第14話「覚えてないのは葉緩の気持ち?」


ドキドキと、ふわふわと、もやもや。


色んなものが混じりあい、かき乱された葉緩の目尻に涙がにじんだ。


喉が焼けるように熱くて、口の中がねとっと濡れている。


こんなのは知りたくもないと、葉緩は力が抜け切る前に全力で葵斗の肩を突き飛ばした。


たいして地に足が根付いていない葵斗は葉緩から唇を離して、一歩引きさがる。





「葉緩?」


「いやです!」


これは求めていることと違う。


葉緩の人生、主と姫の幸せを願うだけ。


いまだに出会えぬ番のために、この身は固く守らなくてはならない。


理由はわからないが、忍びには番(つがい)という概念があり、匂いですぐにわかるそうだ。


葉緩にだっていずれわかるだろうが、少なくとも葵斗から匂いはしない。




「こ、こういうのは好きな方としかしたくありません! 私は一生を添い遂げる方としか……」


「なら大丈夫。俺は葉緩と添い遂げる気持ちあるから」



その言葉に煙が出そうな勢いで身体が熱く燃え上がる。


真っ直ぐな葵斗の瞳に酔いそうだ。


先ほどまで重なっていた唇に視線がいってしまう。

その色っぽい姿は葉緩にとって危険だ。


艶やかさに心臓がはちきれそうだった。



「なんで? だってクラスメイトなだけじゃないですか」



「違うよ。 俺はずっと葉緩のことが好きだったから」


「好きって……わ、わかりません!」


突っぱねてしまう葉緩。


それに対し、葵斗は悲しそうに葉緩を見つめる。




「わからないの?」


「え……?」


「覚えてないのは葉緩の気持ち? それとも……」





――ざわっ。


開かれた玄関から風が入り込んできて、葉緩の黒髪を乱す。


風にのってきた香りはかぎとれても、やはり至近距離の葵斗からは何も匂ってこなかった。


だけどこのまなざしは見たことがあるような。


海のような瞳に映る自分の姿がうれしいと何度も想ったはずだが、霞むの光景にいる人は葵斗ではない。


(私はなにを見ている……?)


そこで葉緩の思考がガラスを割るように粉々になる。




「あっ……」


パキッと割れて、葉緩に姿さえ見せようとしない遠くの景色。


視界がチカチカして、意識が遠のく。


(なんなの? 私は忍びとして……)


そこで葉緩の限界がきて、葵斗の腕の中でボーっと天井を眺める。


「……葉緩? 葉緩!」


もう何も考えられないと、ただまどろみの中にいる。


急な葉緩の変化に葵斗が焦っていると、スルスルと一匹の白蛇が近づいてくる。


白煙とともに姿を変え、金色の瞳で葵斗をとらえた。



「そこまで」


現れたのは白夜であった。


「お前は……?」


「そうだな、葉緩の使い魔といったところだろうか」


「俺と葉緩のことに干渉しないでほしいんだけど」


威嚇(いかく)する葵斗に口角をあげ、白夜は妖艶に舌なめずりをした。


「葉緩には刺激が強すぎる。もう少し手加減してもらいたくてね」


「だって全然振り向いてくれないから。なんでわからないのかな」


「鈍いのが葉緩だ。それでも好きなのだろう?」


白夜の問いに葵斗はふわっと微笑む。愛おしそうに葉緩を抱きしめていた。


「うん。葉緩が好きだ。だから俺は諦めないよ」


フッと白夜は満悦し、葵斗の腕に包まれる葉緩を引き寄せる。


白夜が長い爪で葉緩の頬を突くとむずがゆそうに唸っていた。


「ま、頑張れ。だが苦労するぞ?」


「それはどういう……」


「また会おう、葵斗」


煙幕が広がる。


それが晴れたころ、葵斗の前から二人はいなくなっていた。


外に出て、白夜が空をかけるなか、葉緩は目を開いて金色の瞳が揺れていることに気づく。


「びゃくやぁ……」


「寝てろ。気持ちが整わなければただ性急なだけだろうから」


何の話だろう。


だがそれを考えたい気持ちもなく、白夜の腕の中は心地よいと擦り寄って眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る