第15話 三軍キャプテンを手玉に取った

「全員集合っ、マネージャーも含めてだ! 選手はボジョションごとに並べ!」


 三軍キャプテンの武岡たけおかは、怒鳴るように声を張り上げた。

 部員もマネージャーも、駆け足で集まってくる。


 武岡はさりげなくたくみの隣に立った。

 彼としゃべりたいから、などではもちろんなかった。

 こうしておけば、人数の関係で巧とは必ず別のチームになれるのだ。


 これから行われる実戦さながらの試合で、武岡は巧を徹底的に潰してやろうと考えていた。


(最近ちょっとまぐれが当たってるからって、調子乗ってんじゃねえぞ)


 最近、それまでは比べ物にならないほど活き活きとプレーをし、チームメイトにも賞賛されることの増えている巧に対して、武岡は苛立ちを募らせていた。

 そのイライラは今日で頂点に達していた。なぜなら、


(香奈にちょっかいかけやがって……! あいつが優しいから拒否しないだけだ、勘違いすんじゃねえぞ如月きさらぎ……!)


 実際にはほとんど香奈から話しかけているのだが、武岡のバイアスのかかった思考では、巧が無理やり彼女に絡みにいっていることになっていた。


(だが、俺が呼べば香奈はすぐに飛んでくる。前よりも反応がいい。大方、俺のプレーとキャプテンシーを目の当たりにして魅力を感じているんだろう。如月よりも俺としゃべりたがっているのは明らかだ。今後は、如月としゃべっていたらもっと早めに声をかけて、解放してやってもいいかもな)


 武岡は、まるで魔王に捕らわれた姫を助けようとする王子のような気分を味わっていた。

 彼は本当に、自分が香奈から憎悪の視線を向けられていたことに気がついていなかったのだ。


 それどころか、今日の練習後にでも香奈を遊びにでも誘ってやろう——。

 そんなふうにすら考えていた。


「A」

「B」

「C」

「A」

「B」


 最後は巧だった。

 彼はBチーム、武岡はAチーム。狙い通りに分かれることができた。


「じゃあ、最初はAとBだ。Bはビブスを着ろ!」


(くっくっく、香奈の前でボコボコにしてやるよ如月ぃ)


 武岡はかつてないほど気分が高揚していた。


「マネージャーもそれぞれのチームの記録を取れ! そうだな……香奈がA、玲子がB、あかりがCだ」


 一部の部員から不満の視線が飛んでくる。

 おそらく、武岡が自チームに香奈をつけたことが気に入らないのだろう。


(ハッ、如月もお前らも、三軍のヒラなんかに香奈が目を向けるわけねえだろ。俺は二軍の監督に嫌われているから三軍にいるが、体も技術も二軍の奴ら以上だ。俺と一緒になれて香奈も嬉しいだろう……あっ?)


 武岡が視線を向けると、香奈と巧が笑顔で言葉を交わしていた。


(あの野郎っ、また俺の・・香奈にダル絡みしやがって……! てめえにも笑顔こそ浮かべているが、それは社交辞令みてえなもんだ、勘違いすんじゃねえぞ!)


 武岡は苛立ち、すぐに香奈を呼び寄せようとしたが、思い直した。


(はっ、どうせこの後、俺にボコボコにされて恥をかくんだ。今くらいは好きにさせてやるか)


 退部を命じたときの、巧の絶望に染まった表情を脳裏に思い浮かべて、武岡は悦に浸った。




「おいおい、ビビってんのか如月ぃ」


 ダイレクトで味方にパスを出した巧に対し、武岡は挑発の言葉をかけた。

 巧は答えない。


(はっ、そりゃ言い返せねえか。図星だもんな)


 試合が始まってから、巧は一貫してワンタッチツータッチか、多くてもスリータッチ以内にはボールを離している。


(如月はただ無難にパスを回すだけで何もできてねえ。俺との勝負を恐れているんだろう。ま、マークが俺な以上、ボールを取られないだけでも、あいつのレベルからいえば表彰状もんだがな)


 武岡は、巧が自分との対決を恐れて消極的なプレーに終始していると確信していた。

 そして、そんな巧に香奈が愛想を尽かしているだろうとも。


 しかし、武岡は決して上機嫌とはいえなかった。

 理由は単純。自チームが〇対二で負けているからだ。

 自身が三軍の中では頭一つ抜け出した実力者だと自負している彼にとって、到底気分の良い状況ではなかった。


 武岡は気づいていなかった。

 彼が本来優先的にマークすべき対象は巧ではない。

 そこのズレから生じたチーム全体の不協和音が、二失点を生み出していたことに。


 当然、巧はそのことをわかっていた。

 だから、あえて攻撃には積極的に参加せず、Aチームの守備の要である武岡を釣り出して、味方に攻めやすい環境を作っていたのだ。


 しかし同時に、武岡以外の相手選手が、時間の経過とともにズレを修正しつつあることにも気がついていた。


(公式戦ならこのまま逃げ切りも考えるけど、これはあくまで練習。多少のリスクは冒してでも、アピールするべきだよね)


「パス、足元!」


 巧はあえて、それまでよりも武岡に近いところでボールを要求した。

 背後で武岡が笑ったような気がした。


(ようやく潰せる、とでも思っているのかな)


 ——巧の予想は的中していた。


(俺とほぼゼロ距離でボールを受けようとするとはっ、馬鹿め!)


 武岡はただの自信過剰ではない。

 その自信を手にするだけの実力は持っていた。

 当然、巧の次のパスコース・・・・・・・も完璧に予想していた。


 これまで巧が簡単なパスしか行ってこなかったこと、そして彼に個人技はないとタカを括っていたこと。

 それらにより、武岡は巧の次のプレーを味方へのパスに限定してしまっていた。


 ——すべて、巧の計算通りだった。

 パスをインターセプトしようと武岡が足を伸ばす。

 伸ばされた足と軸足の間、いわゆる股が開く。


 巧はパスを出すフリをしながら、武岡の大きく開いた股にボールを通し、彼の背後を取った。


「なっ……!」


 背中から武岡の息を呑む気配。


 彼と巧の身体能力の差は大きい。

 もし少しでも股抜きを警戒されていたなら、こうもうまく入れ替わることはできなかっただろう。


 武岡のチームメイトは、彼が巧に手玉に取られるなどとは想像もしていなかった。

 当然、ヘルプに向かうのが遅れる。

 キーパーと一対一になった巧は、まるでパスをするように、冷静にゴール右隅にボールを流し込んだ。


「ナイッシュー、巧!」


 真っ先に駆け寄ってきたまさるとハイタッチを交わす。


「今の股抜き、エグッ!」

「落ち着きやべーな、南野みなみのかよ!」


 チームメイトも次々と称賛を口にした。

 中には、ゴール前での落ち着きに定評のある日本代表の南野みなみの拓実たくみになぞらえる者まで現れた。

 それだけ、今のプレーはすごかったのだ。


「巧ではなく拓実に改名するべきだな、ガハハハハ!」


 普段は武岡とセンターバックのコンビを組むことが多い二年生の金剛こんごう大介だいすけが豪快に笑いながら、巧の頭をガシガシと撫でてくる。


「大介、前はまさに『巧』だなって言ってなかった?」

「そうか? 覚えとらんな! なら、巧拓実に改名するがよい」

「いずれゴリラ・ゴリラ・ゴリラみたいになりそうだから遠慮しておくよ」

「それもそうだな、ガハハハハ!」


 巧がニシローランドゴリラの学名を出すと、大介は豪快に笑った。


(本当に愉快な人だなぁ)


 巧は自然と頬を緩めていた。

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