欠かせない
とある民家の一室で、布団に寝る中年男性を挟んで、正座をして向かい合う同じ年頃の男女がいる。
「いかがですか? 状態は」
「先ほど熱を測ったら、まだ八度七分ありました」
「ああ……。では、見送るしかないですね。もう明日ですから」
「しかし本人は絶対に行くって」
「もちろんこちらとしても彼には参加していただきたいですよ、奥さん。彼はうちの町内の夏祭りの盆踊りにおけるエース。その踊るサマときたら、まるで子どもが初めておもちゃを手にしたような、はしゃぎっぷり。一部にはドン引きされますが、彼に触発されて持ち得る最大のエネルギーで踊る人は毎回数知れず、彼がいるのといないのとでは盛り上がりがまったく違ってきますからね」
「でしたら……」
「とはいえ、彼もいい歳でしょう。無理がたたって、後遺症が残るようなことにでもなってしまったら……。盆踊りより優先すべきものがあるはずです」
「それでも、私は夫から盆踊りを取りあげることはできません。我が町内の盆踊りに夫が欠かせない以上に、夫にとって盆踊りは欠くことができないものなのです。夫から盆踊りを除いたら、何も残らない。それは人間としては完全なゼロ。もはや、ただの肉のかたまりと化してしまうのです」
すると、寝ていた男性が目を開け、つぶやいた。
「それ、言い過ぎ」
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