独りぼっちの少年

「出して、出してよ! 独りぼっちは嫌だ!」

「やかましい、少しは静かにしろ」


 低い男の声がしたかと思うと、ガン! と大きな音がした。男がドアを殴りつけたらしい。


「ひぃっ!」


 子供は悲鳴をあげる。

 あの勢いだ。直接殴られたわけじゃなさそうだけど、音だけでも怖くて仕方ないだろう。


「ひとりは怖いよう……侍女のセーラは? 騎士のマイクはどうしたの?」

「あいつらは、アクセル様の手紙を持たされて城の外に出された。今頃オーシャンティアに向かってるだろう」

「えっ……お城にいないの?」


 子供の声が悲痛に震える。


「そうだ。あんたを守る者はもう誰もいない。泣いても叫んでも無駄だ」

「……そんな」

「わかったらおとなしくしてろ。あんたは腐っても王族だ。オーシャンティアが身代金を払えば、帰れるさ」

「は……はい」


 子供がおとなしくなったのを確認して、男もまた沈黙した。ドスドスという重い足音が少しずつ離れていく。音の響き方から察するに、階段を降りていったようだ。


「ディー、泣いてたあの子は誰?」


 彼はナビゲーションキャラとして、各国の情勢を把握していると言った。ここにとらわれている子供の情報も持っているはずだ。

 思った通り、ディーは頼もしくうなずいてくれる。


「彼は、オーシャンティアの第三王子、ルカ・オーシャンティアですね。年齢は十歳。結婚式の立会人として派遣され、人質となったようです」

「十歳で、外交の公務を?」

「当初は複雑な交渉などなく、結婚式に立ち会うだけの予定でしたから。王に近しい者であれば、年齢は関係なかったのでしょう」

「そっか……」


 私はディーをちらりと見た。


「あの、ディー」

「おすすめしませんよ?」


 子猫の姿のはずなのに、ディーは器用に嫌そうな顔を作る。


「あなたひとりだけでも脱出困難なのです。年端もいかない子供を抱えていては、余計生存確率が下がることくらい、お分かりになるでしょう?」

「でも……」


 あの子は泣いていた。

 心細げに、声をあげて。

 小さな子供を置いて自分だけ逃げるなんて、耐えられない。


「ディー」

「負担になりますよ」

「それでも、決めるのは私なんだよね?」


 ディーは自分の役割は提案までだと言っていた。決断は私の権利だ。


「……わかりました」


 ディーの丸い頭が不承不承、縦にふられる。

 彼に無理強いするのも心苦しいけど、それ以上に、ここに泣いてる子供を残すことのほうが苦しいのだ。

 マジでごめん。

 でもその他の意見はちゃんと聞くから。


「……もともと、あなたはそういう人ですからね」


 ふう、とため息をついてからディーは歩き出した。


「あ、ディー?」

「ついてきてください。彼の部屋の鍵をあけます」

「私の部屋の鍵と同じ要領ね。お願い」


 私たちがあとからついていくと、ディーは階段をひとつ下のフロアまで降りて止まった。彼のアイスブルーの瞳が見上げる先に、私の部屋と同じ、分厚くて頑丈そうな扉がある。レイアウトは上の階とまったく同じだ。

 ワンフロアにひとつずつ監禁部屋があり、それぞれに人が閉じ込められているらしい。

 ディーが前脚で扉に触れる。

 かちゃん、と小さな音がして鍵はあっさりと外れた。


「どうぞ」

「ありがとう……」


 私はそっとドアを開ける。

 中を覗くと同時に飛び込んできたのは……。


「身代金が払われたら解放される? あのケチオヤジが払うわけねーだろーが!」


 元気いっぱい、全力で枕をブン投げているお子様の姿だった。

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