晩酌
動物と一匹だけ心を通わせられるなら何がいいか。これは昨日同居人とたわいも無い話で酒を飲んでいた時の、議題であった。
私たちはこういった「もしもの話」が大好きだが、互いの神経質な性分ゆえに、まずは場面やルールを決めるのが常であった。私から始める。
「心を通わせる、ってのは、動物側が共通言語を喋れるということか?それとも互いに念力で?」
「うむ、ここは動物らに日本語を喋ってもらうとしよう。次に、そうだな……動物、ってのは、動物園にいるようなのか?それとも生物学者による定義か……鳥や魚もいいのか?」
「ううん…一旦は虫と魚以外の生き物にしよう。際どいものは、その都度審議を行う。そうしておこう。あとは……動物たちとの関係性については、どうする?秘書や補佐的な感じで常に側に置く・使役関係にあることが前提なのか、友人のように対等か、または動物園や自然でその動物と出会った時にのみ能力が発揮されるか。これは重要な問題だ」
彼は、これは悩む問題だ、と言って追加のウイスキーを取りに行った。私も水と言いかけて、彼が既に出てしまったのを寂しく見た。仕方なく後に続く。一歩部屋から出るも戻ってきた彼とぶつかりそうになった。
「おっ、君のも持ってきたよ、このままロックでいいだろう?」
「気が利くじゃあないか……さすがだな、ありがとう」
「じゃあ、話の続きを……僕は対等な関係が楽しいと思ったが、使役関係にある方が想像しやすいな。ペットでも、なんでも。人間が街を作ってしまった以上、なかなかこの大都会で対等に共存するのは難しいだろう」
「もっともだな。それに……相手が喋れるとて、良い性格だとは限らない。ゴシップばかりの下品な奴かもしれないし、私の母親のように小言が多い可能性だってある」
「はは、君のお母さんに関しては、愛されてる証拠だと思うが……まあいい。よし、では、何の動物にするか、考えるとしよう」
「私は決まっている。カラスだな」
彼が急に両眉を上げ、目を丸くしてこちらを見た。
「意外だな、ミズダコか、ハムスターだと思っていたが」
「どちらも考えたさ。しかし、ミズダコはしゃべる際に相手が水中にいなければいけない、という制限があるだろう。話せても、何かを一緒に見たりはできない。それに体温が低くてハイタッチすら出来なそうだ。もう少し近くに居られる生き物がいいな」
「ハムスターはどうなんだ?コロッケと白餅(私の部屋で飼う二匹のハムスター)とは喋らないのか?」
少し悩む。考えなかったこともないが、彼らはもうペット、愛玩動物として私の心に君臨してしまい、喋らないから可愛らしいという面もあるからだ。しかしここで正直に述べるのは、なんだか体裁の悪い気がした。
「奴らは、忙しないだろうから……やめておく」
「そうか。それならば……なぜカラスを?」
「私の知らない世界の見方をしているものがいいと思った。彼らは空の広さを知っているだろう。目も頭もそれなりに良いと聞いたことがあるし。家にいても邪魔にならないしな」
「確かにな。しかし、奴らは野蛮そうじゃあないか?人間を下に見ているかもしれない」
「まあ、自己愛なんてどの動物も持っているさ。基本的には数を減らしたのは私たちだろうし、私らに恨みもあるだろう。しかし、あまりに家畜化されすぎていても話が合わなそうだ、と思ったまでだな」
彼は椅子に座り直し、そうだな、とだけ言った。
「よし、それでは君の選ぶ動物も聞こう」
「……本当は、燕だったんだが……被るのも話し甲斐が無い、変えようと思う、少し待っててくれ」
彼は二度、ぐるりと部屋を見回して、その後、お、と声を出して目を見開いた。
「ネズミだな、ネズミ。奴らはどこにでもいるし、なにより数が多い。いろんなゴシップ、や知識を持っているに違いない。これは話し甲斐があるんじゃあないか?」
「そうだあ……彼らにシャワーに入るよう説得できそうならいいが……」
「そこは、家には入れさせないさ。居酒屋の裏なんかでこっそり会って、少し話をしたら変える。ちょっと一杯やったっていい、話は尽きないだろう」
「着いてきて、友人のよしみだ、床下に住ませてくれなんて言い出しそうだ。覚悟はできてるか?」
「おいおい、使役、我々が上の設定は無しか?」
「いや、ネズミであればそこを覆しそうだなと思って……」
彼は指で狐の形を作って、喋らせてみせた。
「やい、俺らは、そんな下卑た真似などしないぞ!共に数の多い生き物だ、仲良く、良い社会を築こうじゃあないか!」
「はは、きっと目の前まで来て喋ろうものなら愛らしさにやられてしまうな。いやあ、ネズミの方が面白そうだ」
彼の指がパッと広がり、もう片方の手と親指だけがくっついて、たちまち鳥がやってきた。
「おや、ネズミなんかと喋りたいのか?お仲間か、随分と気の小さい生き物のようだな。俺のように空を駆け回る翼に憧れないのか?」
「はは。いや、気が浮ついたわけではない。君と喋る方を強く望んでいるさ。私のスマホでも持って、空を撮ってきてくれるかい?」
「報酬があるならやらんこともないが、無償なら君らが発明した、ドローンとやらに頼むんだな」
彼の手は親指を彼自身に向けて、翼をはためかせるように動かされ、彼はそれを見て「なに?うん、そうか」とまるで話しているように一人で喋った。カラスを戻そうと私も口を開く。
「おいおい、私と話していたんだ。君はネズミとでも喋っていればいいんだ」
「ははは。……いや、やめよう。まるで僕らは不倫について話しているみたいだ」
本当だ、下品だったな、まったくどこからこんな話になったんだ、と笑い合って、どちらともなく空いたグラスやつまみの乗っていた皿をキッチンへ戻しに行った。
「この話は……もう一度じっくり考えよう。互いの知識欲がいやらしい形で露見したな……ふは、結局欲や望みにまつわる話をするときは、こうなってしまうのかもしれないな」
互いに笑い合って、彼に「浮ついたっていいが、面倒ごとはこの家に持ち込むなよ、僕に見せないでくれ、疲れるからな」と余計な忠告を食らってまた笑った。そんなことはしないさ、と言いたかったが、この流れではあまり信じてもらえないだろう。今度はしっかり誠実に考えてみるか、と思いながら眠りについた。
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