夏だ!遊園地だ!②

 賑やかな園内を散策していると、優真さんが突然足を止めた。愉快な音楽とともに、馬や馬車を模した乗り物に子どもが跨りくるくると回っている。


「メリーゴーランドか、懐かしいな」


 手を振ってくる子どもへ、優雅に手を振り返してから。くるり、と振り返って微笑む。目を奪われるほど、綺麗な笑顔で。


「乗らない?」


 本気か。


「……周り子どもばっかりだよ?」


「うん。でも楽しそうじゃない」


「……僕はやめておきます」


 陽真くんが首を振る。なんとなく、そんな気はしていた。彼がメリーゴーランドに乗ってる様は全く想像ができない。


「俺も」


「そんなぁ」


 無下に弟たちから断られ、幾分かしょんぼりした声色で優真さんが零す。それから、こちらに視線が移った。……まずい。


「……このままだと俺ひとりになっちゃう。茂部くんも乗ってくれない……?」


 うるり、と。眉を下げ、悲しそうな瞳が俺を見上げる。俺もこの年で乗るのは抵抗感があったため、流れで断ろうと思っていたが──良心がじくと傷んだ。

 だから、仕方ないのだ。ついつい絆されて、首を縦に振ってしまったのは。


「う……じゃ、じゃあ……」


「ふふ、やったあ」


 ころっと表情が変わる。あれ、さっきの泣きそうな顔は。


「……あの手使ってるの、久々に見ました」


「あざといよね、あれ」


 楓真と陽真くんが呟く。今あの手って言ったか。目を白黒させているうちに、俺たちが乗る番が来たようであった。


「折角だから同じやつに乗りたいよね。そうなると普通のはダメだし……あ、」


 声を発し目をつけたのは、馬車を模した二人乗りの乗り物。軽い足取りで乗り込むと、ふわりと微笑んで手を差し出した。


「おいで。一緒に乗ろうよ」


 王子が本物の馬車に乗ってる? ……わけでは、ないらしい。あまりに様になっているから、一瞬見間違えたようだ。目を擦ってみれば、馬車はちゃんと棒で固定されている。優真さんも普通の服を纏っていた。大丈夫、本物ではない。


 手を取ると、彼は笑顔のまま自然な流れで俺を隣に座らせる。見計らったかのように、アトラクション開始のブザーが鳴った。


 ゆっくりと動き出す。周りには小さい子か、その親らしい人しかいない。同じ年齢で乗っている人はひとりもいなさそうだ。揺られる時間は永遠にも感じられた。高速で回転して終わってくれないだろうか。……いや、絶叫系は苦手だからそれもキツい。


「あはは。ほら、周りの人が手振ってるよ」


 優真さんは、傍から見ると大人びていて完璧に見える。だが、お泊まり会で初めて見た一面であったり、メリーゴーランドではしゃいでいる様子であったり。案外──


「優真さんって、可愛いとこありますよね」


「へ? 俺が?」


 面食らったような表情が、俺を見つめる。どうやら彼に自覚は無いらしかった。


「だってメリーゴーランドに乗りたがるのとか……いつも落ち着いてるのに、そういうところ意外だったからギャップがあって。あはは」


 以前なら考えられない。こんな失礼なことを面と向かって笑いながら言うだなんて、前の俺が見ていれば肩を引っつかんで殴ってでも止めに来ただろう。

 だが、今の俺は前とは違う。しっかり自覚しているのだ。優真さんとも対等な友人であることを。


「ふふ、ちょっと恥ずかしいな」


 俺の言葉にはにかんで、彼は視線をうろつかせてから。こちらを真っ直ぐ見つめて──笑みを消す。


 え、と思う間に、顔が近づいた。



「……でも俺だって、一応歳上なんだよ?」



 くい、と顎をすくわれる。真剣な瞳が、じいと俺を見つめて。整った顔が、俺だけに向けられている。

 頭が、真っ白になった。……なんだかすごく、恥ずかしい。恥ずかしすぎる。なんで俺が少女漫画のヒロインみたいになっているんだ。どうしてこんなに、胸がばくばく鳴ってうるさいんだ!!

 じんわりと体温が上がっていくのが自分でもわかって、それが余計に羞恥を煽った。彼に、バレていないといいのだけれど。


 ぱっと手が離される。


「……なんて、カッコいいとこ見せたくなっちゃった。あはは、驚いた? 茂部、くん……?」


「……すみません、ほんとこういうの、慣れてなくて……」


 バレた。最悪だ。めちゃくちゃキモい反応をしてしまった。顔を覆ったが、逆効果だ。照れていることが余計強調されてしまう。


 酷く、妙な雰囲気だった。


「え、あ……う、ううん! 全然、俺もやりすぎちゃったし、その──」


 言葉を探す優真さんの声を遮って、アトラクション終了を知らせるブザーの音が鳴り響く。今の俺たちには救世主だった。いつの間にか、回転も止まっていたらしい。


「お、降りようか? 楓真たちも待ってるだろうし!」


「っそ、そうですね! 急ぎますか!」


 気まずくなった。……帰りまでには、この雰囲気が消えていることを祈るしかない。なんで未だに俺の胸は早鐘を打っているんだ。早く落ち着いてくれ、頼むから。

 出口から出るや否や、楓真たちが駆け寄ってくる。なにか怪訝な表情を浮かべながら。


「……茂部くん、優真兄さんになにかされてた?」


「……いや、なにも、されてないから……」


 俺が過剰反応しただけだ。しかし依然としてふたりは表情を崩さず言葉を続けた。


「……本当ですか? からかわれたりしませんでしたか?」


「……それはあったかな……」


「もー、だと思った! もう次のとこ行こ!」


「まったく……茂部さんも、あまり気にしないでください。ほら、優真兄さん! そろそろ行かないと置いていきますよ!」


「……うん」


 後ろから優真さんの声が聞こえる。少しだけ覇気がない、ような気がする。あんなことがあったのだ、多少は動揺しているだろう。また妙な感情が蘇りそうで、俺は彼の方を振り向けないまま、手を引く楓真へとついて行った。


 ***


「……ええ、あの反応……ええー……?」


 茂部は知らない。後ろを歩く優真が、茂部の反応を思い返し──耳まで朱に染め、淡い恥じらいに胸を震わせて。その場から動くために時間が必要になっていたことを。

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