第15話 ワーウルフの脅威

「速っ……!」

「ルーク!」


 リレリアの悲鳴のような声が聞こえる。

 一気に目の前まで踏み込んできた男に対して、俺はなんとか剣での防御を間に合わせる。

 

 言葉での言い合いに固執して防御の方がおろそかになっていた。

 このあたり経験不足が露呈するな……!


「おっらぁ!」


 そのまま素手の相手の腕を切り飛ばす!

 と思い振り抜こうとした剣は、硬いものとぶつかった音とともに受け止められる。


「なにっ!?」

「ふっ……!」


 予想外の事態に俺が目を見開く中、相手の人間の男は逆の腕を上から振り下ろしてくる。

 珍しく戦闘中に嫌な予感が働いた俺は、相手と押し合っていた剣を即座に離して後方に回避した。


『そうか、人狼ワーウルフだルーク!』

「なんだその種族!」


 距離を取って見れば、男の両腕が変化して人間のものではなく狼などのような鉤爪に変化していることがわかった


「リレリア!」

「っ! うん」

「行かせるかよ!」


 取り敢えず二人との距離が近いリレリアを呼ぶが、その前に反応した魔族の男がリレリアに殴りかかり戦闘に入る。

 

 そして俺の眼前には、立ちふさがるように完全に二足歩行の獣の如く変身した人間の男が立っていた。

 否、もはや人間とは言えない。

 こいつも人間に変身、あるいは擬態していたが、本体は魔族だった。


『狼の特性を持つ獣人の一種のようなものだ。だが近接戦の戦闘力は獣人の比ではないぞ』

「なるほど獣人ね! 随分毛深くなったことで!」


 先ほどのお返しにと今度はこちらから斬り掛かっていく。

 が、ワーウルフはぬるりぬるりと躱し、弾き、俺の剣をいなし続ける。

 その間相手からの反撃は一切ない。

 反撃があればそれを隙の起点として攻撃も出来たのだが、こうも逃げられては追いづらい。


「戦えやこのハゲ!」

「人間を害することは認められていない」

「そうかい……!」


 引き絞った剣を突き出しつつその言葉の意味を思考する。


『聖堂教会と同じだ。魔族もまた地上の人類との関わり方に悩んでいる。故に下手に刺激することは避けようとしているのだ』

「探索者なんか一人消えたところで誰も気づかないんだが、ありがたいことだっ!」


 フェルの説明に軽口を返しつつ更に踏み込んでいくと、相手の動きが変わった。


「そうか。一人消した程度では影響は少ないか」


 連続で斬撃を放ち踏み込んだ俺の顔面にワーウルフの鉤爪が迫る。


「くがっ!」

「ならば対応を変える。来るならば殺す」


 なんとか首を捻って回避した俺の胴体にワーウルフの蹴りが突き刺さる。

 弾き飛ばされた俺はダンジョンの壁に叩きつけられ、壁に広範囲に罅が入る。


「かっ、はっ……」


 それでも、フェルの能力によって強化されている俺の肉体は止まらない。

 肺の中の空気を空っぽにしつつも、地面に突き立てた剣を支えに立ち上がる。


「まだ立ち上がるか……」

「ふんっ、生まれて初めて、守りたいものが出来たもんでね……!」


 足が震えている。

 壁に叩きつけられた衝撃で左腕もいかれたようで、もう右手でしか剣を掴むことが出来ない。

 それでも止まりたくない。


 何故こんなに必死になっているのか、俺自身にもわからない。

 大事なのは俺自身だけで、適当に金稼いで安全に生きていければそれで満足だった。

 はずなのに。


 リレリアが来てからおかしなことばかりである。

 

 俺が自分で戦えるようになった。

 人と机を囲んで飯を食うのが楽しくなった。

 ダンジョン探索にも積極的になったし、他のパーティーに参加して安全に稼ぐ気が無くなった。

 

 リレリアを連れて行かれたくないと、敵いそうも無い相手に大怪我をしながら立ち向かおうとしている。


 それは多分、きっと。


「ルーク!」

「おらぁ! とっとと沈めやぁ!」


 自分も目の前の敵に押されながらも、俺のことを気にかけてくれている彼女の心に触れているからだ。

 彼女が俺のことを大切に思ってくれていると知っているからだ。

 俺と一緒にいたいと、そう言ってくれるからだ。


 俺はこれまで生きてきて初めて、誰かのために存在していると今思える。

 『こいつを守ってやりたい』と、そう思っている。


 だから。


「邪魔するんじゃねぇよ魔族ども!」

「むっ」


 身体のうちから溢れ出す力に意識を向けて、全力で踏み込み右手で掴んだ剣を振り下ろす。

 フェルの能力が更に発揮されつつあるのか、あるいは俺の身体がイカれてきているのか。

 力を制御しきれずに大ぶりになった一撃は、しかしワーウルフの男に防御させるだけの速度と威力を持ったものになっていた。


『これは、枷が外れてきているのか!?』


 ゾブリ、と俺の剣が敵の腕にめり込む。

 しかしそれだけだ。

 

 切断するには至らない。

 

「おいギルト! 何てこずってやがる!」


 その直後、俺の視界に青白い肌が飛び込んでくる。

 上半身の衣服が吹き飛び、筋肉に包まれた上半身がむき出しになったもう一人の魔族の男。

 

 リレリア!?

 こっちに来てるぞおいっ!


 そんな言葉を吐き出す暇すらなく、魔族の鋭く尖らせた爪が俺の眼前に迫り。

 

 そして小さな身体が、俺の目の前でそれに貫かれた。


「はっ……?」

「レグルス、何故こちらに手を出す」

「こっちの方が隙だらけだったから先に潰せると思ってよ。だがまあ、こっちを仕留めれたならそれで良いだろ」


 腕に突き刺さった小さな身体を引き抜き、地面に放り出す魔族の男。

 

「リレ、リア……?」


 俺の中で、なにかが切れた。


「殺す……!」


 身体のそこから力が湧き上がってくる。

 俺の大事な奴を傷つけた、この敵を、殺さなければ。

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