夏だ!祭りだ!④
沈黙が満ちる。縁日の喧騒がどこか遠く、この一画だけが切り離されてしまったかのようだった。居心地の悪さが生まれる。なんだ、この空気は。
言葉を反芻している、のだろうか。優真さんは目頭を押さえて、逡巡した様子を見せたあと──信じられない、というような怪訝な顔で口を開いた。
「待って。……なんだって?」
「にが、て……? ぼくたちが、もぶさんを?」
いつになく舌っ足らずな口調で、そう言ったかと思うと。
くらり。陽真くんの体が──僅かに傾き、倒れそうになった。
「陽ーっ!!!!!」
「陽真くんーっ!!??」
打って変わって騒然とする。隣にいた優真さんが体を支えてくれたため、倒れることはなかった。ひとまず安心する。どうも陽真くんも気を失ったわけではないらしいが──腕の中のその顔は呆然としていて、心ここに在らずといった様子であった。
「ただい……陽真どうしたの!!?」
そうこうしているうちに親友が戻ってきたようだ。頭には可愛らしいキャラクターの面をつけている。明るい笑顔はすぐに影を潜め、尋常ではない状況に目を白黒させて。
とにもかくにも、俺たちは──お祭りの賑やかさから一旦距離を取り、話し合うことになったのだった。
***
「……ええと、じゃあ。ちょっと、状況を整理しようか」
祭り騒ぎから少し離れた、静寂が満ちる路地で。神妙な面持ちで、楓真が口を開く。いや──楓真だけではない。皆揃って神妙な面持ちだった。
「……優真兄さんと、陽真が……茂部くんのこと苦手だと思ってた? ……本当に?」
告げられた言葉へ、おずおずと頷く。否定のしようも無い。すると、楓真はとうとう頭を抱えてしまった。本当にごめん。
「な、なん……なんでそこまで……?」
「う、それは……会ったばかりの最初の頃とか特にだったけど、警戒されてたみたいだし……」
優真さんと陽真くんの顔に影がさす。あ、しまった。ふたりを責めるような口調になってしまった。後悔したがもう遅く、ふたりの元気が目に見えてよりいっそう無くなった。
「……そうだね。それは、その通りだね。ごめん、茂部くん……」
「……僕も、失礼なことをしました。今までろくに謝罪もせず、すみません……」
「あ、いや違くて、責めてるわけじゃなくて!! そりゃ可愛い兄弟だから警戒するのもわかりますし、俺だって同じ立場だったらそうしてましたから!」
手を振って、焦りとともに弁解する。心から申し訳なさそうな表情を浮かべるふたりに、胸が痛んだ。そんな顔は見たくない。元はと言えば俺だって、変な勘違いを引きずったままでいたのだ。
「……だけど!」
陽真くんが突然声を張る。つい肩が跳ねた。
「わかってました。なかなか鈍感な人とは思ってました。けど……思ってましたけど……!!」
ここまで取り乱した陽真くんを初めて見るようなきがする。……鈍感だと思われてたんだ。……実際、その通りだったようだから何も言い返せない。
「……え、じゃあちょっとまって。俺が前に卵焼き食べたいって言ったのは? どういう意味だと思ってた……?」
恐る恐る、優真さんが声を発する。それは。……それは。上手い理由も思いつかず、俺は馬鹿正直に口を開くことしか出来なかった。
「……楓真に変なものを食べさせてないかの、確認かと……」
「……さすがに俺も、心が折れそうかも……」
うう、と胸を押さえた優真さんがか細い声を出す。
「ここまでくると兄さんが気の毒だな……」
「うわ、あああ、すみません!!」
哀れみを込めた視線を楓真が投げる。茂部くんは悪くないから気にしないで、と言いながら楓真が肩を叩いくれたが、そういうわけにもいかない。優真さんも陽真くんも酷く落ち込んでしまった。
この状況をどうしたものか、焦る自分とともに──ふと、実感する。
だけど。そうか。俺は、嫌われていなかったんだ。そう思うと──安堵と、妙にむず痒い気持ちがじんわりと広がって。
「……へへ、」
だらしなく口角が上がり、笑いが漏れる。突然笑った俺を不審に思ったのだろう、きょとんとした三対の瞳が向けられた。
「あ、すみません……嬉しくて、つい」
「……嬉しい?」
「嫌われてるの、俺の勘違いだったんだ、って。仲良くできてるのかな、だったらいいな、ってずっと思ってたんです」
よかった。
安堵とともに笑って呟く。照れくさい。だけど、これが俺の本心だった。恥じらいを滲ませながら、頬を掻く。すると三人は──なぜか、ふるふると震えだした。
やばい。嬉しさのあまり、だいぶ恥ずかしいことを口走ってしまった。弁解の言葉も浮かばないまま、口を開こうとしたそのとき──
「……可愛いっ!!」
「……かわいい……!」
優真さんと陽真くんにがばりと抱きしめられる。急速に近づいた距離に、一瞬息の仕方を忘れた。可愛いって、もしかしなくても俺のことか。こんなぱっとしない男なんかが可愛いわけがないのに。
思考回路がショートしそうになりながら、声をなんとか絞り出す。
「うお、あの、ちょっと……!」
「……今のは、ずるいよ。茂部くん……」
「なにが!?」
傍で立ったままの楓真が、口元を押えてそう言った。
きゅう、と強く抱きしめられたまま。優真さんがふと声を発する。
「これからは、もっとちゃんと言葉にするから。俺たちがどう思ってるのか、誤解しないように伝えるからね」
「僕も……照れてあまり言えなかったけれど、これからは頑張りますから。だから……嫌ってなんかいないって、どうかわかってくれませんか」
ふたりが、縋るような声色でそう言うから。俺は、心がじんと温かくなって。そっと、彼らの体に腕を回して抱き返した。
「……大丈夫、です。こうして教えてくれただけで、よくわかりましたから。これからも、俺なんかと関わってくれるなら、嬉しいです」
「当たり前だよ。ね、兄さん、陽真?」
促した楓真に、うん、とふたりが頷く。なんだか幼い子どものようで、とうとう噴き出してしまう。
「ほら、いい加減お祭り戻ろ。花火だってまだあるんだから!」
「あ、そっか。打ち上げ花火あったな、そういや」
二年に一度、だっただろうか。そのくらいの頻度で花火を盛大に打ち上げることになっていて、今年はその年だったのだ。見逃してしまったら損だ。
するりとふたりが離れていく。しかし、まっすぐ俺を見据えたかと思うと。口角をゆるりとあげて、よく似た笑みを浮かべた。
「じゃあ。……これからしっかりアピールするから、改めて、よろしくね。茂部くん」
「よろしくお願いします。茂部さん」
ふたりの笑顔は、薄暗い路地の中でもはっきりわかるほど──絵画のように綺麗な笑みだった。俺はなぜか。それに、危機感のようなものを覚えて。
「……よろしく、お願いします……?」
……アピールって、普通の友人、として、だよな? うん、そのはずだ。
もう不安要素は無いはずなのに、危機感を覚えた自分に首を傾げながら。俺はふたりへと笑い返し、揃って大通りへと足を向けたのだった。
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