手助け

「イーリス姫は、エメルと親しいんですか?」

「いいえ、まったく」


 イーリスはきっぱりと言い切った。


「ある日突然、お兄様の取り巻きに加わっていたんです。明らかにアギトの民なのに、誰も彼もあの方を当たり前の側近として扱っていて……思えば、王宮の様子が変わりだしたのも、彼女を見かけてからでしたわ」

「誰もおかしいと思ってないって……だいぶヤバいな。でも、そんな強烈な洗脳、簡単にできるものか?」

「アギト国の王族に限って言えば、可能かも」


 なにしろ、運命の女神に仇なす邪神の国だ。

 今私が運命の女神から授かっているのと同等の、奇跡の力を持っていてもおかしくない。


「兄は暴走、部下たちは洗脳されていて、お父様はあてにならない……事態は思ったより深刻ですわね」


 この国に残された、数少ない正気の王女は、深いため息をついたあと、すっと立ち上がった。


「イーリス姫?」

「まずは、あなた方を一刻も早く、この城から脱出させてあげなくては。こちらに来てください」


 そう言いながら、イーリスは部屋の奥へと歩いていく。後を追っていくと、彼女は大きな扉の前で立ち止まった。


「第一に必要なのは、お金ですよね」


 そこはいわゆるウォークインクローゼットというものだったらしい。扉を開けた先には、ずらりとドレスが並んでいる。彼女はクローゼットの奥から、古いチェストを引っ張り出してきた。

 一抱えもある大きなチェストの蓋をあけると、中にはアクセサリー用の小箱など、一目で貴重品とわかるケースがいくつも仕舞われていた。

 イーリスはそこから、重そうな革袋を取り出して、私の手に渡す。

 ずっしりとしたこの重量感、きっと中身は金貨だ。


「こちらをお持ちください」

「えっ……いいんですか? これって、イーリス姫のものでしょう」

「軟禁されている身では、どうせ使い道がありませんもの」

「でも………」


 ためらっていたら、後ろからルカに背中を叩かれた。


「もらっとけよ。俺たちの脱走がバレた今、もう倉庫には戻れねえんだし」


 それはそう。

 いいとか悪いとか、それ以前に他に選択肢がないんだった。


「ありがたく、使わせてもらいます」


 私が革袋をぎゅっと握りしめると、イーリスはふんわり笑った。


「旅をするなら衣類も必要ですわね。私の持ち物でよければ、なんでも使ってください。ええと……カバンはどこにやったかしら」


 イーリスはさらに、必要な小道具も見繕ってくれる。

 姫君の親切、ありがたすぎる。

 任せっぱなしも居心地が悪いので、私も荷造りに参加することにした。下着とか、自分じゃないとわからないものもあるし。


「ルカ王子の着替えはどうしましょう。私の子供のころの服ならサイズが合うと思いますが、全部女ものなんですよね……」

「着れればいーよ、なんでも」


 ルカは興味なさげに、手をひらひらと振る。

 その反応に、私は思わずぎょっとしてしまった。


「えっ……いいの? 女の子の服だよ? スカートだよ?」

「むしろ、いい目くらましになるんじゃね?」

「この歳の男の子って……女装とかそういうの、めちゃくちゃ嫌がるんじゃないの?」

「生きるか死ぬかってときに、変な贅沢言わねえよ。つうか、誰の話してんだよ」

「ちょっと……知り合いの子がね……」


 そうか。

 女装全力拒否は男の子の一般論ではなく、個性だったのか。

 認識を改めておこう。……今更だけど。

 考え込んでいたら、またディーがたしっと私の足を前脚で叩いた。しゃがんで目線をあわせると、彼はどこから持ってきたのか、小箱をひとつ口にくわえている。


「ディー?」


 君は君で、何がしたいのかな?

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