。多分付き合いも長くなるだろうし」
「そうですね」
香奈が真面目な表情でうなずいた。
「ただ、嫌なものはちゃんと嫌って言うんだよ」
「巧先輩ってたまにお母さんみたいになりますよね。もしかしてちょっとだけ母性本能強めなんですか? 母乳出たりします?」
「うーん。他の人には言われたことないしわかんないけど、僕がお母さんのようにならざるを得ない環境がそこにあるんじゃない?」
「なるほど。私がガキだって言いたいんですね? よろしいならば戦争だ」
「いいよ? じゃーんけーん」
「「ポイっ!」」
巧がパー、香奈がグーだった。
「はい、僕の勝ちー」
「ま、待ってください! 今のは完全に先輩の間合いでしたしずるいですっ、もう一回!」
「間合いっていう言い方が適切なのかはわかんないけど、いいよ」
「ふふん、自信満々ですね。その鼻っ面を明かしてやりましょう」
香奈が拳にハーッと息を吹きかけた。
「では行きますよ? じゃーんけーん……」
「「ポイっ!」」
「……うん、なんとなくそんな気がしてた」
今度も巧がパー、香奈がグーだった。
その後、巧がさらに三連勝したところで香奈から降参の申し入れがあった。
「巧先輩、バレないように手加減しないと女の子から嫌われますよ?」
と、香奈からありがたいアドバイスをいただいた。
「あはは、ごめんごめん」
巧は笑って誤魔化した。
五回目は負けようとしていたけど、そもそもの読みが外れていて逆に勝っちゃったんだ、とは言えなかった。
「
晴弘だった。巧が目を向けると、彼はサッと視線をそらした。
「た……先輩? どうしたんですか?」
「いや……なんでもないよ」
晴弘の態度は、お世辞にも愛想がいいとは言えなかった。
面倒事が起こりそうな予感がしたが、香奈の話でバイアスがかかっているだけだろう、と巧は思い直した。
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