LosHearts -ロズハーツ-

鈴木巴也

第‬‪ ✕ ‬‪✕‬0話「『 “ これ ” を読む君へ』」

~ ‪‪‪‪✕ ‬歴 ✕ ‬‪✕‬24年 ‪‪✕‬‪ ✕‬ 月28日~



「――ここは……?」


 今しがた居たはずの場所から一変。空は青く果てしなく、草原くさはらの先は地平線。見渡す限り影は無く、音のひとつすら聞こえない。寸刻の呆然――刹那、後方より凪いでいたはずの風が吹き抜け、緑の絨毯じゅうたんを優しく揺らした。その時、背後から何者かに語りかけられる。


「ようこそ、新しい “ たみ ” さん」


「――?!」


 咄嗟に声の方へ振り返ると、一人の少女が立っていた。先刻見回しても誰もいなかったはずのこの場所に、風に運ばれてきたかの如く現れた彼女。長い白髪はくはつを煌めかせ、左手には一冊の書物。緑のローブの奥で光る翠色の瞳は、我が子を見守る母親のように優しくこちらを見つめている。


「まさか君が “ これ ” を見つけてくれるとはね」


「ここは一体……?」


 疑問を投げかけると、少女はこちらの手元を指差す。


「 “ それ ” を開いたんだろう?」


 突然の出来事に意識から抜け落ちていたが、確かに自分の手には彼女の持っているものと瓜二つの書物があった。


「――そうだ……! さっきこれを開いて、そしたらいつの間にかここに……結局これは何の本なんだ――」


 表紙をめくろうとすると、少女は遮るかのように語り始める。


「『始まりは “ うたびと ” のねがい事』――」


「……?」


「 “ これ ” に書かれている事さ。少し長くなるからね、は流してもらっても構わないよ。どうせ君はからね」


 彼女は目を瞑り、暗唱を再開する。


「『神代かみよの昔、赤き星。彼方より降りし祝福が、終焉運ぶ御伽噺おとぎばなし。持たざる勇者は影と成り、持ちえぬ英雄わざ遺し、持たされししゅは神を諭す。新世界うたに象られ、ふるき世界なら結ばれた。否定が望む物語、望まず拒む者祟り。それを壊すため王と成ろう』


『始めに目覚めし魔法使まほうしは、天命超え冒涜を知る。されど器にり廃せず。故に従い身滅ぼし、故に抗い智慧遺す。聖地でたみ導く彼も、今は神域で目覚め待つ』


『幾百ばかりの朝迎え、始まりの希望が産まれた。少女は憧憬に招かれ、王の原石はそれを追い、聖者は君主を裁くだろう。悪戯いたずらの王に認められ、国は初めて鼓動を聞く。絶対を求め登るなら、まことまことを知るだろう。なお誓う愛に嘘は無く、願われるまま未来をく。されど聖母にも主我は在り、望まれし最期に祈るは、望まれぬ最後あらん事。ただ一度の過ちの中、剣と霊を携えし風、影は超えれど天縛解けず。それならばせめて神と成り、かつての天使は時を待とう。破片かけらもまた神と代わりて、祝いも呪いも込め眠る』


『先と同じだけ夜を越え、王は悪意に覚まされる。秘めたる力を暴く時、仮初かりそめの鼓動響くだろう。神を見据えし眼差しと、子らを護りし盾構え、忌むべき契りへ歩み出す。

 放たれし鳥は籠のなか。敢えて還りて主へ背こう。の烙印は浄化され、国と祭を終わらせる。

 騙られし悪を語る時、蛇は七つの海を呼ぶ。そらが高いなら堕とせば良い。道化師に信仰らせば、つがいの偽神は人と成ろう。

 盛者必衰の日は白夜。招かれざる者、報いよう。一矢いっしは無垢なるついを討ち、蛍はを目指しけども、遥か彼方へは届かない。

 聖火灯せば花は散り、聖水満たせば花は咲く。天使の悲願に心せよ、死が神々を睨むから。

 謀反は悪意と限らない、追憶は愛が写すから。小屋を襲えば夜が来る、山羊を率いて天を喰う。

 幾千もの星降り落ちど、一つの願いも叶わぬ。右腕に掴まされたのは、影を払った白の星、そらを攫った黒の星。

 弱者が歩みを止めた時、月への道は閉ざされた。狼は犬の爪を研ぎ、龍は虎の牙を折る。従属の契りを交わせば、遂に許しを得るだろう。

 全て疑い、全て信じろ。それは最たる盾となる。まじないの極地行きたくば、妖しき幻影越えて行け。

 血を暴かれし叛逆者、向かう戦場に風が吹く。敵は無邪気な求道者、諸王へ仇なす先導者。例え神を越す異能とて、真髄は壁を壊すだろう』


先王せんおう捕えし闇のぬしつい成す災厄を求める。笛吹けば都は喧騒。永遠とわを喰らいしつるぎの子、名を禊ぎ祭典へ出向く。

 呪物もかつては聖遺物、還せば穢れは祓われよう。天命に憂いなど要らない、聖人もまた勇者だから。だが狐はきょを待っている。

 しゅを見違えし迷い子ら、瓦解と共に断ち切らん。最後の門を閉ざすなら、迷宮の塔を登ればいい。例え封印解かれても、冥府の王へは謀れない。

 伽藍堂の玉座巡る儀、裁きの目はつがいの神秘。楼ばかり見上げてはならない、示す光に心せよ。

 偽りの血より雨を晴る、緋色の神と黒きそら。祝われし子は盾の館、呪われし子は剣の砦。だ汚れを知らぬ産声、狂い無き世界の幕切れ』」


 ――既にたがえたこの伝承には、神すら知り得ぬ続きがある。

 ついの邪神を狙うたみ。書庫の鍵を解く赤の星。あおよりあおへの継承、そして永遠とわに閉ざされる特異点。

 悪王あくおうはりつけにするなら、たみを支える時計台。人王じんおう神王しんおうけっす時、天使は呪縛を解くだろう。降臨、再会、王の帰還。つがえば先の聖者の夢。最後の祝福には鍵を、それは器にり解ける。

 しゅは血よりも個を重んじる。応えてみせよ智慧と力。王の影に呑み込まれては、名誉の扉は開かれぬ。待ち受ける呪いさえ知らず、冬は祈りを捧げよう。

 海は底で渦を逆巻く。奇跡の贄は神の血肉、またせれば全てを得よう。先覚は神話をあらわし、古龍に濫觴らんしょうは召される。

 それは最も深い影、重ねし空は光越す。醒めれば縛りは何も無い。福音ふくいんと神器二つ在り、我儘なそらの墜ちた地で、しゅは刃を迎えて解こう――。


「あんたは一体……?」


「そうか、私とした事が自己紹介が遅れてしまったね。では改めて……」


 少女は胸に右手を当て答える。


「――〈女神〉と。そう呼ばれていた」


 人ひとりが放つには大きすぎる存在感と神秘的な雰囲気は、彼女が人ならざる者であると納得するには充分であった。


「私はいわゆる “ 語り部 ” さ。ここへ来た人々にを読み聞かせる、それが託された役目だ」


ってさっきの?」


「ふふ、これからさ」


 〈女神〉はこちらへ歩み寄り、書物をおもむろに開いた。


「では始めよう。君がこの世界を知る為の物語を――」

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