文化祭
文化祭がやってきた。
自分のクラスは揉めることも無く、満場一致でお化け屋敷をやることになり。結果として校内郊外問わず多くのお客さんが殺到するほど大人気になった。自分の仕事はというと──楓真とともに受付担当である。簡単な紹介をして、ライトを渡せばいいだけだから簡単だった。
お化け役で驚かすよりは受付で仕事をする方が自分には向いているだろう。……誰も周りにいない暗闇でじっとしていると、遊園地での恐怖体験を思い出してしまうのが何よりの理由ではあるけれど。楓真は、彼曰くひとりで真っ暗な場所にいると、勝手に何も無いとこで躓いて大事故を起こしてしまいそうだからという理由でお化け役はやめたらしい。確かにそう言われると、楓真ならばありえそうで何も返せなかった。
「早く校内回りたいねー」
「な。もうそろそろシフト終わりな気はするけど──」
がら、と扉が開かれる。お客さんかと姿勢を正したが、立っていたのは同じクラスの友人だった。
「茂部と八乙女、おつー。交代の時間だから代わるよ」
「お、ありがとー」
「どこか面白そうなとこあった?」
「んー……やっぱ八乙女の兄貴と弟のとことか? めっちゃ人気だった」
なんとなくそんな気はしていた。どんなお店を開いていたとしても、彼らのカリスマ性に惹かれたお客さんが詰め寄っている姿が想像できる。彼らのクラスは何をしていたのだっけ。一覧表はどこかで見た気もするのだが、すっかり忘れてしまった。
よーし、と伸びをした楓真が楽しそうに声を弾ませる。
「早速校内回ろーよ! 兄さんのとことか見に行こ!」
着ぐるみを着て看板を持つ生徒。ポテトや飲み物なんかを片手に談笑するお客さん。校内はいつもとは違う活気に満ちていた。歩くのが少々、困難に思えるほどに。
階段をのぼり、なんとか一年生のフロアへと辿り着いた。
「陽真いるかな……」
教室の前の渡り廊下を見渡してみる。これほど人が密集していると、はぐれないようにするだけでも一苦労だ。ましてや人探しをするとなると、かなりの労力が必要だろう。
どうしたものか──と考えていると、ふいに聞きなれた声が聞こえた。
「楓真兄さん、茂部さん」
「あ、いた!」
人混みの中、陽真くんが声をかけてくれた。人をするりと避け、彼が俺たちの元へ歩み寄る。青いクラスTシャツを着た彼は、僅かに頬を緩ませていた。
「お疲れ。陽真くんのところは何してるんだっけ」
「僕のところは普通に焼きそばを売ってますね。さっきシフトが終わったんです」
「そっかー……店番してるとこ見たかったな」
「わかる」
客引きをする陽真くんも、様になっているだろうことが容易に想像できる。彼ほど容貌が良い店員から声をかけられれば、男女関係なく店に立ち入ってしまいそうだ。あとシンプルに焼きそばが美味しそう。
「でもタイミングいいね!」
「うん。あの……陽真くんさえ良ければ、俺たちと回らない?」
「……! え、ええ。是非」
不意をつかれたようだったが──眦をほんの少し下げ、陽真くんは首を縦に振った。
陽真くんとも合流できたことだ。とりあえず、優真さんのクラスへ行ってみようと結論が出るのにそう時間は要らなかった。
そして──俺は優真さんのクラスの前で、あんぐりと口を開けることになる。
「執事喫茶とかメイド喫茶ってマジであるんだ」
忘れていた。優真さんのクラスが、まさにそれなことを。
あまりにも衝撃的すぎて、夢かなにかだと思い記憶から消していたのだろうか。実際にクラスを目の当たりにして、これが現実であることを知った。
「俺も思った。漫画とかでしか見たことないよね」
「……すごい人だかりですね」
教室の外に人が溢れて、ざわめいている。陽真くんが眉を寄せた。今からこの中に入るのだと思うと俺も気が引ける。
よくよく見てみれば、外から眺めているだけのお客さんもかなりいる。どうやら入店待ちをしているわけでもないらしい。一度退店したあとも、ここから見ているのだろうか。おかげで、中をのぞき込むことすらままならない状況だ。
周りの人々へ謝りながら掻き分け、やっとの思いで入口へたどり着くと──
「お帰りなさいませ、ご主人様。……ふふ、どうかな」
執事服を身にまとい、優雅に微笑む優真さんが俺たちを出迎えた。
「……すご……」
それ以上、言葉が出てこない。あまりに様になっていたためだ。服に着られている感が全くと言っていいほどない。すらりとした長い脚やスタイルの良さが強調されている。きゃあ、と押し殺した悲鳴が後ろから聞こえた。倒れる人が出ないといいのだが。
教室内を見渡せば、内装もやけに趣向が凝らされている。どこを見ても本格的なセッティングで。席も学校の学習机や椅子などではなく、格式高そうなアンティーク家具が使われているのだ。一体誰が持ってきたんだ。
生徒も、優真さんのように男子は執事服を。女子はメイド服を着て給仕をしているようで、誰も手を抜いていない。メイド服はコスプレでよくあるようなものではなくて、恐らく本来の形なのだろう。衣装には洗練された上品さが感じられる。
「すごいでしょ。どうせやるならって、そういうのすごく調べてくれた子がいてね。力入ってるよね」
「……予想以上ですね……」
案内されるまま、席に座る。他の席のお客さんも落ち着かないようで辺りをしきりに見回していて、その気持ちが痛いほどわかった。
「まあ、飲み物と本当に簡単な軽食くらいしかないけど。でも、ゆっくりしていっていいから」
そこはちゃんと文化祭の規模感だ。逆に落ち着く。
「ご主人様、ご注文はどうなさいますか?」
やっぱり落ち着かない。やたらと甘い、鼓膜を震わせる声にそわそわする。机に置かれたメニューを見るのも早々に、注文を口にした。
「……りんごジュースで……」
「俺も!」
「僕も同じで」
「ふふ、はい。かしこまりました」
運ばれてきたりんごジュースが高級な紅茶に見える。やたらと高そうなティーカップに入っているし。本当に誰が持ってきたのだろう。……これ、割ったら何十万の弁償とかないよな。ないであれ。
こんな雰囲気だと、マナーや作法をきちんとしていないといけないような気になる。詳しいことはわからないが、迷惑をかけなければいいのだ。要は。
震えそうになる手を抑えて、口に運ぶ。普通にりんごジュースだ。美味しい。
ようやくひと息ついて飲んでいると──そうだ、と楽しそうな声を優真さんが発した。
「陽も着たら? ちょうど一着余ってたはずだし」
「……え」
硬い声。顔を見ずとも、彼が表情を歪めたのがわかる。
「ねえ、委員長。余ってる衣装、弟に少し貸してもいいかな」
委員長と呼ばれた、執事服の男性がへらりと笑う。
「あー、いーよいーよ。客寄せにもなってくれそうだし。更衣室に余りあるから」
「そんな適当でいいんですか!?」
「やった。ありがとう、委員長! ほらほら、茂部くんも待ってるから着替えはこっちでね!」
嘆くように声を張りながら。陽真くんは、酷く愉快そうな長男に背をぐいぐい押されて更衣室へ連行されていった。南無三。心の中で、助けられなかった陽真くんへ謝罪をしたが届くことはないだろう。
しばらくして。
廊下から、一段とざわめく声が聞こえた。ああ、戻ってきたのだ。
なんとなく察して、入口へと視線を投げ──俺は、固まった。
「……そんなにじろじろ見ないでください」
腕を組み、険しい表情をしていたが。その頬は、よくよく見れば薄らと色づいている。
「かっこい……」
気づけば言葉が口から飛び出していた。だって、羨ましさすら抱かないくらいに似合っていたから。彼の醸し出す冷静かつ理知的な雰囲気が、落ち着いた執事服と調和している。
「すごく似合ってる。な、楓真」
「うん。さすが陽真!」
悠真さんも微笑みを湛えたまま頷いて。頬がより色付く。自慢の兄弟から褒められて気恥しさが半分、嬉しさが半分といったところだろうか。
あまりにも彼らの姿が格好良いから。俺は思わず──スマホへ手を伸ばした。
「写真撮っていい? 流石に残さないと勿体ない気がする」
「は……!? いや、それは……!」
慌てたように何か言おうとしたが──ふと、止まって。
突然。彼の白い手が、俺の手首をがしりと掴んだ。え、と声になり損ねた吐息が漏れる。
「……貴方と一緒なら、いいですよ」
「え、それはちょっと俺の肩身が……」
「じゃないと撮りません。絶対に」
きっぱりと強い口調で断言される。そこまで言うのなら、写らないという選択肢は無くなってしまった。
俺と撮っても、格差で目も当てられない写真になるのに。反論することもできず、口ごもっていると。
「撮ってあげる。借りるね?」
俺のスマホを、優真さんが自然な動作で持った。もう諦めよう。覚悟を決めて、陽真くんの横に並ぶ。
「……遠くないですか」
「いや……そんな、ねえ……」
怪訝そうな声色で問われ、言葉を濁す。だって、なんかいつもより格好良くて。普段は年下特有の可愛らしさが目立っているのに。今日はなんだか、別人みたいだ。
俺はいつも、彼とどんなふうに接していただろうか。わからなくなってしまう。
「そうだよ、もっと近づいて」
優真さんが笑って言う。
そう言われても、どうすればいいんだ。俺が一歩歩み寄っただけで、緊張は余計に高まるだろう。
おろおろまごついていると──陽真くんが足を踏み出して。ぐい、と腰に手を回された。
まて。今、どんな状況になっている?
顔と顔がくっついてしまいそうなほど、至近距離で。
「……近づかないと、撮らないですから」
耳元で響く、吐息混じりの、彼の声。
それは、優真さんがだろうか。それとも──陽真くんが?
自分でもわけのわからない疑問が頭の中で回っている間に──ぱしゃり、と無機質な機械音が鳴った。そこで俺はようやく、自分が間抜け面のまま写ってしまった事実に気づいたのだった。
優真さんが画面を見せる。やっぱり俺は予想通り呆けた顔で、羞恥が生まれた。
「どう? 綺麗に撮れたと思うよ」
陽真くんはというと──スマホの画面を数秒見つめて。ふ、と僅かに頬が緩んだ。
「……後で送ってくださいね。忘れたら許しませんから」
少しだけ楽しそうな雰囲気を纏って。彼は、俺に微笑む。柔らかく、綺麗な笑みに──また、言葉を失ってしまった。
「ねえ」
優真さんが、うるうるとした瞳を向ける。……なにか、妙な予感がする。
「茂部くん、俺とも撮ろ?」
予想は的中した。そうして俺は、イケメン執事の横で、半ば晒し者のような扱いのまま写真を撮ることになったのだった。
***
「あの……一緒に写真撮っていただいてもいいですか?」
ひとしきり写真も撮り終わった頃。
ひとりの女性が、おずおずと優真さんへ声をかけた。彼は笑みを深くして口を開く。
「はい、喜んで。ただ一点お願いがありまして……もし誰かに写真をお見せになる際は、私共の顔を隠していただけますか? 恥ずかしがりなもので」
ああ、なるほど。
そう言うことで、SNSにあげるときの注意事項をやんわり伝えているのだろう。
「は、はい、もちろん!」
「ふふ。恐れ入ります、お嬢様」
にこりと、絵画のように綺麗な笑みを浮かべる。息を飲む音が数箇所から聞こえたのはきっと、幻聴などではない。
「万能な執事に見える……」
「料理以外なら実際万能だよね」
「そうですね」
「こら」
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