酔いどれ聖女の布教活動日誌
@ginnoji
第1話 酔いどれ聖女は眠らない
キンッキンに冷えたビールを一気に流し込む
ングッングッングッ
「ぷはあーーーッッ!」
いささかオヤジ臭いのは百も承知で、思わず声が出る
あー、生きてるって感じ
「ラファ姉、お代わり!」
ドン!とカウンターにビールの大ジョッキが置かれる
「そんなに飛ばして大丈夫?」
「酒は飲まれる為に有るんですー」
ラファ姉の心配を他所に、意味不明の言い訳をする私の目の前には既に9本の空ジョッキが並ぶ
一応、浄化と治癒の聖魔法を使えばアルコールの影響は綺麗さっぱり残らないのだが、それでは何のために酒を飲んでいるのかわからない
酒は楽しむものだと思う
だから二日酔いの心配は目覚めてからするべきで、今は兎に角楽しく飲むべきなのだ
とはいえ、巡業の報告の為に教会本部に寄り、司教のお小言を数時間も聞かされては、こちらもたまったものではない
いわく「各地から貴女の素行について苦情が殺到しています」「本来なら貴女は巡業などせずに本部で大司教様を支えるべきなんですよ?」「そもそも貴女は聖女としての自覚が足りないのではありませんか?」
よくもまあ、毎回飽きもせず同じ言葉を繰り返せるものだと呆れてしまう
それこそ大きなお世話だが、万が一にも口応えしようものなら、お説教が徹夜モードに為りかねないのでグッと我慢するのだ
それが自立した大人のオンナだろう
あれ?教会勤めだから自立してるとは言えないのかな?
「あ~あ、誰か可哀想な私を優しく介抱してくれる良いオトコは居ないかなー」
里芋とイカの煮物をつまみながら愚痴った瞬間、周りのテーブルで飲んでいた他のお客さん方が一斉に視線を逸らす
失礼な
都合10本目の大ジョッキを空にして、店を出ると、この時期特有の蒸し暑さと重たい空気が纏わりつく
仕方ない、今夜はハシゴせずに大人しく部屋に戻って寝ようか
などと考えながら大通りから外れた路地裏をふらつき歩いていると、数名の足音が続いているのに気が付く
聖都と言えど、一歩大通りから外れれば日が落ちた後は結構暗がりが多い
露店や街灯などが無い裏通りに入り込めば、文字通り月や星明かりに頼るしか無いのだ
暗がりから二人、後ろから三人の男共が表れ私を取り囲む
「お嬢ちゃん、ずいぶんご機嫌な様だが俺達とも一緒に楽しまねーか?」
「そんなに足元フラついてちゃ危ねーなぁ、
良かったら送ってやるぜ?」
下卑た言葉を吐く息がドブ臭くて堪らなくムカつく
「あら?
もしかしてデートのお誘いかしら?」
立ち止まった私は無詠唱で自分に浄化と治癒の聖魔法を施す
一瞬で身体からアルコールの影響が消え去り、思考が冴え渡る
「教会の尼さんだって酔いたい時くらい有るよなぁ?
俺達が優しく悩みを聞いてヤルぜぇ?」
どうやら私が聖衣を着てるから教会詰めのシスターと勘違いしてるらしい
楽しくなってきた
身体の揺れが治まった私は、更にこっそり身体強化を施しながら、懐から愛用のスパイク付きガントレットを装着する
「んん?おいおい、何だそりゃあ?」
「この人数相手にどうしようってんだ?」
ニヤニヤと嫌らしい薄笑いを浮かべながら前方の男二人が迂闊にも、手を伸ばし捕まえようとしてくる
「イカせてくれる?」
左側の髭面の真ん中に正拳を叩き込み、伸ばされた手を避けつつ身体を沈め後ろ回し蹴りを右手の男にブチかます
「ブッッ!?」「ゴエッ!」
私が動いたタイミングで後ろから刃物が鞘走る音が聞こえた
伸ばされたままの腕を掴むと、回し蹴りの勢いを利用して相手を後方へ背負い投げつける
「うおっ?」
「何だ?このアマ!?」
「失礼ね」
ナイフを抜いた男は仲間を刺さない様に体勢を崩し、その肘を逆に捻りあげナイフを奪うと、思いきり金的を蹴り上げる
「ギャッッ!」
残った二人も慌てて刃物を取り出そうとするが
「遅い男は嫌われるわよ?」
二人仲良く頭突きさせて気絶させる
「なっ、何だてめぇは!?」
鼻骨をへし折った男が鼻血を垂らしながら後ずさる
逃がすものですか
折角のほろ酔い気分を台無しにしたツケは高くつくわよ
「世の為、人の為、私の為に正義を執行する」
「ゲッ!血風聖女!?」
「全ての悪に鉄槌を」
「たっ、たすけ」ドガン!
顎を蹴り上げて意識を刈ったら、折れたらしき歯が何本か舞い上がった
私じゃ無かったら、何の非も無いシスターが薄汚い欲望の犠牲に成ったかもしれない
「チッ、口ほどにも無いわねイ○ポ野郎共
これじゃ完全に消化不良で欲求不満だっての」
ほんの数分すらかからなかった騒動に気付く者も居ないのか、辺りは静かなままである
このまま放っておいても死にはするまい
相当に手加減してやったから悪くても骨折程度で済んでる筈だ
「しゃーない、飲み直すかぁ」
私はため息を吐きつつ、居酒屋の在る大通りへ戻って行った
恋を夢見る巡回聖女ミカエラ
人呼んで「血風聖女・アイアンフィスト」
花も恥じらう18歳の聖都に於ける通常営業であった
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