まったり日常ミライシリーズその1【三人のお泊まり会編】
三宅蒼色
【三人のお泊まり会編】
18:01
閑谷邸前
閑谷紫苑と神目楓、そして八束桧が紫苑の自宅に着いたのは18時を回った頃だった。
金曜日の閑静な住宅街は深いオレンジ色に染まり、点在するLED街灯がポツポツと反応を始めている。
ビビるほどでかいモデル体型二人に挟まれ、紫苑はニコニコ顔で言った。
【紫苑】
「到着!」
いつもの彼女からは想像もつかないテンションに見えた。
それもそのはず、今日は以前から予定していた『お泊まり会』。
基本真面目で、かつ厳しい親(主に父)を持つ彼女にとっては、なんて事はない友達とのお泊まり会も大冒険と言えた。
到着を待っていたかのように玄関のドアが開くと、やたらガタイのいい中年男性と、女神みたく麗しい女性が現れた。紫苑の両親である。
楓と桧は既に何度も面識があるが、やはりこの夫婦のギャップは見る度に不思議な感情を抱かせる。
紫苑と母親は瓜二つとまではいかないものの、外見も雰囲気もそっくりである。おっとりした部分も、小柄なくせにやたら女を主張する胸や腰周りなど男を駄目にする箇所の主張がエグい。ていうか可愛い。年齢がまったく想像できない……この母親にしてこの娘。が――
父親の遺伝子はどこに受け継がれたのか。楓も桧も、口にこそしなかったがずっとそれが気になっていた。
ゴリラ……もとい、紫苑の父親は深々と頭を下げて娘の事を頼みましたとねんごろに挨拶した。
【紫苑パパ】
「まかり間違ってもどこぞのクソガキが迷い込まぬよう」
待機していたハイヤーへと歩む途中、紫苑の父は娘に聞こえぬよう楓と桧に小声で囁いた。
どこぞのクソガキとはつまりは"あいつ"である。紫苑パパはあいつが嫌いである。
紫苑ママは"どこぞのクソガキ"をとても可愛がる。まるで自分の息子の様に。そこもパパのむかつくポイントで……
――そういうのはいつか別の物語で――
(因みに……しっかりそのやり取りに気付いていた紫苑ママにハイヤーの中でガン詰められて涙目になったゴリラでもあった)
一人で留守番させるよりは、自分たちもよく知る友達と一緒にいてくれた方がいい。
この年代の女の子に対して過保護すぎる面も否めないが、そこは親心というものだろう。
三人は学校帰り、スーパーで買い物をしてきた。夕食の分と、飲み物。そしてお菓子や甘い物山盛り。
パーティナイトの予感に、紫苑を微笑ましく見守るデカい二人もまた楽しげだった。
【紫苑】
「小学校の頃は毎年、お誕生日会してたんだよ。その日はそのままお泊まり会」
【楓】
「ああいうのってなんで中学になると途端にやらなくなるんだろうねー」
【桧】
「女はそのあたりから大人の階段登り始めますから」
制服姿のシンデレラ三人はそれぞれ、なんとなくわかるような、わかんねえような事を言いながら閑谷邸に入った。
住宅街の中でもひときわ立地の良いエリアは、閑静というに相応しい静寂を保っていた。
・・・
・・
・
18:48
閑谷邸・キッチン
神目楓は思った。なぜ、自分には料理の腕が無いのだろうと。
そういうキャラだし~? ってギャルっぽく振る舞う事もできたが、目の前の紫苑と桧による和気藹々としたおしゃべりクッキングに寸分も立ち入る隙が無いのが寂しかった。
桧……八束のヒノキーは未来からやってきた、なんでもできるように設計されたアンドロイドだから、そりゃ料理なんてお手の物でしょう。問題は紫苑。
くっそ可愛い、ビビるほど性格イイ、おっぱいまで大きい……なのに料理も出来る!料理上手! いやいや、じゃあ不得意な事はなんなのよ? と楓は思う。
けっこうドジなところ? 可愛さを乗算するだけじゃない!
以前から料理の腕があるのは知っていたけれど、ホームで全力を見せつけられたらマジでやばかった。
もう随分と長い付き合いになるけれど、改めて完璧超人(パーフェクトガール)っぷりを見せつけられた。
【楓】
「(とはいえ私は、自分にしかできないことをやるだけよ。ハナからステージの違う紫苑は私にとって憧れであり理想の存在――)」
彼女が託されたのは炊飯。任された以上はやり遂げてみせると決意。
妖怪・小豆洗のごとく米をとぎ、水量をバッチリキメて炊飯開始ボタンをワンプッシュ――キラキラ星のサウンド・オブ・ミュージックは神目楓の心に染み入った。
・・・
・・
・
18:53
閑谷邸・キッチン
八束桧は横目で閑谷紫苑を見た。
自分と同じように学園の制服にエプロンを着用している。つまり、同じ格好をしているわけだ。
なのになんだろう……この、圧倒的な"萌え萌えオーラ"は! 目映ささえ感じる。
目が合うとにっこり笑ってくる。身長差から彼女から見上げられる事になるのだが、その上目遣いはクールビューティの能面すらも破壊してしまう。
【桧】
「(抱きしめたい……ギュッと抱きしめてそのままお持ち帰りしたい)」
どこに持ち帰るのか自分でもよくわかっていないが、とにかく桧の心にはそんな感情が芽生えてしまう。
人間関係だけでなく、あらゆる事に淡泊な自分がなぜそう思うのか。
実は私は、女だと思っていたけど芯は男で……いやいや!
しかし"姉"の男前さを考えたら私にもそういう部分はどこかしら……?
この感情は本当になんなのだろう。不思議だ。
月に一度、どうしてか引き寄せられるように猫カフェを訊ねてしまい、もふもふに身を委ねるあの幸福感と同じ。
こんな子を袖に出来る"あの男"はどうかしていると思う。照れているだけなのだとは思う。それはよくわかる。
なぜならば――閑谷さんの透明感、すべてを見通すような綺麗でおおきな瞳……感情の振れ幅が少ない、かつ同性の私でさえここまで狼狽えてしまうのだから。
もはや魔性――
男の劣情がこういったものだとすれば、成る程と納得してしまう。
【桧】
「(……エレクチオン)」
桧の脳裏に、なぜかそんなフレーズが浮かんだ。
意味はわからない。
たぶん。
・・・
・・
・
23:02
閑谷邸・リビングルーム
楽しい夕食の時間。その後のまったりダラダラ。お風呂に入ったあとは、お菓子パーティ。
時間はあっという間に過ぎて、そろそろ就寝の時間――
【紫苑】
「ヤだ! 三人一緒に寝たい!」
ジタバタ! ジタバタ!
ピンクのシンプルなパジャマ姿の紫苑。
それはまるで、小さな娘が、パパとママにワガママを言ってすがりつく図だった。
【楓】
「ヤダって……紫苑のベッドじゃさすがに三人は無理でしょー」
黒か紺か、深く濃いめのスポーツジャージを部屋着兼寝間着としている楓。(脚が長すぎて可愛いのが見つからない)
野暮どころか、何を着てもファッションモデルが"着こなしている"ように見えるのは、その類い希な肉体比率に他ならない。
バスト・ウエスト・ヒップが1:0.7:1の黄金比を文字通り完璧に体現したボディバランス――もっとも、本人はそんなこと知りもしないし興味も無いが。
その楓。紫苑の駄々を、ソファに座って目線を合わせながら聞いていた。
彼女の特徴的なポニーテールはお風呂上がりから解いていて、長いストレートの赤毛が艶を放っている。『髪を下ろした姿は異性には見せない』という謎のこだわり。
【桧】
「私たちはお母様が用意してくださった部屋がありますから」
キャミソールかタンクトップといった極端に軽いトップスに、同じ色のゆるめの短パン。ルームウェアをそのまま寝具とするのは楓と同じだが、三人の中でいちばん肌の露出が多くかつ男前な桧が言った。
シンプルながらコストのかかってそうな閑谷邸の和室を客間として、紫苑の母が夜具を用意してくれていた。
楓と同じような体躯である桧は、実は本当に、限りなく全ての数字が楓と近い。身長もそう、胸や腰周りのサイズもそう。
体重だけ差があるのだが、それは筋肉量の差といえる。
楓も桧も、その恵まれた肉体を保って"インハイ"あたり目指せばいかなるスポーツにおいても全国トップティアに躍り出る才能を持ち合わせていた。
……が、見出されないからこそ隠れた才能であり、二人ともイマイチそのあたりに興味がない残念な性分だった。
それが世の中ってもの……なのかもしれない。
【紫苑】
「かっこいい二人に挟まれて寝たいの……だめぇ?」
大きな二人を、小さな子がうるうる瞳で見上げる。
ゴクリ。とは聞こえなかったが、二人は明らかに妙な気分になった。
『かっこいい』。女性を褒める言葉ではないかもしれない。でも、二人にとってそのフレーズは意味合いが違って。
あと数年もすれば世の中の男が紫苑のためになんでもかなえてあげようとするだろう。そういうレベルにいる子だ。そんな子の言う"かっこいい"は、彼女にとっての憧れという意味だった。
付き合いを重ねていく中で、楓も桧も、込められた本当の意味を理解した。だからこそキュンキュン来てしまう。
こんな美少女に憧れを抱かれ求められる――そりゃ男ならなんでもしちゃうだろう。紫苑が悪い子なら、なんでもできちゃうかもしれない。やはり魔性……その片鱗をモロに喰らって、乙女心の奥にある母性本能を鷲づかみにされた
【楓】
「だめじゃないけど、床に寝るわけにもいかないでしょ。お布団あるのかなー」
【桧】
「神目さん、私たちの部屋のお布団をくっつければ三人いけますよ」
【楓】
「あー、そっか! ん? 私とヒノキーの間に……紫苑が狭くならないかな(汗)」
【紫苑】
「私は大丈夫!!! 狭かったら、神目ちゃんか八束さんに抱きついちゃうから平気~♥ えへへ、三人仲良しでぬくぬく寝ようね~」
【楓】
「……」
【桧】
「……」
こういうことをサラッと言える美少女は心底怖い。
できれば算盤尽く(そろばんずく)であってほしい。
だって……ピュアな発言だったら、フクザツな恋が始まっちゃう――そう思う二人だった。
・・・
・・
・
0:38
閑谷邸・和室
【紫苑】
「(あぁ~♥ 神目ちゃんと八束さんに挟まれてる~♥)」
和室に敷かれた寝具の中央で、閑谷紫苑は一人、ウッキウキで腰をくねらせていた。
ほのかなオレンジを帯びた常夜灯は三人の顔を薄く照らす。夜目に馴れればクッキリと表情までわかった。
紫苑は基本的に人に甘えたがる。誰にでも、というわけではなく、心を許した人に対して。
普段は真面目っ子の域を出ない様子なだけに、そのギャップはとても大きい。
(柵原)棗お姉ちゃんは最近、いい歳なんだから甘えてちゃ駄目だぞって言う。
言いながら、幼い頃からとても可愛がってきた紫苑を徹底的に甘やかす。
背の高い女性に対する紫苑の憧れ、というのは棗から来ているのかもしれない。
【楓】
「どしたの。寝られない?」
三人の真ん中で頬に手を当て幸せ悶絶している紫苑を楓が案じてきた。
【紫苑】
「ううん。違うの」
言いながら、楓の方、桧の方、それぞれを見る紫苑。
【桧】
「どうしました?」
その様子に対して訊ねる桧は、身をよじって紫苑の方を見ていた。
梅雨時期のジメジメした夜だが、エアコンも効いており、軽くタオルケットをかけたのみ。短パンからすらりと伸びた細く長い美脚を、紫苑はうっとり見つめている。
【紫苑】
「八束さんってほんと綺麗……」
【桧】
「い……いきなりどうしました」
えへへと照れる様に今度は楓の方を向く紫苑。
同じように半身をよじって様子を伺う楓。長い髪が垂れ下がり、輪郭を消すことで普段では見られない色気があった。
【紫苑】
「神目ちゃんてほんと美人……」
【楓】
「ちょ、なによ、いきなり……」
【紫苑】
「(ふたりとも、かっこいい、かっこいい、かっこいい~♥)」
ひとしきり興奮すると、取り澄ますようにタオルケットをかぶる。口元まで隠して、その大きな瞳だけが本音を語る。
【紫苑】
「こうやって一緒に寝ているとね……同じ目線でいられるでしょ?」
【楓】
「んー? 目線?」
【桧】
「枕の位置が揃うので、身長差がなくなるということですね」
【紫苑】
「そうそう! おなじ視線でいられるの」
【楓】
「あー、なるほどねー」
【紫苑】
「それがね……なんだか嬉しくって、幸せなの♥ 変なコト言ってるのわかってるよ! ごめんね!」
【楓】
「謝るよーなことじゃないでしょー」
【桧】
「ええ。それに、変な事でもないですよ? 閑谷さんのものの考え方が知れて私は嬉しいです」
【楓】
「そうねえ。紫苑のそういうとこ、私も好きよ♪」
【桧】
「ええ、私もです」
楓を見て、桧を見て、
【紫苑】
「私も好き~♥」
言ってから、更にタオルケットを深く被って、顔を隠す紫苑。
いたずらを見つかった子供みたいな仕草が、二人の母性本能にグッサグサ刺さる……
【紫苑】
「(はぁん……神目ちゃんになりたいよぅ……八束さんになりたいよぅ……)」
そんなことはつゆ知らず、紫苑は憧れの存在の間で再び幸せタイムを噛み締めていた。
……楓と桧が"目覚めて"しまうお話は、また違う世界で。
まったり日常ミライシリーズその1【三人のお泊まり会編】 三宅蒼色 @miyakeaoiro
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