18.エルフの正座、またまた怒られる面々

「そこに座りなさい!!」


 何とか泣き止んだ俺。咳が止まり、鼻が痛いのも治って、ホッと息を吐いた。いやぁ、酷い目にあった。全体力を持って行かれた感じだ。たぶん俺は、もう少し、本当に後少ししたら眠だろう。本当はミルクを飲んでから眠りたかったけど限界が近い。


 そんな限界に近い俺の胸の上では蝶達とスライムが、心配そうに俺を見ていて、何かを俺に言ってくれているんだけど。たぶんこの様子から『大丈夫?』とか『平気?』とか、言ってくれてるんじゃないかな。

 それから俺を心配する合間に、ミルバーンを見て睨みつけるを繰り返している。原因は間違いなくミルバーンだからな。

 

 そしてその原因のミルバーンだけど。ミルバーンは今正座をしている。そこに座りなさい、と言ったのはレイナさんだ。そしてその言葉に従い正座をしたミルバーン。


「私は今さっき、何と言ったかしら?」


「いや、あの」


「何と言ったかしら?」


「ゆっくりと言いました」


 あ~あ~、俺達にはあの態度なのに、今のミルバーンときたら。まぁ、レイナさんの圧が凄いし、怒りも凄いから。さすがのミルバーンも大人しいんだろうな。ここで文句でも言ったものなら、たぶんミルバーンは終わりだろう。


「赤ちゃんは食べるのが遅いと言ったわよね。それは赤ちゃんが生まれたばかりで、まだ食事に慣れていないからなのよ。それをあなたは。どれくらいのスピードであげたかしら? 私が途中で止めるのも聞かずに」


 え? そうだったのか? レイナさん、止めてくれていたのか? 全然気づかなかったよ。


『******!!』


『******!!』


『******!!』


『今のはね、そうだよ僕達も止めたよ!! どうして止まらなかったの、そのまま続けちゃって!! 僕達のティニーになにするのさ、と言ったのよ』


 今みんなの話したことを教えてくれたのは、ミルバーンを怒っているレイナさんに変わり、俺を抱っこしてくれているアイラさんだ。うん、やっぱりみんな怒ってくれていた。


 いやぁ、まさかミルクで死ぬ思いをするなんて。ゴブリンはもちろん命に危機を感じたけど、それ以上に命の危機を感じたよ。これはもうダメだって。今度こそ神の所へ戻るんだってな。


 それにしても、ミルバーンはどれくらいのスピードで、俺にミルクを飲ませたんだ? そんなこと気にしている場合じゃなかったからな。レイナさんの時は、俺がひと口飲む間、ほとんどスプーンを動かしていなかった気がする。

 実際には動いているんだけど、それくらいゆっくりって事だ。それにさっきミルバーンに見せた時も、同じくらいでミルクをくれただろう?


 レイナさんがお椀を手に取り、ミルバーンの前へ。そしてスプーンをとり、さっきの再現をした。


「私はこれくらいのスピードでしたはずよね。でもさっきのあなたはこれくらいのスピードだったわ。これはゆっくりなのかしら?」


 うん、これは無理だ。ミルバーンのスピードはレイナさんの2倍だった。3倍や4倍じゃない、2倍だけど。今の俺にとってはかなりの違いだよ。


「今ので分かったでしょう。本当にゆっくりあげないと、ティニーはミルクを飲めないし、死にかけるわ。あんなに苦しそうに泣いて。どうして戦闘関係だと1回見ただけで、完璧にこなしているあなたが、スプーンをゆっくり動かす事ができないのよ」


 うん? そうなのか? ミルバーンってそんな感じなのか。それはそれで凄いな。だからエルフに里でも5本の指に入る実力者なんだろうな。だけどこの様子だと、全部の能力が戦闘系に振り分けられたか?


「はぁ、もう。そうしようもないわね。スプーンをゆっくり動かすだけなのよ。自分達が熱いスープを飲む時も、今のあなたよりはゆっくりスプーンを動かすでしょうに。仕方ないわね。少しの間、お椀で練習させましょう。ティニーのミルクは考えるわ。しっかり練習するのよ!!」


「す、すまない」


 おおお!? ミルバーンが謝った!? いつも文句ばかりで怒っているミルバーンが謝ったよな!?


 驚いたのは俺だけじゃなかった。俺の胸の上で文句を言っていた蝶達もスライムも、目を見開いて驚いた顔をし、ピタッと固まっていた。分かる分かるよみんな。あのミルバーンが謝ったんだもんな。そんなリアクションにもなるさ。


 それからすぐにお椀で練習をさせ始めたレイナさん。そしてその隣には、さっき台所を壊滅させた面々が座り。そう、シャノンさんとオーレリアスさんとマーロウさんだ。この3人の前にもミルク入りのお椀が置かれ、全員がスプーンを持ち。


 レイナさんがミルバーンの様子を見て、この様子だと皆同じようにできないのではと、レイナさんが全員一緒にやってみるように言ったんだ。


 これが正解だった。全員が全員、ミルバーンと変わりない動きをしたんだよ。その時のレイナさんの顔と言ったら。表情自体は無って感じでみんなを見ているんだけど、その中にかなりの怒りをかんじたよ。


「オーレリアス様。オーレリアス様はすでに、何人ものお子様をお育てになられたのでは?」


「レイナ、私が先ほど言ったことを覚えているか?」


 確かけっこうな事を言っていたよな。それだけオーレリアスさんの育児がダメだったって事だもんな。この世界のエルフがどれくらいの力を持っているのか、どんな事ができるのか。それはまだ分からないけど、何でもできる印象があるエルフ達。まさか育児が苦手だったとは。


「ああ、そういうことでしたか。よく奥様は許していましたね」


「許してはいない。だから毎回部屋が消え去った」


「時々あった爆発はそれですか。敵ではないから心配するなと、私達はそれしか聞いていなかったもので」


「そういう事だ」


 ん? 部屋が消えた? 爆発? 何のことだ?


 それからレイナさんとクランシーさんによる、厳しい厳しい練習が始まった。俺はその間、アイラさんにミルクをもらう事に。部屋の中にはいつまでも、みんなが怒られる声が。うん、みんな頑張れ。ファイトだ!!

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