横取り
「こっちです」
侍女たちが部屋に入る直前、ディーが中庭に進路変更した。不思議に思いつつも、私たちはその案内に従う。女神本人はともかく、眷属のディーが理由のない行動はしないと、私たちもわかってきたからだ。
「彼女たちの目的地は、おそらくあの部屋です。中庭側の窓から、中の様子をうかがいましょう」
案の定説明が付け加えられる。
私たちはディーに促されるまま、窓からこっそり部屋の中を覗き込んだ。
「ご苦労様」
侍女たちを迎えたのは、一人の少女だった。
きめの細かい象牙の肌に、光を吸い取ったような漆黒の髪と瞳。私たち西側の人間とは、まったくルーツの違う顔立ち。
東のアギト国の王女、エメルだ。
「見せてちょうだい」
彼女が命じると、侍女たちは自分たちの持っていた宝飾品の箱を開けた。よく見えるよう、彼女の前のテーブルに並べていく。
エメルはそのうち、大粒のルビーをあしらったネックレスを手にとった。
「むかつく……石の大きさも、透明度も、アギトで手に入るものとは違うわ。そもそも鉱脈の質が違うのね」
文句を言いながらも、エメルはうっとりとルビーを見つめる。
「でもいいわ。コレットを監禁した今、このアクセサリーはすべて私のものなんだから」
あなたにあげた覚えはありませんけどね?
婚約者を取っただけじゃ飽き足らず、私のお気に入りアクセサリーシリーズも全部取る気なのか、この女は!
張り倒したい、その横顔。
やらないけど。
私の怒りなんかまったく気づかず、エメルはネックレスを自分の胸にあてる。
「あんなぽわっとしたヒヨコ頭より、黒髪のほうがルビーの赤が映えると思わない?」
ひよこ頭て。
それはもしかして、私のことでしょうか。
確かに色は薄いけど、これはこれで豪華なストロベリーブロンド、っていうんですー!
「ソウ、思イマス、えめるサマ」
つっこみ不在の室内では、テレサがぎこちなくうなずいていた。
あなたがそこでエメルに同意するの……?
本当にどうしちゃったんだろう。
「アクセサリーはここに置いておいて、さがっていいわ」
「カシコマリマシタ」
エメルが命じると、侍女たちは一礼して、またしずしずと部屋から出ていった。
私は仲間を振り返る。
「あのね……」
「コレット様、あのネックレスにふさわしいのはあなたです」
「金の髪と緑の瞳に、ルビーはよく合うと思うぜ?」
とっさに褒めてくれるボーイズ、ふたりともめっちゃいい子。
ではなくて!
「ディー、テレサをもう一度追ってくれない? 彼女と話したいの」
「テレサと、ですか?」
「無駄なことはやめなよ。あいつ、アギトのスパイだったんだろ?」
「普通に考えたらそうなんだけどね……」
でも、
コレットの知る過去の姿と、今の姿がどうにもつながらないのだ。
私が気づかなかっただけなのかもしれない。しかしそれでも納得いかない。
胸がざわざわする。
この違和感は何なんだろう。
「危ないと思ったら、すぐに逃げるから」
「……」
「お願い、ディー!」
子ユキヒョウは、妙に人間くさいため息をつく。
「あなたに危害が及ぶと判断したら、強制的に引き離しますからね」
「ありがとう!」
また身を翻したユキヒョウのあとを追って、私は歩きだした。
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