死刑囚

谷 亜里砂

第1話

 しわだらけの顔に、頭には毛の一本もない老人がいた。その数歩後ろには、左頭蓋が目の上まで凹んで、首やワンピースを血で染めている女が並んでいる。さらに女の後ろには、左足が腿の付け根から砕けた、十歳くらいの少女が、ぎこちなく歩いている。


 そんな人たちばかりの一本の行列は、白妙の背景の中を、目が届くよりもずっと向こうから、点を綱にして進んでいた。足の長い者はゆっくりと、足の短い者は早足で、足の無い者は体の残った部分をうまく使って、人の綱の先へ先へと詰めていく。


 人々が行き着く先には、炭色をした何かが立ちはだかっていた。人型であるところ以外は生き物らしくなく、紙のように薄くて、それでいて、ちっとも炭色が向こう側に透けていない。おまけにのっぺらぼうで、腕を右、左と振りながら、両脇の階段へと人々を振り分けていた。


 のっぺらぼうの右の階段も、左の階段も、同じく地下へ続いていた。人型はもっぱら右の下り階段を指し続けていたが、人々は質問も抗議もなく、足音も咳ひとつもない無音の空間から、階段の下へと、溶けるように消えていくのだった。


 そこへ、胸のあたりから下腹部までを裂かれた、裸の人間がやってきた。大人というにはまだ幼い、見た目には十五、六の子どもだった。ぱっくりと開いた腹の中からは、臓物がすっかりなくなっている。


 血の気なく、青いともとれる、表情なくたるんだ顔、その眼窩は窪んで、赤い液体が二筋、頬に伝い、垂れていた。


 人型の炭はその小ぶりな人間に、珍しく左の下り階段を指した。


 百鬼夜行を演じているような人ばかりの階段上とはうってかわって、左の下り階段の下には、花畑が広がっていた。青やオレンジ、赤や黄色の、賑やかな色合いは地を埋め尽くして、嗅覚が喜ぶような匂いをさせていた。


 そこには二人の美しい女がいて、楽しく笑いながら、花の冠なんかを作って遊んでいるところだった。


「おや、珍しい、子どもが来たわよ」


「おいで、おいで」


 女たちは階段を下りてくる新人に走りよって、出迎えた。姿の奇妙さは問題にならないようだった。それどころか、ふっくらした白い手が新人の左手を、指の細い手が右手をそれぞれとって、花畑の奥へと誘うのだった。


 女たちは、柔らかい朝日のような声で、ひだまりを思わせる旋律の歌を歌い、笑っていた。目玉の無い子どもはその祝福のしらべを聞いているに違いなかったが、相変わらず頬を赤く濡らしたまま、手を引かれ導かれ、進んでいった。


 やがて、流れが速いが浅い清潔な川に辿り着いた。女たちはその新人に、水を飲むよう勧めた。新人は言われた通りに膝をついて、両手を川の水に浸した。


 掬って水を飲んでみると、乾いてひび割れた唇は潤って、どことなく青かった顔は生気を取り戻し、腹の傷までが塞がり始め、目玉が生まれてきて、瞼を内側から押した。


 女たちも川の流れに手を濡らして、子どもの頬の、赤いものを綺麗に拭ってやった。


「ねえ、ねえ。あれが見える?」


 生者の恰好になっても裸体のままの人間に、女の一人が川の向こうを指さした。その方向を見ると、そびえたつ緑色の山脈があった。もう一人の女が、返事を待たずに言った。


「見えるのね。あれは、あなたがこれから登る山」


「でもその前に、隅から隅まで、思い出すもの全部、教えてちょうだい。」


 それで、その人間は口火を切ったのだった。

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