先輩に退部を命じられて絶望していた僕を励ましてくれたのは、アイドル級美少女の後輩マネージャーだった 〜成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになったんだけど〜
第30話 落ち込んでいる美少女後輩マネージャーを慰めた
第30話 落ち込んでいる美少女後輩マネージャーを慰めた
しかし、当然巧にそんな彼女の行動や精神状態などを知る由はない。
ジャージを返しに来ないことも、疲れて寝ちゃっているのかな、くらいに思っていた。
「……えっ、白雪さん? ど、どうしたのっ?」
だから、香奈の表情を見て動揺した。思い詰めたような、とても暗い表情をしていた。
げんきのかたまりのような彼女のそんな表情を見るのは、初めてのことだった。
大丈夫です、と辛そうに笑う香奈を、巧は半ば強引に招き入れた。
連れ込むような形になってしまったが、さすがに放っておけなかった。
香奈をソファーに座らせ、温かいお茶を入れる。ティーパックだ。
香奈は「ありがとうございます」と言ってカップを手に取ったが、口につけることはなかった。
彼女がお茶を嫌いでないことは、これまでの会話でわかっている。
飲む気力も湧かない様子の少女に、巧はどうやって声をかけるべきか、頭を悩ませた。
重苦しい沈黙の中、先に口を開いたのは香奈だった。
「すみません、ご迷惑をおかけしてしまって……」
「全然いいよ。ジャージがなくても何も困ってなかったし」
巧は、香奈の現状をジャージを返すのが遅れたことによる罪悪感に押しつぶされているものだと仮定した。
それにしては表情が深刻すぎるが、他に原因が思いつかなかった。
「……ジャージだけじゃ、ないです」
香奈は両手に抱えたカップに視線を落としたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。
「今日の帰りも含めて、これまで先輩にはたくさんのご迷惑をかけてきました。たびたび邪魔しているし、先輩の優しさに甘えてわがままばっかり言っちゃって、本当にすみません……」
巧は、香奈が負の思考にハマってしまっていることを悟った。
女の子の日だとか、そういうのが原因なのかはわからないが、彼女が情緒不安定であることさえわかれば、自ずと対応は定まる。
「一緒に登下校してとか、本当は迷惑でしたよね。ごめんなさ——」
「ねえ、白雪さん」
香奈の隣に座っていた巧は、あえて彼女のほうを見ずに話し始めた。
「僕ってさ、結構わがままなんだよ」
香奈が目を瞬いた。
突然何の話だ、と思っているのだろう。
「特に、自分の思い通りにならないこととか嫌でさ。勉強に集中するって言ってるのにくだらない要件で話しかけてくる人とは縁を切ったし、自分の大事な計画と時間が被ってたときは、たとえ先輩の頼みでも断った。それで中学時代、目をつけられたこともあったんだ」
あれは大変だったよ、と巧は頬を緩めた。
困惑の表情を浮かべている香奈の目を、正面から見つめる。
「だからさ、もし白雪さんのことを迷惑に思っているなら招き入れないし、一緒に登下校もしないよ。今だってそのまま帰していたと思う。気になる人に勘違いされたくないって言えば、全部簡単に拒否できるからね。それをしないのは、僕も白雪さんと一緒にいるのが楽しいからだよ」
「えっ……」
香奈が目を見開いた。
「同じ熱量でサッカーについて話せるのって白雪さんくらいだし、ボケてくれるからこっちも絡みやすいし、空気読むのも上手いから、絶対に僕の生活の邪魔はしてこないじゃん」
「それはまあ……お邪魔している身ですし、当たり前じゃないですか」
「その当たり前ができる人って意外と少ないんだよ。白雪さんがいてもリラックスできるし、反面後輩の前でだらけた姿は見せたくないから、しっかりした生活を送ることもできる。白雪さんの行動や言動で嫌だなぁって思ったことだって一回もないよ。まあ、たまにうるさいときはあるけど、見ててこっちも元気出るしね」
「……それは、微笑ましいってことですか?」
「うん。子供が元気にはしゃぐのを見守る感じ」
「もう少しオブラートに包んでください」
久しぶりに、香奈が自然に笑った。
巧はお茶を口に含んだ。
「だって、今は本音を言う時間だと思ってるからね。全部、嘘偽りのない本心だよ」
「……本当ですか? 気を遣わなくていいので、先輩の本心が知りたいですんですけど」
香奈の瞳は震えていた。不安が色濃く出ている。
巧は大きくうなずいた。
「本当だよ。白雪さんのことを迷惑がったことは一度もない。来たければいつでもウチに来ればいいし、甘えたければ甘えてくれればいいよ」
「本当に本当ですか? 嘘吐いてたら空気入れの針千本飲ませますよ?」
「発想がいかにもマネージャーだね」
巧は苦笑しつつ、内心で安堵した。
このような発言が出るということは、香奈は少し調子を取り戻しつつあるようだ。
「嘘じゃないよ。さすがに迷惑してたらここまで言わないって」
「まあ、そうですけど……じゃ、じゃあ、これからも変わらず入り浸っていいんですか……?」
「入り浸るっていう言い方はあんまり良くないけど、いいよ」
「本当ですかっ⁉︎ ありがとうございます……!」
香奈が安堵したような笑みを浮かべた。
その紅玉のような瞳に涙が盛り上がる。ズズッと鼻を鳴らした。
「うええ⁉︎ ちょ、白雪さん、大丈夫っ?」
巧は狼狽した。
「す、すみませんっ……せ、先輩に嫌われたんじゃないかって、ふ、不安でっ、安心しちゃって……! ごめんなさいっ、また迷惑かけちゃって……!」
香奈が鼻をすすり上げた。
「ううん、全く迷惑じゃないよ。泣きたければいつでも泣けばいい。後輩を慰めるのも先輩の役目だからね」
巧は努めて優しく語りかけた。
香奈は何度か腕を持ち上げては下ろした後、思い切った様子で彼の腕を掴んだ。
「じゃ、じゃあ……これはお願いしても迷惑じゃっ、ないですか……?」
しゃくりあげながら、彼女は巧の腕を自らの頭に導いた。
「もちろん」
笑ってうなずき、巧は腕を動かし始めた。
(なんか普通の先輩と後輩の関係は超えてる気がするけど……ま、兄妹みたいなもんだと思えばいっか)
サラサラふわふわの赤髪を毛流れに沿って撫でながら、巧は
「あの、先輩。本当にありがとうございます」
泣き止んだ後、頬や目元を赤らめつつ、香奈は深く頭を下げた。
しんみりとした空気はあまり好きではないので、巧は少し揶揄うことにした。
「あれ、いつもみたいにびしょハラだーって言わないの?」
「か、揶揄わないでくださいっ。それこそびしょハラです!」
「なるほど。また一つ勉強になったよ」
巧は空中でメモを取る仕草をした。
「全くもう……先輩はもう少し、乙女心というものを学んだほうがいいと思います」
香奈が唇を尖らせた。
「これでも常に紳士でいようとは心がけてるんだけどな」
「紳士なのは大事ですけど、それだけじゃダメなときもあるんですよ」
「むずっ、数学やろうっと」
「宿題ですか?」
「うん、白雪さんも一緒にやる?」
「っはい!」
香奈は嬉々とした表情でうなずいた。
やっぱり彼女にはこういう顔が似合うな、と巧は思った。
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