第16話 覚醒・魔を統べる力
目の前でリレリアが害された。
その事実に俺の目の前が真っ赤に染まる。
『止まれルーク!』
何故かフェルが制止の声をかけてくるがそれは俺の心には引っかからず、耳を通り抜けてどこかへ飛んでいってしまう。
そして俺は、何故か力の戻っている両の腕で剣を壊れんばかりに握りしめ、振り上げる。
狙う先は俺の眼前でリレリアを害した害虫。
そのむき出しの首筋だ。
「レングス避けろ!」
「っはっ、んだよ!」
俺の振り下ろした剣が、防御した角の生えた魔族の男の青い腕に深く切り込む。
切断するまでには至らないが、初めて与えた大きな傷だ。
しかし切断まで押し込むことは不可能だと考えた俺は、飛び退って一度距離を取る。
もっと鋭く、深く。
全てを断つほどに力を込めなければ。
「がっ、こいっ、つ……!」
「退避しろレングス!」
ワーウルフの男が俺と魔族の男の間に割って入ろうとするが、それより先に魔族の男が距離を取った俺の方へと勢いよく詰めてくる。
「生意気なんだよ、先住民風情が!」
その振り下ろされる拳は赤黒い魔力を纏っていて、喰らえばこんどこそただではすまなそうだ。
そんな認識をする程度には、俺には余裕があった。
右手にぶら下げる剣に左手を添え、力を込めて迎え撃つ。
ただ腕の力を込めるだけではない。
今この身から溢れんばかりのこの力を、ただこの一刀に込める。
『魔力の制御だと!? まさか、能力が逆流して、いかん! ルーク、それ以上は戻れなくなるぞ!』
「知るかボケ!」
魔族の男と、フェル。
二人の言葉に同時に返しながら、俺は魔族の男を相手に剣を振り抜いた。
拮抗は一瞬。
互いの剣と拳から溢れ出す魔力が弾きあい、魔族の男の右の拳が俺の顔の横を。
俺の剣が魔族の男の体の横を通り抜ける。
まだだ、もっと。
全てを斬り伏せるほどに高めろ。
「レングス、下がれ! お前の手には余るぞ!」
「うるせぇ! ここまでコケにされて黙ってられるかよ!」
ありがたいことに、魔族の男はなおも俺に向かってきてくれるらしい。
ワーウルフの男のようにいなされ逃げられ続けると面倒だったが、向こうから来てくれるならいくらでも仕留めることが出来る。
俺に大した剣術はない。
戦闘での立ち回りも未熟だし、正しい剣の振り方なんて知らない。
それでも。
「死ねぇ!」
向かってくるものの一つに全力を叩きつけることぐらいなら、俺にだって出来る。
「はぁぁぁっ!!」
鋭く、深く、敵を切り裂いて更にその先へ──。
ただその一念で放った斬撃は、今度も魔族の男の魔力をまとった腕と正面から衝突し。
そして今度は弾かれることなく、正面から深々と腕を斬り落とした。
「ぐっ、がぁぁぁぁ!?」
魔族の男が苦悶の叫びをあげる。
だが俺の方も無傷では済まなかった。
相手の拳を切り裂くことが出来たということは、それすなわち敵の攻撃をそらすこと能わなかったということ。
切断された魔族の男の魔力を纏った拳が、そのまま俺の身体に突き刺さる。
もっと立ち回りや剣さばきの練習でもしていれば、切り裂いた敵の攻撃をそのまま食らうような間抜けは晒さなかったんだろうな。
などと思いながら、俺は一步前へ。
身体はボロボロだ、敵の腕が突き刺さって胸が痛い。
だが、まだ動く。
こいつを必ず、殺さなければ。
俺の大切なものが奪われてしまう。
「あぁぁぁぁぁ!」
そうして、俺の振り下ろした剣は今度こそ、魔族の男の上半身を肩口から斜めに両断した。
「馬、鹿な……!」
苦悶の声とともに魔族の男が地面に倒れ伏す。
魔族がこれで死んでいるのかはわからないが。
それよりも今は、もう一人殺さなければならない相手がいる。
その相手に剣を向け踏み込もうとした俺に、しかし、ワーウルフの男は飛び退って距離を取る。
どころか、戦闘状態であるはずの変身すら解除してしまった。
だが俺がフェルから受けている能力はもはや解除されない。
ここが窮地。
最終防衛線。
ここから踏み込まれてしまえば、俺の大切なものが奪われる。
多分その心が、フェルの能力を覚醒したままにしていた。
そんな俺に、ワーウルフの男は遠くから声をかけてくる。
「お前は……魔族ではない」
「当たり前だろうが」
「だが、その両腕はなんだ?」
「あ゛?」
男の言葉に両腕に視線を落とし、俺はそこで見慣れないものを見る。
革鎧の腕甲に覆われていたはずの両腕。
そこは見たことのない、黒くトゲトゲとした装甲に覆われていた。
「なんだこれ」
俺もこれがなんなのか知らない。
想像できるとすれば、フェルの能力がもたらしたなにがしか、という程度か。
先ほどからフェルが黙っているのが気になるが、まあ今は良い。
「おら、かかってこいよ。ぶっ殺してやる」
もはや足を踏み出す程の元気はない。
だがそれでも、身体の底から力は湧き出してくる。
後一撃。
敵が射程に入ったときに決める。
直後、ワーウルフの男は俺に背を向けないまま後退を始めた。
そして更に離れたところで背を向け、ダンジョンの暗がりへと消えていく。。
「は……?」
後に残されたのは、戦う気で全力を剣に込めていた俺だけ。
だがワーウルフの男が去ったことで、フェルの能力もついに解除される。
とたんに全身に激痛が走り、俺は地面に膝をつく。
だが、倒れるわけにはいかない。
「リレ、リア……」
救わなければ。
その一心で彼女の側まで這い寄って。
それが俺の限界だった。
俺の意識は倒れ伏す彼女の隣で、闇へと飲まれるのだった。
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