第8話 湖畔にて・・・
異世界初のヒーローショーを成功させ、俺たちケルシュマン一座は町を出た。
町から町へのドサ周り。
芸人一座の宿命というか、本来の在り方だ。
大衆は娯楽に飢えている。魔王が倒されて平和になった分、尚更だ。
平和に必要なのは、皆の笑顔だと思う。
一座の機材やらテントやら、劇団員を載せた馬車が全部で6台。結構な大所帯。
実は結構儲かってたんじゃないか、俺が来る前から。
馬車って呼んでるが、引いてるのは大きさも馬によく似たドラゴン。飛んだり、火を噴いたりせず、草食の大人しい種類とのことだ。
見かけは子供の頃に図鑑で見た、ブロントサウルス?だっけ?あれを小さくしたような感じだ。
結構人懐っこいので、最初のうちは未知の生物相手に、恐る恐る世話していたが、今は可愛いと思っている。頭を寄せてきて、スリスリしたり、顔を舐めてきたりする。トカゲをペットにして愛でるってのはこういう気持ちなのか、とも思う。
草食だから、餌としてに見られてはいないと信じる。
「そういや、今までいた町の名前、知らんなぁ」
先頭を行く馬車の荷台の中は、半分が荷物。もう半分に俺とメルとカーラ。御者は座長がやっている。
「ユウ、バカなの?」
「なあ、メルさんや。お前さんが教えてくれなきゃ、こっちのこと、判らんに決まっとろうが、この邪教徒!」
「邪教徒邪教徒言うな!最近みんなから尊敬の念が薄れてる気がするの、ユウのせいだからね!」
「信仰が薄れているのを人のせいにすんな。威厳をもって示せよ、んなもん」
「んなもん扱いしてる時点で、あんたのせいなのよ!」
「きさまら、くそやかましい!痴話喧嘩するなら、降ろして歩かせるぞ!」
と、座長に叱られた。
痴話喧嘩でも何でもないんだが、座長の余計な一言で、カーラの瞳が嫉妬に燃えているのが問題だ。
半日も進むと、大きな湖の湖畔に出た。
馬車って言うか竜車の速度が、頑張ってママチャリ漕いだ位に感じたので時速20Km弱?多分、前の町から100Kmくらいの距離は来てる気がする。
あんまり距離考えても意味ないけどな。
「今日はここで一泊だ。てめえら、準備しろ!」
座長の号令が飛ぶ中、皆、テキパキと必要な荷物を下ろし、準備を始める。
俺は勝手がよくわからないので、ザムドやマクセルの指示に従って、荷物を下ろしたり、広げたりするだけ。
今回の移動の間に覚えなきゃならんよな。
「さあさ、夕飯を捕ってきてくださいませ」
ネーベラの指示で俺とデニガンとマクセルは湖に釣りに。
カーラとアロンとルリハは森へ狩りに。
ザムドとレイガと座長は警備兼、引き続きの設営。
ネーベラは手持ちの食材で既に調理を始めている。メルは湖に繋がってる川に行き洗濯だ。
なんか昔話の冒頭のようだ。
「ルリハの姐御は、やっぱ弓矢が得意なんだ」
「まぁ、エルフの血は流れてるから、元々ね。それにしても、姐御呼び止めろって言ったよね、アロン」
「えー、姐御はいかにも姐御って感じだから、姐御でいいじゃん」
「イメージが悪いのよ、あたいのイメージが」
「えー?ザムド兄貴に対して?」
「な、なんで、そこでザムドが出てくんのよ」
「え?メルが言ってたぜ。ルリハはザムドが気になってるから、邪魔しちゃダメよって」
「…(すでにそれが邪魔なんだけど)…メ、メルもいらんこと言うのね、さすがエルフ」
そこへ、何か探しに行っていたカーラが戻ってきた。
「ルリハ、顔赤いけど大丈夫?」
「へ、あ、だいじょぶだいじょぶ」
「あのさ、この先でワイルドボアが泥浴びしてんの見つけたんだけど、手伝ってくれる?」
「えぇ、もちろん。案内して」
「おいらは山菜摘んでるね。姉ちゃん、姐御、頑張って」
「まったくもう」
「ほら、ルリハ、適材適所ってやつ?行こ」
カーラとルリハがソロリソロリと進んでいくと、ワイルドボアは泥の中でのんびり寝ていた。
「気の抜けたヤツね」
「でもチャンス。こっちに腹向けてるし。で、どうするの?」
「あたしが喉。ルリハが心臓」
「了解」
「肋骨に当たるとノーダメージで突っ込んでくるよ」
「わかってるわかってる。隙間狙うからだいじょぶ。あたいの腕を信じなって」
「その言い方、信頼度低っ」
「うるさい。いくよ」
「りょーかい」
結果。
矢を射た瞬間にワイルドボアが寝返りを打ち、結果、矢は背中で跳ね返され、あまつさえ、怒ったワイルドボアに追いかけられる羽目に。
「ザムドの兄貴ぃ~」
と大声で叫びながら、アロンが駆け戻ってきた。
「どうした!」
「姉ちゃんと姐御がワイルドボアに追っかけられて!」
「案内しろ!」
と、剣を携え走っていくザムド。
「ザムド!こっち!連れてこい!われ、倒す!」
「了解だレイガ!」
「マクセル?」
「ん?」
「ザムドとレイガって、ホントに強い人?」
「そりゃ、そうさ。あいつらルリハも含めて、元冒険者だぞ。魔王がいなくなって職にあぶれて、ここに流れ着いただけで」
どうりで太刀筋とか、決まってるわけだ。
「強いふりしか出来ない俺と違って…うらやましいこった」
「ま、いつ魔物に殺されるかわからん冒険者の頃よりは、いいとは思うがね」
「あぁ、そっか、俺、そういうの気が回らんな。よくない」
「漂流者だから、仕方ないだろ。少しずつ馴染むしかないんだよ、こっちの世界に」
「…ほんと、マクセルって酒飲んでるとシャッキっとしてるよな」
「当たり前だ。燃料だぞ、酒は」
「そういう種族なのか?」
「人間だよ俺は。ドワーフじゃない」
「そのドワーフたるデニガンが呑んでるところ、見たことないが」
「あいつは特殊。下戸のドワーフなんだよ。だから延々と若いのかもな」
「どんな設定だよ!っと…」
よし、晩のおかず一匹目をゲット。まだまだ釣らなきゃ全然ゃ足りない大所帯だぞっと。
地響きとともに、両脇にカーラとルリハを抱えたザムドが何かに追われて走りこんできた。あぁ、あれがワイルドボアか、要は軽自動車くらいのデカい猪なんだな。
うん、あんなのに追われたくないし、相対したくない。
「頼む!」
「おぅ!」
すばやく横にどいたザムドの後を追ってきたワイルドボアに、レイガが立ちふさがり、身体を半回転させるや、尻尾で強烈なビンタ。
吹っ飛ぶワイルドボア。
そのまま動かなくなった。
「ザムド!」
「おぅ!」
カーラとルリハを降ろしたザムドがワイルドボアに飛び掛かり、首筋に剣を突き立てた。
ビクンっと痙攣し、息絶えるワイルドボア。
生々しい…いや、俺は結構大丈夫なんだけど、狩りをして、獲物の息の根を止める、なんて、元の世界でも猟でもしてなきゃ、経験しないし。魚釣りなんか目じゃないな。
感動とかじゃないけど、心打たれた感。
「ネーベラ!後は頼めるか?」
血の付いた剣を持ったまま、ザムドが声をかけた。
「はいはい、片付けておきますね」
ネーベラも、さも当然といった反応。
「こういうの、初めてか、ユウ?」
とマクセルに肩を叩かれた。
「まぁ、な」
「ビビったりはして無いようで安心したぞ」
「狩って食べる。知識としてはあったし、さも当然だと思ってるし…ザムドとレイガの実際の強さを目の当たりにした驚き、さ」
「勇者ほどじゃないが、それなりに上の等級のはずだ、あいつらは」
「もう、偉そうに指示できなくなるなぁ」
「芝居はユウの方が上だ。存分にご指導してやれよ」
「そう、ありたいね」
で、ずーっとデニガンが静かなんだが…あ、寝てる。この騒ぎの中で。一番大物なのかもしれん。っていうか、釣りしろよ…
座長は出張ってこなかったけど、と辺りを見回すと、テントの設営やってた。
「おい、ネーベラ、ワイルドボアの牙だけ先に折らせてもらうぞ」
「好きにしてくださいまし」
なんてやり取りしてる。
「マクセル、牙なんてどうすんだ?加工すんの?」
「アクセサリーとかに加工できるぞ。座長は売っぱらう気満々だと思うが」
「高いのか?」
ワイルドボアの下顎から生えている2本の牙。大きさ的にはカーラの二の腕くらいか。
「うーん、あの牙、先が欠けててきれいじゃないから、そんなに高くはないと思うぞ。適度にばらして、アクセサリーの材料にしかならんよ」
「そんなら、デニガンに加工させて、売りゃいいかもな。ちょっと、座長に相談してくる」
「デニガンにも聞いてやれよ。怒るぞ、こいつ」
「寝てる方が悪い」
「あとで、デニガンに文句言われるのは、お前さんだから良いが…」
「座長!そのワイルドボアの牙、デニガンに加工させて、次の巡業で売りたいんだが」
すると、座長は大きくため息をついた。
「なぁ、ユウ。先にデニガンの承諾を取れ。うちの小道具担当はあいつしかいないんだ。あまり負担を増やすな。次も例の売り物作んなきゃいけないんだろ?」
珍しく、座長が高圧的でない!
まぁ、そんだけ、貴重な戦力なのは、俺にだってわかってる。
「マクセルが、牙の状態が悪いから、そんなに高く売れないだろうって言ってたから、さ。有効活用の提案ってやつだ」
「ふぅ、とりあえず、デニガンに頼むは待て。その前に、今回の狩りに失敗しやがった、あのグラスウォーカー姉弟に、この程度の細工物が出来ないのか確認しろ」
「え?あいつら、手先器用なのか?」
「知らん。だから確認しろと言っている。芝居以外は役立たず、じゃ困るんだよ、保護者くん」
保護者って…イヤだなぁ。特にアロンの。
「はいはい、働かざるもの食うべからずってやつだな。あんがとよ、座長」
「お前は、もう少し敬意ってものを覚えるべきなんだがな」
「余裕があったら」
この世界での敬意なんざ、最初に邪教集団に関わったせいで、どっか行っちまってる。
別に座長をおちょくるのが目的ではないし、逆にまずいので、俺はさっさと退散し、ぐったりしているカーラの元へ。
「生きてるか?」
「あ、ユウ、心配してくれるの?嬉しい」
カーラはガバっと跳ね起きて、抱き着いてきた。
この恋愛脳ウサギめ。
「なぁ、お前とか、バカロンは、アクセサリー作りとか、できるか?」
「バカロンは流石に可哀そうだからやめて」
「あぁ、んじゃ、あのバカ」
「ならいい」
いいんかい。
「で、えっと、アクセサリー?旅すがら、獲物の骨とか使って作ることは、あるよ。あたしより、バカの方が得意だけど」
「え?」
「あの子、一旦集中するとすごいから、細工物結構得意なんだよ」
「そうかそうか、良いことを聞いた。安心してデニガンの工房に叩き込めるな」
「アロンに細工仕事させるの?」
「あぁ。正直、今回の狩りでお前たちが失敗したのが、座長の気に障ってるらしい。他のことやらせて、役に立つこと見せないと」
「でも、アロンは野草摘みが本来の得意だし、なんかやらなきゃいけないのは、あたしの…」
「座長にとっちゃ、姉弟まとめての扱いだ。あいつががんばりゃ、カーラ、お前の評価も上がるんだ」
「なんか、あんまり、嬉しくない」
ふーん、ちゃんとプライドはあるようだ。
「なら、狩りと芝居を頑張れ。カーラがこの劇団に必要不可欠な存在だって、座長の脳みそに叩き込んでやろうぜ」
「う、うん。やろうぜって、ユウも手伝ってくれるの?」
「俺はお前らの保護者らしいからな。連帯責任があるっぽい」
「わかった。頑張る」
なんか、カーラが俺の胸に顔を擦りつけながら、ニヘラニヘラと笑い始めた。
いらん勘違いしてる気がするが、とりあえず、やる気が出たならいいか。もう、めんどくせぇ。
吸盤でも備えているかの如く、俺から離れないカーラを無理矢理引っぺがし、湖で顔を洗っているバカの方へ。
後ろから蹴っ飛ばしたい衝動を抑えて、声をかけた。
「アロン、ちょっといいか」
「う、うん」
「顔拭け」
「あ、あ、あ」
上着の裾で顔を拭き始めるアロン。まぁ、バカだからなぁ。
「何、ユウ?」
「おまえ、細工物が得意だって、カーラから聞いたんだ。間違いないか?」
「姉ちゃんが嘘つくわけないだろ!」
とりあえず殴りたいなぁ。
「ワイルドボアの牙を削って、小さいペンダント飾りを作りたい。出来るか?」
「出来るに決まってるだろ?姉ちゃんが俺の得意を間違えるわけない」
ギリ、言葉が通じるレベルになっちゃってるな、今日のコイツの脳みそ。
「おまえ、今日からデニガンの弟子な。座長の許可は取ってある。デニガンの許可は後で取る」
「わかった」
不安しかない。
「もう、変な芝居しなくていいんだな?」
「変なは余計だし、今まで通り、芝居もやるんだよ」
「え?そんなに出来るかな」
そろそろ血管が切れそうな、その時
「あんたは、ユウの言うこと聞けばいいって言ったでしょ!」
と、カーラがアロンに飛び蹴り。
そりゃ見事に10回くらい、湖の水面を切って跳ねて行った。
「凄いな、おまえ」
「でしょ?」
あまり無い胸を張るカーラ。
「あいつ、泳げるのか?」
「うん、昔何回か池に放り込んだりしてたら、泳げるようになってたよ」
グラスウォーカーって、行動も発想も生命力も全部おかしいんだな。よくわかった。
「ユウよ、魚が逃げちまうから、やめて欲しいんじゃが」
「あれ?今起きたの、デニガン?」
「うるさいんじゃよ、おまえら」
「だってユウが」
「俺のせいにすんな」
やっぱ、姉弟揃って駄目だ。
「とにかく、デニガン。アロンを今日から弟子にしてやってくれ。手先は器用っぽい。座長の許可も取った」
「あ?イヤじゃが?」
そんな気はしたんだ。うん。
「これから、小道具や土産物の製作が増えてく予定なんだ。だから、人手、いるだろ?座長にもデニガンに負担かけすぎんなって釘刺されたんだよ」
「わしゃ、厳しいぞ」
「構わん。俺のことじゃないし」
「あぁ、あのバカか、うん…イヤじゃなぁ」
気持ちはわかるが、可能な限りの適材適所なんだよ…。
「ヒカリムシ集めも、今まで通り手伝うからさ、頼むよデニガぁン」
「わかったわかった、気持ち悪い呼び方するな。やってやるから」
「良かった!んじゃ、あいつ頼むぜ!カーラ、ちょっと一緒に来い」
「おい、ユウ!」
デニガンは承諾したものとみなし、俺はその場から…逃げた。
「なになに、ユウ。あっちの草陰で?いよいよ?」
この発情ウサギは何を期待しているのか?
「座長からワイルドボアの牙をもらって、アロンに渡せ。頼むぞ」
「え?え?ユウは?」
「俺はメルに話がある」
「メルとするくらいなら、あたしとしよ」
「誤解を招きかねない言い方すんな。とにかく、言われた仕事しろ」
「わかったよ、ふん、ユウのイジワル!」
「意地悪してねぇよ!いいからワイルドボアの牙を受け渡ししたら、バカに、おまえは細工も芝居も両方できる、って暗示かけとけ」
めんどうくさいMAX状態。
川沿いを歩いていると、洗濯を終えたメルを見つけた。
「よぉ、ここにいたか」
「どうしたの?なんか騒がしかったけど」
「狩り組がワイルドボアを仕留めそこなって、乱入してきたんで、ザムドとレイガが仕留めた」
「なるほど。で、ユウは何の用なの?」
「いや、ま、用っていうか」
「え?二人っきりになれるの待ってたとか?」
「おまえといい、カーラといい、発情は抑えろ」
「エルフは発情なんかしないわよ、失礼ね。ウサギ娘と一緒にしないで」
発情しないの真偽は置いておいて、
「いやな、もうちょっとだな、この世界のことを細かく教えてほしくてな。最近、その授業がおざなりだったから」
「結構馴染んでるから、大丈夫かと思ってた」
「そういうとこが、いい加減なんだよ、邪教集団は」
「今度邪教って言ったら、教えないわよ」
「じゃ、マクセルやザムドに聞くわ。邪魔したな」
俺は、メルに背を向け歩き始めた。
「ちょちょちょ、あっさり受け入れんじゃないわよ!」
「なんなんだよ、もう」
「ほら、わたしもバードゥ教の司祭として、やることやらないと、バードゥ様に怒られちゃうかな、って」
「ちょっと怒られる程度なのか。優しい邪神だな」
「…不敬は許すから、わたしに教わりなさい」
お勤めさぼってるだけだもんな。必死だよな。
「わかったよ。教わってやるから、ちゃんとしろよ」
「そ、そう。ちゃんとしてあげるから、教わりなさい!いいわね!…あれ?」
「はいはい、頼んだぜ」
と、なんだかツンデレしてるエルフを置いて、俺はダッシュでその場を離れた。
教わるからには、きちんと、俺が上の立場じゃないとな。
もう魚釣れないだろうな…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます