【18話】いざ温泉宿へ!


 翌週、昼時。

 

 ユウリ、リエラ、フィア、アメリアの四人は、隣町ポプラの温泉宿に来ていた。

 宿の中はかなり広く、たくさんの部屋が設けられている。

 

 そんな広い宿にいるのは、ユウリたち四人と従業員のみ。

 ユウリたち以外の客は誰もいない。つまりは貸し切り状態となっている。

 

「こちらのお部屋をお使いください」


 四人が案内されたのは、洋室の大広間だった。

 いつも宿泊している宿より、ずっと広くて豪華だ。

 

「すげぇ……」


 部屋の広さに圧倒されるユウリ。

 リエラとフィアも、だいたい似たり寄ったりの反応をしていた。

 

 しかしアメリアだけは、いつもと変わらず堂々としている。

 あまり動じない性格をしているのかもしれない。

 

 部屋の奥まで進んだアメリアが、持っていたカバンを棚に置いた。

 

「さ、荷物を置いちゃいましょう」


 アメリアの声で動き始めた他の三人。

 アメリアと同じく、部屋の奥の棚に荷物を置いた。

 

「そういえば、これからどうするんだ?」


 今回の一泊二日の小旅行だが、予定は決まっていない。

 何をするかまったく決めずに、四人はここを訪れていた。

 

「とりあえずショッピングに行きましょうか」

「よく分からないけど、楽しそうだな」

「良いですね!」

「うむ、ワクワクしてきたわい」


 アメリアの提案を、三人とも快諾。

 反対意見は少しも出なかった。

 

 女子とショッピングした経験など、これまでユウリは一度もない。

 そのためどういったことをするのかが、イマイチ想像できない。

 

 それでも、このメンバーなら何をしても楽しいのではないか、とそう思った。

 

 

 数十分後。

 四人は、ポプラの街の中心街を訪れていた。

 

 ずらっと店が立ち並ぶ中心街は、多くの人で溢れ、活気に満ちている。

 ファイロルと、だいたい似たような雰囲気だ。

 

「まずはあそこからね!」


 アメリアの視線の先にあるのは、大きな服飾店。

 建付けてある看板には『他店より安い!』と、うたい文句が書かれていた。

 

 店内へ入った四人。

 そこには衣類だけでなく、アクセサリー類なども販売されていた。

 

「お、結構安いな」


 黒色無地のワンピースを手に取るユウリ。

 ファイロルにある服飾店よりも、この店の方がいくらか安い。

 看板のうたい文句は誇張表示じゃなかったようだ。

 

(いくつか買っていこうかな)

 

 うーんと悩むユウリ。

 

 そうしていたら、フィアがちょんちょんと肩をつついてきた。

 なぜか呆れ顔だ。

 

「お主の着る服は、いつも似たようなものばかりじゃのう。つまらなくないのか?」

「別にいいだろ。ファッションにはあんまり興味ないんだ」


 ユウリが着ている服は、装飾のないワンピースばかりだった。

 好きという訳ではないが、とにかく動きやすい。

 

 ファッションに頓着がないユウリは、機能性で服を選んでいた。

 オシャレなんていうものは、まったく意識したことがない。

 

「せっかく可愛い顔をしておるのに、なんだかもったいないのう。……お! ああいうのなんてどうじゃ?」


 フィアが示したのは、子ども用のドレスが売っているスペース。

 そこにあるのは、ひらひらのレースやふりふりのフリルといった、可愛らしいデザインのものばかりだ。

 

(いや、あれはちょっと……)

 

 28歳男性であるユウリには、フィアがおすすめしてきた甘々の服を着る勇気がなかった。

 

「悪いけどあんな服は――」

「フィアさん……ナイス提案です!!」


 リエラの目がきらりんと光る。

 

 ユウリの手をとったリエラは、子ども用のドレススペースへ向かっていく。

 風を切っていくかのように、どんどん進んでいく。

 

「何するんだ!」

 

 手を引かれているユウリは抗議。

 

 しかしリエラは、聞く耳持たずだった。

 子ども用ドレススペースに着くと、近くにいた店員へものすごい圧で詰め寄った。

 

「あの! ドレスの試着は可能でしょうか!!」

「も、もちろんです」

 

 店員は苦笑いを浮かべている。

 リエラの圧に気圧されたに違いない。

 

 試着の許可を得たリエラは、一着のドレスを選んだ。

 

「それではユウリ様、こちらのドレスに着替えてきて下さい」


 リエラが手に持っているのは、ピンク色のドレスだった。

 裾にはいっぱいのフリルがついている。

 お姫様が着るような、なんとも甘くてキュートなデザインだ。

 

「いや、これを着るのは恥ずかしい――」

「ユウリ様」


 リエラの口元が弧を描く。

 しかし、目元はまったく笑っていない。

 

 怖い。ひたすらに怖い。

 

「私のお願い、聞いてくれますよね?」

「…………はい」


 有無を言わさない威圧的な雰囲気。

 それはもう、お願いというよりも脅迫だった。

 

 選択肢のないユウリは、無抵抗で従うしかなかった。

 

 

 広めの試着室に、ピンク色のドレスを持って入ったユウリ。

 カーテンを閉め、着替えていく。

 

「まったく、どうして俺がこんなことをしなきゃならないんだよ……」

 

 ぶつくさ文句を言いながらも手を動かしていき、ユウリは着替えを終えた。

 

「開けるぞ」

 

 カーテンを開ける。

 瞬間聞こえてきたのは、大きな歓声だった。

 

 リエラ、フィア、アメリア、服飾店の店員。

 彼女たちは口を揃えてこう言ったのだ。

 

 可愛い! 、と。

 

「えへへ、そうかな」


 予想以上の大好評に、ユウリは照れ笑いを浮かべる。

 

 以前は『可愛い』と褒められも、まったく嬉しくはなかった。

 けれどユウリは今、本心から喜んでいる。

 

 体だけでなく、精神までもが女の子に近づいているのかもしれない。

 

(なんてな! そんな訳あるはず――いや、ちょっと待て)

 

 最近、思い当たる節が多い。

 仕草が女の子っぽくなったと周囲から言われたり、言葉遣いが時々幼くなったりしているのだ。

 

 精神面の変化。

 それは冗談のつもりだったが、あながち間違っていないのかもしれない。


 そんなことを考えているユウリに、リエラが近づいてきた。

 手には、新たなドレスを持っている。

 

「ユウリ様、次はこれを着てください!」

「まだ着るのかよ……」

「はい! まだまだ着てもらいます! ユウリ様は、とっても可愛いですから!」

「しょ、しょがねぇなぁ」


 それからユウリは、着せ替え人形のごとく色々な服を試着していく。

 みんなはその姿を見るたび、可愛い、と言ってくれた。

 

 その反応がめちゃくちゃ気持ちいい。

 口では「しょうがない」と言いつつも、内心ノリノリでユウリは試着をしていた。

 

 精神が女の子に近づいているかもしれないという考えは、試着が楽しすぎて、すっかり頭から抜けていた。

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