第12話 残穢
暗幕の垂れたような空を見て参列者は嘆きをこぼした。午後から行われている企業家とその一人娘の葬儀には多くの友人知人が集い、その中に女中アンネの姿もあってハンカチを濡らしながら悲嘆にくれる言葉を交わしていた。
「ラナンさん、いらして下さりありがとうござます」
「本当に何といっていいか」
神妙な顔つきで応じた彼もまた疲弊していた様子だった。
「お嬢さまも旦那さまもとても懇意にしていただいたと。わたくしも悲しくて」
うっとアンネが嗚咽をこぼすとラナンが背を擦ってくれた。その優しさに感情の振幅が大きくなる。悲しいのはみな同じ。大事な友人を失ったわたしも、愛する人を失ったあなたも。
「ごめんなさいね」
「構いません」
唇を引き結ぶと彼は涙をすっとこぼした。その清らかな涙に無念が溢れだす。どうしてこのようになったのだと。一体誰が。
一週間前に起きたマーネス橋での正体不明の惨殺。警察は通報を受けて現場に駆け付けた時に、大きな黒のフォルクスワーゲンが縦に一刀両断にされたその異様な光景を見て、凍りついたという。燃え盛る車体の一方で、欄干から極太のロープで吊るされた親子の遺体があって、青紫の炎を上げながら燃えていた。
平和な町で起きた惨殺事件は人々を戦慄させ、十分報道もなされ憶測を呼んだが霧中の出来事で事件当時の様子はほぼ解析不可能、カメラに姿が映ったと報じた紙面もあるが事実は闇の中だった。
アンネは今日葬儀が行われるまでの数日を泣いて過ごした。こんなに悲しいことはないと思った。
小さなころから育ててきたレオナは娘のように思っている。ルドルフは豪放な気のいい人物だった。
「ラナンさん、お嬢様はあなたのことを愛しておられました」
「僕もです」
傷心の彼もまた儚げに微笑んだように見られた。
長い説教が終わり、参列者は並びながらバラの花を一輪ずつ棺に入れていく。焼け燻った顔は白い絹で覆い隠されて拝むことは叶わなかった。
ラナンは手に持った赤いバラの茎をぐっと握り締めた。とげが刺してぷつりと血がにじみ青い茎を伝う。それを冷たい視線でそっとレオナの傍に置くと、恋人を失った悲劇の青年の表情を作りゆっくりと周囲を観察しながら席へと戻った。
二つの木棺は揃って担がれて、緑静かな裏墓地へと埋葬される。
黒衣の集団に囲まれた地に沈むような穴の中に、ロープを伝って上等の棺が下ろされていく。
スコップを手に持った親族が土を一掬いそっとかけるとすすり泣きが大きくなった。跪いて泣いているものもいる。これがきっとこの親子の経てきた人生なのだろう、他人事の推測でしかないが。
棺に冷たく掛けられていく土を見ながらラナンはまるで残穢のようだと思った。
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