第27話 挑発してきた相手選手を翻弄した

 たくみ香奈かなが練習試合の会場である成南せいなん高校に到着すると、見慣れた黒のプリウスがあった。

 川畑かわばたのものだ。


「おはようございます、監督」

「おはようございまーす!」


 彼は「相変わらず二人とも早いな」と、わずかに口元を緩めた。

 そして、ジッと二人の顔を凝視する。


「……大丈夫そうだな」

「「はい。ありがとうございます」」


 巧と香奈は同時に頭を下げた。

 プリウスのトランクに乗っているチームの荷物を下ろしていく。


「巧」

「はい」

「ここ数日で、お前は見違えるように良くなった。前回成南ここに来たときとは別人と言っていいだろう。だが当然、お前にはまだまだ課題もある。試合において最も大きな課題。それはなんだと思う?」

「体力……ですか?」

「そうだ」


 巧も、自分なりに努力はしている。

 ただ、なかなか体力がつかないのだ。


「お前にはこれから、より体力強化に努めてもらう。だが、それは今すぐにどうにかなるものじゃない。だから今日の一試合目、お前は後半頭から出す。四十分間、全力でお前のプレーを見せてみろ」

「わかりました」


 巧は顎を引いた。

 絶対にやってやる——。

 そう心に誓いながら。




 武岡たけおかを除く全員が集合した時点で、川畑から彼の処遇と、三葉みわが新キャプテンとなることが伝えられた。

 当然、動揺は広まった。


 三葉や玲子れいこがうまくみんなの意識を試合に集中させようとしているが、やはり各々気になってしまっているようだった。


 仕方のないことだろう。

 他人の噂話を好む習性は、人間ならば大なり小なり持っている。

 キャプテン資格の剥奪と謹慎処分など、そうそうくらう罰則ではない。


 気にするな、というほうが難しい話だった。


「なあ、巧。武岡先輩、マジで何したんだろうな?」


 アップ中、まさるが瞳を輝かせて話しかけてきた。


「さあ? 結構なことをやったんじゃない? けど、僕たちには知る由もないし、今は試合に集中すべきだよ」

「ガッハッハ! 巧の言う通りだな、わからないものは気にしても仕方がない! それよりも、今から俺たちはキャプテン抜きで成南あちらさんにリベンジしなくてはならない。簡単ではないぞ、ガハハハハ!」

「噛ませ犬感がすごいね、大介だいすけ

「ガッハッハ! 噛ませ役が勝つストーリーがあっても面白いだろう」

「たしかにね」


 ふざけているように見せて、大介の瞳には闘志の炎が揺らいでいた。

 キャラが個性的すぎてあまり注目されないが、彼は相当な負けず嫌いだ。

 同じ相手に二度負けるつもりはない、ということだろう。


 巧と大介のこのやり取り以降、武岡について口にする者はいなくなった。


(大介、事情を知らないのにあのマインドを持てるのはすごいなぁ)


 巧は素直に感心した。




 しかし、大介も言ったように、武岡の不在は精神面だけではなくプレー面でも大きな痛手だった。

 というより、プレー面での損失こそ大きかった。


 武岡はすぐに熱くなるし、判断を誤ることもしばしばあったが、それでも三軍の守備の要だった。

 横柄な態度でも許されるほどの能力は持っていたのだ。


 前半を終えた時点で、咲麗しょうれいは〇対二で負けていた。


「巧、行くぞ」

「はいっ」


 最近は後半途中からの出場ばかりだったので、ハーフタイムでの交代は久しぶりだ。


「頑張ってくださいっ、先輩なら絶対できますから!」

「うん、ありがとう」


 香奈からの激励、そしてチームメイトからの嫉妬の視線を受け、コートに足を踏み入れる。

 白い砂なので、照り返しがすごい。


「みなさん、ちょっといいですか」


 巧は全員に集合をかけた。

 三葉は期待するようにニヤリと笑い、優は背中を押すように一つうなずき、大介はいつも通りの豪快な笑みを浮かべていた。

 それ以外の部員は、総じて怪訝そうな表情だ。


「僕はこれまで、チームにたくさんの迷惑をかけてきました。今だって、みなさんより実力が劣っているのは自覚しています。でも、今ならチームの役に立てるとも思っています。キャプテンのいない中で僕が入ることで、守備の負担はより増加すると思います。でも、一対〇ではなく四対三で勝つのが咲麗ウチのサッカーです。最初の一回だけでいい。必ずみんなに点を取らせるので、僕の指示に従ってくれませんか?」

「……大きく出たな、巧」


 三葉が口元を緩めた。

 興味深いとでも言いたげな表情だ。


「生意気であることは重々承知しています」


 それでも自信はあったし、これくらい自分を追い込まなければ本気を出すことはできない。


 そして、嫌でもチームメイトの注意を目の前の試合に向けさせようとする狙いもあった。

 集中しきれていない選手が何人かいるのは、ベンチから見ていて一目瞭然だった。


「いいだろう。キックオフ後の攻撃、お前に任せる。俺らを自由に使ってみろ。みんなもそれでいいな? 今の俺たちには変化が必要だ」


 三葉の言葉に、全員が納得の表情でうなずいたわけではない。

 それでも、反対の声は上がらなかった。


 全員、頭の片隅ではわかっていた。

 今の自分たちのままではダメなことを。


 全員、心のどこかで期待していた。

 最近の巧なら、最悪に近い現状を打破してくれることを。


「——おいおい、交代で出てきたの、前にへぼかったやつじゃね?」

「おっ、マジじゃん! あの紫髪、見覚えあるわぁ」

「あいつのミスから勢いづいたんだよな、お相手さんは何考えてんだ?」

「この試合はもう捨てたんじゃねー?」

「かもな!」


 成南のメンバーが、巧のことを指差してバカにするように笑っている。


「巧」


 優が拳を突き出してくる。


「お前の真髄しんずい、見せてやれ」

「うん、ありがとう」

「ガッハッハ! 俺よりも噛ませな犬たちがたくさん吠えているなっ、負けてられん!」

「噛ませ度合いで張り合うな」


 三葉が大介の頭を叩いた。

 今日から武岡に代わって三軍のキャプテンになった彼は、温厚で真面目な人物だが、意外と手が出るときもあるのだ。

 特に大介に対しては。


 チームメイトから笑いが起こる。

 前半終了時に比べて、チームの雰囲気は格段に良くなっていた。


 巧はキックオフ前に、水を含むために自陣のベンチに向かった。


「先輩っ、目に物言わせてやってください!」

「如月君、あんな奴らに君が負けるはずがない。いつも通りで大丈夫だ」


 相手のヤジは当然聞こえていたのだろう。

 香奈と玲子を筆頭に、チームメイトが次々と巧に励ましの声をかけた。


 プレッシャーを感じないと言ったら嘘になる。

 だが、それ以上に巧はワクワクしていた。




 熱すぎず、冷めすぎず。

 このときの彼は、選手として最高の精神状態だった。


 当然、プレーも冴え渡った。

 後半最初の攻撃、巧はあえてチームのテンポを遅らせた。

 受け取ったパスを、後方に戻すことを繰り返す。


「はっ、ビビってんのか?」


(キャプテンと同じようなことを言っているなぁ)


 巧は自分をマークしている相手からの挑発に対して苦笑した。

 どうやら、それが気に食わなかったらしい。

 相手はさらに厳しく巧をマークするようになった。


 好都合でしかなかった。


「大介!」


 足元にパスを要求する。


「へっ、もらったぁ!」


 巧のバックパスを予想して、相手が飛び出した。

 それを予期していた巧は、余裕を持ってターンをして前を向いた。


「くそっ!」


 完全に背後を取られた相手選手の悪態を聞きつつ、巧は前を走る優にパスを出した。

 優からパスがつながり、咲麗は巧の宣言通り、後半開始直後に一点を返すことに成功した。


「巧、ナイスターン!」

「ナイスです!」

「おいおい、ターンまで南野じゃねえか!」

「ガッハッハ! さすがは巧拓実だ!」


 点を決めた選手よりも、巧に称賛の声が送られる。

 彼の意表をついたターンこそが、得点の鍵だったからだ。


 周囲からの賞賛を受け取りつつ、巧は考えていた。

 これは使えるな、と。


(僕の身体能力じゃ、少しでも読まれてたら今のも取られてただろうけど、キャプテンのときもそうだったように、相手に僕のプレーをいいんだ。あとは、相手をちょっと挑発してみるのも一つの手だな。今回は意図的じゃなかったけど)


 精神攻撃もまた、立派な戦術の一つだ。

 もちろん、相手を侮辱するつもりはないが。


「ドンマイ、今のはまぐれだ! まだ俺たちが勝ってるっ、落ち着いていこうぜ!」

「「「おぉっ!」」」


 言葉とは裏腹に、成南の面々の表情からは苛立ちや焦りといった色が読み取れた。


「三葉先輩」

「あぁ、今流れはウチだ。一気に畳み掛けるぞ!」

「「「おう!」」」


 そこから、咲麗は一気にギアを上げた。

 成南は巧を中心とした変幻自在の攻撃に、まったく対応できなかった。


 結果、咲麗は後半に大量五得点を挙げた。

 五対二。巧の口にした四対三というスコア以上での快勝を収めた。

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