第14話

   こうして牛車から靖忠さんも降りると三人で滝瀬宮様のお邸を探しに行った。


  姉さんは牛飼童と従者にこの場でしばらく待つように言いつける。牛飼童と従者の五人が頷いたのを確かめて私達はゆっくりと歩き出す。今日は秋晴れのせいか、空がどこまでも澄み渡るようだ。はらはらと楓の葉っぱが紅く色付いていて地面に落ちていく。それは心が洗われる程に美しい。


「……もう秋も深まっているわね」


「それはそうだけど。小君。女言葉に戻っているよ」


「あ。そうだった」


  慌てて男の子の言葉使いに戻す。姉さんは今若として私は小君として今は行動しないといけない。


「……兄上。滝瀬宮様のお邸はどちらなんでしょうね」


「ううむ。俺もそれは思った。靖忠殿、わかるかい?」


「……そうですね。宮様の別邸は東の方角だと聞いていますが」


  東と聞いて私は姉さんと一緒に歩き出す。靖忠さんもゆっくりと付いてくる。その後、十五分程は歩いたろうか。靖忠さんがとあるお邸の近くで立ち止まった。


「どうやらここのようだ。ちょっと待っていてください」


  靖忠さんはそう言うとお邸の門まで近づく。門番らしき人がいる。その人に声をかけてみせたので驚いた。


「……もうし。よろしいでしょうか?」


「……何用でしょうか?」


「私は陰陽師で安倍 靖忠と申します。今日はお師匠の命でこちらにお伺いしました」


「ほほう。陰陽師殿でしたか。主に知らせてきます」


「お願いします」


  すぐに門番さんは邸の中に入っていった。靖忠さんをじとっと姉さんは睨んだ。


「……お師匠の命って。嘘も方便とはよく言ったもんだな」


「今若君。声が大きいですよ。本当に今日はお師匠の命を受けてこちらに来ていますから」


「どういうことだ?」


「……お師匠に文をあらかじめ送っておいたんですよ。そしたら「宮様に連絡しておくから。明日になったらすぐに行け」と言われて。だからこちらに来れたのです」


「靖忠さん。抜け目ないね」


「有能と言っていただきたいですね。でもまあ、これで余計な手間は省けました。後は宮様のお返事を待つだけです」


  靖忠さんの言う通りなので私と姉さんは待ったのだった。


  しばらくして門番さんが出てきた。ちょっと困惑した顔だ。


「……陰陽師殿。主がすぐにでもお通しせよと。お入りください」


「ありがとうございます」


  靖忠さんがお礼を言うとお邸の中に入っていく。私は外で待ったほうがいいだろうと思い、留まろうとした。すると靖忠さんから手招きされる。


「小君。それに今若君も。来なさい」


「……わかりました」


  姉さんが頷くと私も同じようにする。靖忠さんの後に続いて別邸の中に入ったのだった。


  中に入ると女房らしき人が二人程出てきて上がらせてくれる。靖忠さんは口上を述べた。


「女房殿。宮様の元にこちらの若君方をお連れしてもいいでしょうか?」


「……はあ。宮様にお聞きしてまいりますので。少しお待ちください」


「わかりました」


  靖忠さんが頷くと女房のうちの一人が奥に入っていった。少し経って戻ってくる。私と姉さんはお互いに顔を見合わせた。


「……あの。宮様が良いとの事です」


「そうですか。では行きましょう」


  私が頷いたら靖忠さんは奥へと行く。姉さんと二人で付いて行った。どうやら、靖忠さんはこちらに来た事があるようだ。ただ、別邸の中の床はぎいぎいと歩くたびに音が鳴っている。柱や梁には埃が溜まっていて古さを感じさせた。


「……こちらがそうです」


  靖忠さんがとある襖障子の前で立ち止まった。それも綻びがありすすけている。靖忠さんは膝をつくと声をかけた。


「宮様。安倍 靖忠、今参上しました。よろしいでしょうか?」


「……入りなさい」


「……失礼致します」


  靖忠さんがそっと襖障子を開けるとふわりとお香の良い薫りが鼻腔に届いた。彼が中に入ったので私達も続いて入る。几帳の近くに誰かが座っていた。目を凝らすと色の白い美男が脇息に寄りかかっている。ちょっと垂れ気味の目にすっと通った鼻筋、ぽってりとした唇。なんとも色っぽい男性がそこにいた。白い小袖に二、三枚着物を重ね、下袴に袿を羽織った寛いだ姿だ。


「ああ。靖忠殿か。よく来たね」


「文でお知らせしていたと思いますが」


「それは読んでいるよ。それと。後ろにいる子達は君の連れかい?」


  男性が言うと靖忠さんは苦笑した。肩を竦めながら言う。


「……とあるやんごとなき方のご子息方です。宮様にお会いしたいとおっしゃいまして。お連れしたのですが」


「へえ。ご子息ねえ。それにしては顔立ちが幼いな」


「宮様」


「わかっているよ。で、あなた方は。一体何用で来たのかな?」


「……初めてお目もじ致します。僕は今若と申します。隣にいるのが小君と言って。弟です」


  そう言うと姉さんは頭を下げた。私も同じようにする。けど凄く視線を感じた。


「……ふうん。今若君と小君か。男の子のはずなのに。なんで声変わりもしていないのか。聞いてもいいかな?」


「え。な、何を……」


「今若君。あなたは年はいくつかな?」


「……じゅ、十五です」


「……嘘だね。十五であれば、早い子だったら声変わりをしている。今若君と小君。あなた達は本当は何者だい?」


  鋭く聞き返されて私と姉さんは答えに窮する。絶対絶命のピンチと言えたのだった。

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