第6話 準備は進むよ、どこまでも
俺はザムド、レイガ、ルリハを呼び出した。
「いよいよ本番稽古ってとこか、ユウ」
さすが主演俳優ザムド様だ。話が早い。
「大まかなストーリーは、囚われの姫を探す勇者。その行く手を阻む魔神。そして姫を捕らえた魔物たち。勇者は魔物と魔神を倒し、姫を奪還。魔王討伐の旅は続く。そんな感じで」
「見どころがあってわかりやすい。子供も喜ぶだろうな」
「そう、それさ」
俺はビシッとザムドを指さす。
「勧善懲悪。細かい設定よりも、わかりやすいキャラクター配置。そして、派手な動き。子供たちの目をくぎ付けにするコツだ」
「たのし、そう、だな、ユウ」
腕組みをしつつ、俺を優しい目で見つめるレイガ。リザードマンの目が優しくなることがあるのかよくわからないが、そんな気がしたんだ。
「ホント、ここに来たばかりの時なんて、いつ座長を殺すのか気が気じゃなかったし」
「おい、そこまで卑屈になってないぞ、俺」
「そう?」
ルリハはケラケラ笑った。
そこへカーラとメルが、二人してアロンの腕を引っ張って引きずりながらやってきた。
「練習の登場にインパクトは、いらないぞ、アロン」
「別にインパクト狙ってないって!もう少し寝かせてくれって頼んだら、こうなっただけだよ!」
「レイガ、アロンの耳、おやつにしていいぜ」
「やーめーろーよー!食わせるなよー!」
「そんな、もの、くわ、ない」
「アロン、とにかく黙れ。集合時間は守れ。いいな」
と、ちょいとばかり殺気を込めて睨んでやった。
「は、はい」
よし、今回はカーラの体罰なしにわからせた…はずだ。
そこにマクセルが酒瓶片手に登場。
多少酔ってる方が調子が良さそうなので、指摘はしない。
「よぉ、ユウ。俺ぁ、見ながら合いそうな曲を弾けばいいのか?」
「そういうこった。流れは掴んでた方がいいと思って呼んだ」
「おぅ、そうか。んじゃ楽器取ってくらぁ」
呑み過ぎのようだ…まぁ、いいだろ。
まずはセリフと動きを教えながら一公演分を流す。
「メル。最初はお前の出番だ」
「はいはい」
と、ちんたら動き出すので
「おい、動きはきびきびとしろ。客はまず、お前を見る。だらけんな」
「ご、ごめんなさい」
「いいか、始めるぞ」
「はい」
「俺が、最初に影から、これから芝居が始まることを客に案内する。そうしたら、お前の出番だ。真ん中まで元気よく走って出てこい」
「わ、わかった」
「さぁ、これから英雄物語の始まりだ!と、こんな感じで言うから、走れメル」
舞台と言っても何もない。ただの空いたスペースに過ぎない。だが、俺たちはそこで観客に夢を見せる。
「メル、真ん中まで来たら、みなさーん、こんにちわー!って叫べ」
「みなさーん、こんにちわー!」
まだ声が小さいが、そこは練習を重ねるしかない。
「当然、客からの反応は薄い」
「薄いの?」
「突然、挨拶されても困るだろ?」
「そりゃ…じゃあ、させないでよ」
「うるさい。そこで、あれぇ?みんな元気がないぞぉ。もう一回行くよ、こんにちわー!」
とりあえず、指示通り言うメル。
「ここで、ノリのいい子供は乗ってくる。そうしたら、あれあれ?まだまだ元気がないよ!こんにちわー!」
「こんにちわー!って、これで大丈夫なの?」
「子供はな、大きな声出したいんだよ」
「偏見じゃないの?」
「うるさい!このまま続けるぞ」
そこからは、アクションシーンへとなだれ込んでいく。
「なぁ、ユウ。そんな間合いから外れた動き?な剣戟でいいのか?」
という、ザムドの問いに。
「そっか、ザムド、客席側から見ててくれ。カーラ、ちょっとザムドの代わりをやってくれ。だいたいわかるだろ?」
「うん」
「上等」
で、アクションをザムドに見せる。
「なるほど、客から見ると攻撃が当たって見えるのか。面白い」
「ザムドの間合い感覚も大事だが、俺らのやられ方で、迫力は変わる」
「あと、ほんの少し、恐れずに間合いを詰められれば違うな。わかった」
呑み込みが早くてほんとに助かる。
「もし、攻撃がホントに当たっても、気にせずに芝居は続行してくれ。流れさえ止まらなければ、いくらでもリカバリー出来る」
「そのための、この当たっても痛くない剣ってわけか」
「まぁ、な」
中に芯は入っているので、痛くないわけではないが、秘密。
そして前半のアクションを終え、ここからがある意味本番。
「よし、カーラ、アロン、ここからは幕間。お遊びと呼んでいる客いじりの時間だ」
「「???」」
だよな。意味わかんないよな。
「観客の子供を数名、こっち側に連れてきて、簡単なお遊戯をして、お土産持たせて帰す。大雑把に言えば、そんなところだ」
「ユウ、なんで、お土産まで渡すの?」
「今後への布石と、選ばれなかった子供たちのお土産購買欲を刺激する。それと主役の休憩も兼ねている」
「ふぅーん」
「いまいち納得いかないかもだが、やっていくうちに感じるようになる。ま、俺を信じろ」
「それは大丈夫。愛してるもん」
「はいはい。アロン、理解できなくてもいい。俺の指示通りに動け。いいな」
「わ、わかった」
「よし勇者ザムドが引っ込んだら、入れ替わりに俺たちが出る」
のこのこと俺の後に付いてくるカーラとアロン。
「実際は色々喋ったり、お前らを弄ったりするかもだが、そこは飛ばす」
「え?やってくんなきゃ覚えらんないぞ」
「覚えらんないくせに、おまえは…とにかく、その場の空気でやること変わるんだよ。ここからはほぼアドリブだ」
「そうなんだ」
ボケーっとしたリアクションに殴りたくなるが、こういうキャラだからしょうがない。本番を覚えておけ、アロン。
「今日は子供いないから、カーラ、メルを攫って」
「ちょちょちょ、わたし?」
「胸はそこらの子供とサイズ変わんねえだろ。いいから、攫われろ」
「この男にバードゥ様の呪いがありますように」
やっぱ、邪神だな。
で、一通りお遊びタイムを実行。
「く、屈辱よ。こんなことさせられるなんて」
「人聞きが悪いんだよ。子供相手のお遊戯だぞ」
「呪い呪い呪い」
「カーラ、怖いから退場してもらって」
「ほらほらメル。いったん下がろうね」
カーラがメルを押して下がらせたので、後半戦に移る。
「ここから最終決戦に入る。レイガ、俺が仰々しく呼ぶから、ルリハを連れて出てきてくれ」
「ようや、く、でばん」
「さて、魔物軍団が舞台に揃ったら、駆けつけるザムド。ルリハ姫を奪還して、二人して魔物軍団を退ける。そういう流れで行く」
「え?あたいも戦うの?」
「助けられるだけじゃ、目立たなすぎだからな。見せ場は多い方がいい」
「よぉし魅せちゃうか。うん」
邪な雰囲気を感じたが、無視しよう。
そして最後までアクションを教え、3回ほど通してやって、問題ないと俺は判断した。
実際、衣装を着けて、客前で芝居をするのは練習とは空気が異なり、動きも制限されたりする。
よし、練習は終了。
…マクセル、酒瓶抱きしめて寝てやがる。そういえば、練習中、一回も曲が聞こえてこなかったしな。
まぁいいや。
それじゃ、販売物の確認に行くか。
まずはデニガンのところだ。
「デニガーン、ひま?」
とテントの中に入ると、
「ユウか。わしは暇だったことなどないぞ。常に忙しく技術の研鑽を重ねるのが使命じゃからな」
と、お約束のやり取り。
「おぅ。おもちゃの剣と手ぬぐい、出来てるか?」
「もちろんじゃ。とりあえず、剣を30本。手ぬぐいが50枚出来ておる」
「すげぇな。流石はデニガンだ」
「ユウもヒカリムシ集めを頑張ったしの」
うん、結局メルに逃げられて、俺が集めたんだ。
これで英雄ザムド変身セットの完成だ。
「あと、ほれ」
と紙切れをデニガンが差し出してきた?
「なに?」
「請求書じゃ。儂が立て替えた材料費、払え」
「わかった。売れたら、そっから払うように座長に言っておく」
そりゃ原価無料ってわけには、いかんわな。
「頼むぞ」
「現物は後でアロンにでも取りに来させる」
「おぅ」
さて、ネーベラにも。
「ネーベラ、タロム水飴とタカパンは?」
「まったく、おやつをねだる子供のようですわね、ユウは」
実際、お願いしてるわけだから、あながち間違いじゃないが。
「タカパンには、ほんの少し塩を振って、飴の甘みを際立たせることに成功しました。ちょっと、お味見をしてみてくださいな」
で、実食!
「なるほど、こりゃイイな。確かに飴だけより甘く感じるし、子供の腹持ちもよさそうだ。すごいぜネーベラ」
「凄いのはユウですわ。わたくしには思いつかなかった組み合わせですもの」
元ネタがあることは内緒にしておこう。異世界だし。
「これが好評で売れれば、包む果実を何種類かに増やして、色とりどりにして、子供たちを悩ませたい。どれにしようか?全部買ってもらおうか?ってな」
「お子さんがお好きなんですのね?」
「そうだな。俺にとっての一番のお客様だ。喜ばせたいと思う」
怖がらせて泣かせるのも醍醐味、とは口に出さない。実際、ヒーローショーは子供たち=小さなお友達によって支えられるべきものなのだから。財布は親のだけどな。
「あとな、売る役目もネーベラにお願いしたいんだ」
「え?でも、わたくし、こんな見た目ですし、子供たちが怖がってしまうから…」
やはり、オークハーフで大柄である自分を気にしているのか。
「ネーベラは美人さんだし、大丈夫だと思うぞ」
「び、美人って、ユウ…」
「子供相手の基本はな、目線を合わせるんだ
」
一々ネーベラの体格には触れないよう、必要なことだけを話す。元の世界じゃ散々セクハラだのなんだの…まぁいいか。
「目線を?」
「そう。上から見下ろさずに、正面から見てやるんだ。だから、地べたに座る感じで売るのがいいかもな。うん、デニガンにそれ用に低いテーブルみたいなもんを作ってもらおう」
「え?あ、あ、あ」
「なぁ、ネーベラ。ネーベラは子供、好きか?」
「あ、えぇ。好きですわ」
「自分で作ったものを自分で売って、その場でそれを食べた子供たちの反応を見る。どう思う?」
「と、とても素敵な…得難い経験になる、と思いますけど」
「なら、やってみようぜ。いっつも裏方で俺たちの食事を作ってくれてることには感謝してる。マジで美味いしな。だからこそ、新鮮な経験、良いことだと、俺は思う。一座の仲間として、何より料理人として、な」
ネーベラの瞳に光るものがあった。
「ユウ。背中を押していただいたこと、感謝いたしますわ。お菓子売り、やらせていただきます」
「おぅ!」
さて、座長と話詰めなきゃな。
俺は座長のケルシュマンのテントへと向かった。
「というわけだ、座長。何か問題はあるか?」
「別に文句はないが、随分と自信があるんだな、おまえは」
「もう走り出しちまったからな。立ち止まる方がこけやすい」
「ぬかしやがるな。あとは集客方法だ。いきなり、お前の考える芝居をやったところで、その場に偶々いた子供しか喜ばんぞ」
「朝にパレードやるのさ。町中を衣装を着て練り歩きながら、宣伝。どうだ?」
「知るかよ。まぁ、やってみろ」
「よぉし、許可はもらえたってことだな」
「別に俺の許可を取らずとも進めちまえば…失敗したとき、お前を攻めやすくて助かったんだが」
「どんな悪徳な発想だよ。あのな、俺は座長であるアンタを蔑ろにする気は無いんだぜ」
「義理堅いこった。わかったから、準備進めやがれ」
「あいよ」
俺はテントを出た。座長は悪人ではない。自分の一座を守るために当然の対応、反応をしているだけだ。改革を進めようとする俺こそ異分子だ。だが、ここで改革しなきゃ、この一座は何も秀でるものがなく、いつか終焉を迎える。俺は、この世界に足跡を…一太刀浴びせたい。一つの文化を根付かせたい。それが、俺がここに来た意味…とでも思わなきゃ、悲しいだろ。
さぁ、明日は新たな幕が開くとき、だ。
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