第8話
4人は連れ立って、川原への道を歩いていた。道中、優と裕太は聞き役に徹していた。子どもならではの聞いて聞いて攻撃に圧倒されていたとも言える。
話の内容は他愛のないものだった。ドッジボールが得意で絶対ボールが当たらなかったクラスの男の子にとうとうボールを当てることができただの、学校のカレーは美味しいけど、もう少しじゃかいもが大きいほうが嬉しいだの、夏休み初日に川でザリガニを捕まえて今大切に飼ってるだの、子供ならではのエピソードに優と裕太の顔つきも穏やかになる。
「ザリガニ3匹家にいるからさ、今度優兄ちゃんにも分けてやるよ!」
と優が得意そうに応えたので、優が慌てたときは裕太が横で爆笑していた。夏休みらしい穏やかな時間が流れていた。
おしゃべりをしながら歩いていると、川原の入口にあっという間に着いた。入口には既にチェーンは張られておらず、いつも通り、誰でも入れるようになっている。
道中、すっかり子供たちと仲良くなった裕太が悠とひなこに、
「よし、こっからキャンプ場まで競争な。負けたやつにはデコピンな」
と言いながら走り出すと、悠とひなこがそれを追いかけていく。
「優兄ちゃんビリだから、でーこぴーん」
悠が叫びながら走っていくのを見て優も笑いながら、子どもたちに追いつかないよう手加減したスピードで追っていく。
キャンプ場兼バーベキュー場になっている川原に着いた。すると、すぐ異変に気づいた。川の側に崩れたテントとガスコンロやバウルーなどの調理器具、食器が散乱していた。
「なんだこれ」
優が思わず言葉を発する。
「あの人たち片付けもしないで帰っちゃったのかな」
ひなこが疑問を口に出す。その時、辺りを歩き回っていた悠がみんなを呼んだ。
「ねえ、向こう岸に何か落ちてるよ」
3人は悠のそばに集まり、対岸を見る。
「よーし、この裕太お兄様が取ってきてやろう」
そう言いながら裕太がサンダルを脱ぎ川に足を一歩踏み入れたが、川底の苔の生えた石に足を滑らせその場に尻もちをついた。
「うわっ、お兄様ダセェ」
優の言い方に悠とひなこが楽しそうに笑いながら、大丈夫と裕太に声をかけ、立ち上がった裕太のお尻や足についた砂を払ってあげていた。
優が、ふとしたことに気づいた。
「このテントも食器も、なんでこんなに濡れてんの。ここ最近、雨降ってないのに。いくら近くても川の水ってわけでもないよな」
悠とひなこもテントを触りながら、不思議そうにしている。裕太は打ち付けた腰辺りをさすりながら背中を反らしてストレッチをしている。向こう岸は低い崖になっており、その上には木が鬱蒼と茂っている。ふと、裕太が、何かに気づいたように上の方をじっと見ていた。それからおもむろに優を呼び、上の方を指さしながら話しかける。
「なあ、あれって、神社の屋根に見えないか?」
「あの神社って…篤宏が…」
優が途端に青褪める。今まで楽しく遊んでいた仲良しのお兄ちゃん2人の異様な雰囲気を感じ取り、悠とひなこも不安そうな顔をする。
子供たちの不安そうな顔に気づき、優は2人を安心させるかのように微笑みかける。
「なんでもないよ、驚かせてごめんな。なんか建物みたいなのが見えたから何かなって思っただけ」
「行っちゃいけない神社だよ」
悠のその一言に優と裕太の背筋に冷たいものが走った。
「それ…」
言葉に詰まった裕太が唾を飲み込み調子を整えてもう一度尋ねる。
「それってどういうこと?」
前にお母さんが話してくれたことなんだけど、と悠は前置きをし、話し始めた。
「昔、洪水が起きた時に、たくさんの人が死んで、その中に小さな女の子がいたんだって。その子は頑張って逃げようとしたのか箱の中から見つかったんだって。それを可哀想に思った人たちが女の子のために立てたのがあの神社なんだって。3年に一回お坊さんがお経をあげる時以外は入っちゃいけないんだって」
「へー、そうなんだ。私も初めて聞いた。帰ったらパパとママにも教えてあげないと。でも、もうママは知ってるかも。この前も悠くんのママが家に来ておしゃべりしてたし」
明るい声音で応えるひなことは対照的に、優と裕太の顔は曇っていき、そうかと答えるのがやっとだった。
その時、悠のお腹がぐーっと鳴った。もう、正午近い時間になっていた。
「お腹空いてきちゃった。ひなこちゃん一回お家帰ってご飯食べよ。今日はひなこちゃんも僕ん家でお昼ご飯食べる約束なんだ。優兄ちゃんと裕太兄ちゃんも来る?」
「あ、ああ、俺たちはまだちょっとやることあるからまた今度な」
それから4人はすぐに川原を出た。途中の分かれ道で悠とひなこは、また遊ぼうねと無邪気な笑顔で手を振りながら悠の家へと帰って行った。
しばらく仲睦まじげに軽い足取りで悠の家に向かう2人の背中を見守っていた。
「何かがあるんだ。それを突き止めないと」
優が険しい顔でそう言うのを聞いて、裕太も
「一先ず樹の家に行こう」
と言い、2人は樹の家へ向かって歩き出した。
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