【6話】冒険者パーティー結成と、刺激の強すぎるシチュエーション


 ガックリするユウリだったが、気を取り直して話題を振ることにした。


「そういえば、リエラはどうしてあの平原にいたんだ?」

「冒険者ギルドのゴブリン討伐依頼を受けて、あの平原――メロガ平原の洞穴に潜むゴブリンを狩っていたんです。ユウリ様と出会ったのは、その帰り道。言い忘れていましたけど、私、冒険者をしているんです!」

「あまり詳しくないけど、冒険者っていうのはモンスターを狩って報酬金をもらう人たちのことだよな?」


 冒険者という職業は、小説やアニメで何度か目にしたことがある。

 モンスターの種類など詳しいことは分からないが、漠然とした知識だけは頭の中に入っていた。


「はい、その通りです。と言っても、私はまだほとんど依頼をこなしたことがないんですけどね」


 冒険者になってからまだ一か月なので、とリエラは続けた。


「なるほどな。どうりで赤色のモンスターに及び腰になっていたわけだ」

「……それはどうでしょうか」


 上を向いたリエラが、困ったような顔になる。


「私のような駆け出しでなくとも、オーガを前にすればほとんどの冒険者がああなると思いますよ」

「え、もしかしてオーガって、わりと強いモンスターなのか?」


 腹部へ繰り出した一撃だけで、オーガは絶命した。

 たったの一撃で死ぬようなモンスターが強力な力を持っているとは、到底思えない。

 

 しかしリエラは、真面目な顔で「はい」と肯定した。

 

「オーガはかなり危険なモンスターですよ。Bランク冒険者でも、命を落とすことがあります」

「……ランクってなんだ?」


 知らない単語が飛び出してきた。

 クエスチョンマークがユウリの頭に浮かぶ。


「冒険者にはその実力や功績によって、ランクが与えられているんです。私のような駆け出しは一番下のFランク、一番上がSSランクとなっています」

「Bっていったら、けっこう上の方じゃないか! マジかよ……オーガってそんなに強いモンスターだったのか」

「ですから、ユウリ様が一撃で葬ってしまった時は本当に驚きました。ものすごい実力をお持ちなのですね!」

「あんまり実感ないけどな」


 肩をすくめ、ユウリは苦笑する。

 

「そうだリエラ。冒険者って俺でもなれるのか?」


 潜伏先として魅力的なファイロルの街。

 ここであれば、追手に遭遇することなく平和に暮らしていける可能性が高い。

 

 しかし、生活していくには金が必要となるだろう。

 その金を得るには、何らかの仕事をしなければならない。

 

 細かいルールに囚われることなく、比較的自由に生きることができる冒険者。

 これまで社会の歯車として生きてきたユウリからしてみれば、まったく別の生き物だ。

 だからこそ、そんな自由な生き方が新鮮で面白そうだと思った。

 

「問題ありません。年齢性別身分、その他もろもろいっさい不問です。必要なのは登録名くらいですね。ちなみにこれは、本名でなくても構いませんよ」

「良かった」


 心の底からホッとする。

 

 身分を証明するものが必要、とか言われたら、どうしようかと思った。

 登録条件ゆるゆるな冒険者ギルドに感謝だ。

 

「あ、あの……ユウリ様」


 互いの指をちょんちょんと突き合わせ、急にモジモジし始めるリエラ。

 上目遣いでユウリを見る。

 

「もし良かったら、私とパーティーを組んでくださいませんか。私、非力で役立たずですけど、ユウリ様のために身も心も捧げ――」

「あぁ、いいぞ」

 

 迷うことなくユウリは答える。

 

 こんな美少女とパーティーを組めるなんて最高だ。

 毎日が楽しくなること間違いないだろう。

 

 何を迷うことがあるのだろうか。


「よろしいのですか!?」

「もちろんだ。これからよろしくな、リエラ」

「ありがとうございます!!」


 席を立ち、ずいっと身を乗り出したリエラ。

 ユウリの両手をギュッと握る。

 

 リエラの瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 

(俺とパーティーを組めたことが、そんなに嬉しかったのか)


 まさか泣かれるとは思わなかった。

 少し恥ずかしもあるが、そんなにも感動してくれたのが嬉しくもある。

 

 

 食事を終えた二人は、冒険者ギルドに向かった。

 

 ユウリは冒険者の新規登録。

 リエラはゴブリン討伐依頼の完了報告。

 

 それぞれ用事がある。

 

 ギルドの中に入ると、武器を携えているガラの悪い男たちがいっせいにユウリを見た。

 彼らはリエラと同じく、冒険者をしているのだろう。

 

「おい、まだガキじゃねぇか……。どうしてこんなところに来たんだよ」

「かわいそうに……。きっと特別な事情があるんだ」


 冒険者たちから寄せられたのは、心配と同情の声だった。

 人相の悪さからは予想できない優しさを、彼らは持っているようだ。


 人は見かけによらないという言葉を、ユウリはあらためて実感した。

 

「では私、完了報告をしてきますね」

「おう。俺は新規登録してくる」

「報告が済んだら、すぐそちらに向かいます」


 それぞれの用事を済ませるため、ユウリとリエラはいったん別行動をとる。

 

 新規登録カウンターに向かったユウリは、受付嬢に声をかける。

 

「新規登録したいんだけど、いいかな」

「はい。では、こちらの用紙に登録名をご記載ください」


(登録名は、本名じゃなくても良いんだよな。うーん……)


 少し悩んだが、しっくりくる名前が出てこない。

 結局は、慣れ親しんだ『ユウリ』と言う名前を記載した。

 

「登録名は『ユウリ』でお間違えないでしょうか?」

「あぁ、問題ない」

「こちらがギルドカードになります。依頼を受注する際に必要となりますので、無くさないようご注意ください」


 手のひら半分くらいの大きさをした白色のカードを受け取る。

 

 カードに記載されていたのは、登録名と冒険者ランク。

 ユウリのランクは、もちろん一番下であるFだ。


「こちらで登録は完了しました。ユウリ様の活躍を期待しております」

「ありがとう」

「ユウリ様!」


 ちょうど登録が終わったタイミングで、リエラが駆け寄ってきた。

 

「お待たせしました」

「ナイスタイミングだな。ちょうど俺も今、登録が終わったところだ」


 それぞれの用事を終えた二人は、冒険者ギルドを出る。

 

「私は宿に戻りますけど、ユウリ様はどうされますか?」

「……あ、どうしよう」


 脇目も振らずにモルデーロ王国を出てきたユウリは、一文無しだった。

 金が無い以上、宿を借りることはできないだろう。

 

(金が入るまでは野宿するしかないか……)


 ガックリと肩を落とす。


「もしかしてユウリ様、泊まる宿が決まっていないのですか?」

「……宿が決まっていない以前に、宿屋に払う金が無いんだ。色々あって、今の俺は一文無しだからな」

「それでしたら、私の宿に行きましょう。ユウリ様のお代は、私が払いますから!」

「いいのか!」


 なんて慈悲深いのだろうか。

 輝かしい笑顔でそう言ってくれたリエラは、救いの女神に他ならない。

 

 ありがたい言葉に、ユウリは甘えることにした。。

 

 

 リエラが宿泊しているのは、小さな宿屋だった。

 かなり年季が入っている。

 

 出入り口になっている木製のスイングドアを抜けて、宿屋の中に入った二人。

 フロントにいる老婆に、ユウリは声をかける。

 

「部屋を借りさせてくれ」

「悪いけど、今は満室だよ。他を当たってくんな」


(……マジかよ)


 いきなり出鼻をくじかれた。

 予想外の事態に、ユウリの頭は真っ白になる。

 

 その一方で、リエラはまったく動じていなかった。

 

「いえ、部屋を新たに借りに来たのではありません。私の部屋に、一人追加したいのです」

「なんだ、そういうことかい。それなら、もう一人分の料金を追加で払っておくれ」

「承知しました」


(…………え?)


 あれよあれよと進んでいく二人のやり取りを、ユウリは愕然としながら眺めていた。

 

 私の部屋に一人追加したい、というリエラの注文。

 それはつまり、リエラとユウリが同室になるということだ。

 

(いやいやいや、それはマズいだろ!!)


 美少女と一つの部屋で寝泊まり。

 男なら夢見るシチュエーションだが、女性経験の乏しいユウリにはあまりにも刺激が強すぎる。

 いくらなんでも、段階を飛ばし過ぎだ。

 

 慌ててリエラを制止しようとする。

 

「な、ななななに言ってんだよリエラ! 話が違うぞ!」

「話が違うとは? 私は最初からそのつもりで、ユウリ様をお誘いしたのですよ」

「そうなの!?」

「お支払いは終わりました。行きますよ、ユウリ様」


 固まっているユウリの手をグイっと引っ張り、奥へと進んでいくリエラ。

 先ほどとまったく同じ輝かしい笑顔が、その表情には浮かんでいた。

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