先輩に退部を命じられて絶望していた僕を励ましてくれたのは、アイドル級美少女の後輩マネージャーだった 〜成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになったんだけど〜
第19話 三度目のびしょハラ(美少女ハラスメント)
第19話 三度目のびしょハラ(美少女ハラスメント)
「じゃあな。気をつけて帰れよ」
「「はい、ありがとうございました」」
無事に
彼の最寄駅は、
「そういえば、先輩はどうしてあの場に? 帰ったんじゃなかったんですか?」
「あっ、そうそう。すっかり忘れてた。はい、これ」
巧はバッグの中から深みのある赤色の水筒を取り出した。
「あっ、私の水筒だ」
「これを届けようと思って」
「そうだったんですね、ありがとうございます! てっきり、先輩がみなさんと別れた後に一人で帰るのが寂しかったのかなって思ってました」
香奈がイタズラっぽい笑みを浮かべた。
巧は苦笑した。
「まさか。うさぎじゃあるまいし」
「ニンジン好きですか?」
「うん、好き」
「ほなうさぎやないか」
「うさぎって実はあんまりニンジン好きじゃないんだよ」
「ほなうさぎちゃうかぁ」
「すごい聞いたことあるフレーズだなぁ」
「私、牛乳大好き美少女ですからっ」
「……ミルクガールってこと?」
「That’s it!!」
香奈が指をパチンと鳴らした。
「あっ、そうそう先輩——」
帰り道、彼女はいつも以上に
空元気の類であることに、巧は気づいていた。
「あの、先輩。両親、今日も帰り遅くなるみたいで……」
だから、マンションに入るときに告げられたそのSOSにも、すぐに気づくことができた。
「なら、夕食作るの手伝ってよ。もちろん食べていっていいからさ」
「っ……はい!」
香奈が安堵したように笑った。
どうやら、巧の選択肢は間違っていなかったらしい。
香奈は家に足を二、三歩踏み入れたところで立ち止まった。
「
巧が香奈の横を通り過ぎたとき、ぎゅっと服の袖を掴まれた。
「白雪さん?」
「怖かったです……!」
巧が振り向いた瞬間、香奈が抱きついてきた。
付き合ってもない男女で抱き合うのは良くない、という思考がよぎるが、巧は彼女を振り払うことはせず、むしろ優しく抱きしめ返した。
「怖かったよね。よく頑張ったよ、白雪さんは」
子供をあやすように頭を撫でれば、香奈の泣き声はさらに大きくなった。
三十センチほど体格差のある男に、自由を奪われて迫られたのだ。相当恐怖を感じたに違いない。
巧の家という安全地帯に入ったことで、緊張の糸が切れたのだろう。
少しでも香奈が安心できればいいな、と思いつつ、巧はそのルビーのような赤髪を撫で続けた。
十分後、髪の毛や瞳のみならず、目元から顔、耳、さらには首まで真っ赤に染まった香奈が完成した。
大泣きしたことに羞恥を覚えているのは明白だった。
前回は自宅に逃げ帰ったが、そんなそぶりはない。
親が帰ってきていないからだろう。
「白雪さん、大丈夫?」
「……びしょハラです。また先輩にびしょハラされました」
「……むしろ、今回は僕のほうが言う立場じゃない?」
巧は苦笑いを浮かべて、自らのシャツを引っ張った。
胸の部分が香奈の涙と鼻水でびしょびしょになっている。
彼女は目を見開き、露骨に焦った表情を浮かべた。
「わわっ、す、すみません!」
「冗談だよ。全然気にしないで。後輩に頼ってもらえるのは、先輩冥利に尽きるからね」
巧が笑いかけると、香奈が考え込むような仕草を見せた。
「白雪さん?」
「……そう言ってもらった流れで卑怯だとは自覚しているんですけど……先輩に一つ、お願いしてもいいですか?」
「何?」
「その……これからしばらく、部活のときは一緒に登下校してもらえないかなと……全然、時間が被ったときだけでいいのでっ!」
「いいよ」
巧は即答した。
香奈の表情を見て、そうだろうなと思っていたのだ。狙いも察しがついていた。
「えっ……本当にいいんですか?」
「もちろん。でも、白雪さんこそいいの? 変な噂が立っちゃうかもだし、こう見えても結構弱いよ? 僕」
巧は力こぶを作ってみせた。
香奈のようにほとんど盛り上がらない、ということはさすがにないが、それでも頼りがいがあるとはお世辞にも言えないだろう。
彼女は、今回の武岡のように絡まれることを恐れて、巧にいわばボディガード役を求めてきている。
男と一緒というだけでそれなりの抑止力にはなるだろうが、手を出されたら巧では守りきれないかもしれない。
「噂なんて全然構いませんし、元から先輩のことを腕っぷしが強いとは思ってません。でも……背中に庇ってくれたとき、本当に安心しました。この人なら絶対に守ってくれるって思ったんです……あ、その、別に深い意味じゃなくてですねっ⁉︎」
「わかってるよ。白雪さんが後輩として頼ってくれているのは知ってるから」
「……後輩として、だけじゃないです」
「えっ、何か言った?」
「なんでもないですっ!」
小声ゆえに聞き取れなかったので巧が聞き返すと、香奈が顔を赤くして叫んだ。
慌てた様子で話題を変える。
「それより、先輩こそいいんですか? 私との噂なんか立っちゃって。意中の人でもいるなら——」
「いないよ、そんな人」
「本当ですかっ?」
香奈が弾んだ声を出した。
「なんでちょっと嬉しそうなの」
「あっ……い、いえ、それなら頼りやすいなーって思っただけですっ」
「あっ、そういうことね」
巧は納得した。
「私より先にリア充になるのは許さない、とか言われるかと思った」
「あっ、それは許しませんよ」
「こわっ」
「じょ、冗談ですってぇ!」
香奈が腕を引っ張ってくる。
いつもよりさらに距離感が近い。
恐怖体験をしたことで、より甘えん坊の部分が色濃く出ているのだろう。
今日ばかりは仕方ないか、と巧は苦笑した。
「……先輩、今私のこと子供扱いしませんでした?」
「ま、まさか」
さすがは二ヶ月足らずでの異例昇格を遂げたマネージャー、観察眼が恐ろしいな。
巧は
お腹の部分に冷たさを感じる。
濡れた服のままでは体調を崩してしまうだろう。
(そしたら、白雪さんに要らぬ心労をかけちゃうよね)
善は急げだ。巧はシャツを脱いだ。
「わ、わわっ⁉︎」
香奈が露骨に慌てるそぶりを見せた。
「ん? どうしたの?」
「ど、どうしたのじゃありません! 何で脱いでるんですか⁉︎」
「いや、着替えようかなと思って」
「そういう意味じゃありませんっ、な、何で私の目の前で脱ぐのですか!」
香奈の顔は再び赤くなっていた。ルビーというよりは、熟れたりんごと言うほうが色味としてはふさわしいだろう。
「特に深い意味はないけど……部員の上裸くらい見慣れてるでしょ」
「そ、そうですけどっ、あれは部活の最中だから大丈夫なんです! 先輩のお家ではしげ……っと、とにかく向こうで着替えてくださいっ!」
香奈が片手で顔を覆いつつ、他方で洗面所を示した。
「わ、わかった。ごめんね」
(あれだけモテているのに男慣れしてないんだなぁ)
香奈のウブな反応を意外に思いつつ、巧は素直に洗面所に引っ込んだ。
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