第4話 ネタを探すは漂流者の使命

皆を口説き落とせたと思ったら、雨が続く日々。全天候型シアターなんざ夢のまた夢の旅芸人一座。雨の日はお休みだ。

午前中は、ザムド、レイガ、ルリハとアクション練習。基本的な立ち回りを付けて、それを覚えてもらう。

流石はケルシュマン一座の役者陣。覚えはいいし、ザムドは午前中だけで、バク転と背落ち(斬られたりしたときのリアクションで前方宙返りのようなアクション。ただしやられた際のリアクションなので背中から地面に落ちる。衝撃は足や腕を地面に叩きつける受け身の要領で吸収)を覚えやがった。

レイガは尾があるので両方難しそうなので、横回転、いうなれば錐揉み回転を教えた。尾で上手く勢いをつけるのか、見栄えのある回転をしてくれる。

ルリハはお姫様役だから大人しくしてればいいといったのだが、何かのけ者扱いに感じたのか、バク転、背落ち、錐揉み回転、全部覚えやがった。ダークエルフの血なのか、こいつも運動神経は良い。


と、練習を終え、俺は一人、霧雨の中、町を散策することに。

昨晩、ネーベラが出してくれたタロムの水飴つつみは、ほぼ、あんず飴だった。甘酸っぱい駄な感じの菓子だ。俺的には、甘味が足りない気がしたのだが、こっちの連中にとってはかなり甘いらしい。座長までが喜んで食ってたし。

で、もう一工夫欲しいので、ネタ探しの散策、というわけだ。

乾物屋と思わしき店先に、乾燥した大ぶりのトウモロコシ状の実が山盛りになっていた。

「すまないけど、これって」

「ん?タカの実か?どんだけ欲しい?今なら一盛り30シリンだ」

値段的には良さそうな、気もする。

「こいつを鍋で煎るとどうなるんだ?」

「変なこと聞くな、あんた」

「いや、俺の故郷じゃなかった食い物でさ」

「どんな秘境から来たんだ?まぁいいや。こいつは火を通すと一旦溶ける」

「と、溶ける?」

「そしてさらに火を通すと、溶けたままの形で固まる」

「固まる?」

「そんな風にして作ったのが、これ、タカパン」

と、500円玉くらいの薄っぺらい煎餅状のものを見せてきた。

「タカパン…パンなのか?」

「ま、一つ味見してみな」

この世界の常識的なことを知らない俺を面白がってか、ぐいぐいと勧めてくる。

一つもらって、恐る恐る口にする。

パキっとした食感。味はほとんどしない。かすかな穀物臭程度。

「タカ一粒で、これ一枚に?」

「あぁ、割がいいし、食ったら腹は膨れるが、腹減ったと騒ぐ子供の口に押し込むためのもんだな、こいつは」

使える、はずだ。

「面白ぇ。一盛りくれ」

「おう、毎度」


いいものを手に入れたと、ほくほく顔でさらに通りを歩いていると、前方から叫び声が聞こえたと思ったら、物凄い勢いで俺に向かって走ってくる小柄な人影が。

俺が避ける間もなく、そいつは俺を軽々と跳び越えて行った。

ゆうに高さ2m以上のジャンプをしたことになる。

そして、口々にドロボーだの返せだの喚く一団が通り過ぎて行った。

何か異世界あるあるっぽい展開だ。

しかも関わることが吉凶極端に結果が別れるやつ。

「ねえ、あんた、タカの実、持ってるでしょ?」

と声をかけられた。

声の方を見ると、獣人、だろうか?丸っこい耳が頭部に生えた、見た目は中学生くらいの女の子がいた。

「確かに持ってるが、お嬢ちゃん、鼻が利くね」

「お嬢ちゃん?……」

何か、俺の匂いをかぎ始めた。

「あは、あんた、漂流者か。なるほどなるほど」

漂流者臭でもするの、俺?それよりも

「お嬢ちゃん、つまり、俺以外の漂流者を知ってるってことだな?」

「へぇ」

と、ニヤニヤしながら俺を見るだけの獣人お嬢ちゃん。

「ほれ、タカの実なら、この一袋やるから説明しろ」

「うはっ、気前イイね」

「ただし、話したら、だ」

「う、騙す気?」

「さすがに30シリンをケチるほど、困っちゃいない」

「ふーん、お腹空いたから、ちゃんとした飯も食べたくなっちゃった」

「あー、もうちょっと色気出てから、そういうこと言ってくれたら、即OKなんだが」

と俺が言った途端、獣人お嬢ちゃん、俺を飛び越えて背後を取って、ナイフまで付きつけてきやがった。

「あたしはとっくに成人してる。グラスウォーカーって種族はこういうもんなんだ」

こういうものと言いつつも気にしてらっしゃる。なるほどデニガンみたいなパターンか。

「すまんすまん、なんせ漂流者なんで、こっちの種族に疎くてね。飯なら奢るから、ナイフどけてくれ」

「素直が一番」

と、再び俺を飛び越えて、目の前に来た。

「そういや、さっき俺を飛び越えて逃げて行ったやつはお仲間か?」

「あー、あれね、まぁ、うん」

「その仲間を放っておいて、俺は君に飯を奢っちゃっていいのか?」

「…変な気づかいするね、あんた」

「めんどくせえのが嫌いなだけだ」

「そんだけ?」

「そんだけ」

獣人お嬢ちゃん、腹を抱えて笑い出した。

「ひょ、漂流者だから変なのかと思ったけど、あははは、あんた特別だわ」

なんか失礼なことを言われてる気がする。

「まぁ、いいや、俺の名前はユウだ。君は?」

「あたしはカーラ。さ、飯に行こ!」


町の地理に疎い俺は、カーラに連れられるまま、入り組んだ路地の先にある食堂に入った。不用心かとも思ったが、金を大して持ってるわけでもない、しがない旅芸人なんで、なるようになれって感じだ。

「あ、姉貴、こっちこっち」

と呼びかけてきたのは、さっき俺を跳び越えて逃げて行ったやつ。

「あ、アロン、無事だった?」

「もちろん」

カーラの弟?このロップイヤーな中学生男子もグラスウォーカーってやつか。

「で、姉貴、そいつは?」

「あたしに飯を奢りたい物好きな漂流者」

なんちゅう、紹介を、と思っていたら、弟君から物凄い殺気が。

「てめぇ、おいらの姉ちゃんに手ぇ出そうっていうのか?あ?」

シスコン野郎か、めんどくせぇ。

「俺は飯を食いたいだけで、カーラを食いたいわけじゃねえよ」

「てめぇ、おいらの姉ちゃんに魅力がないってのか?あ?」

やばい。シスコンの上に馬鹿だ。

「カーラ、そろそろ、止めてくれるか?」

カーラはニコリと微笑み、

「アロン、話が進まないから黙ろう、ね?」

「わ、わかった。ね、姉ちゃんがそういうなら、静かにするよ、おいら」

「ふーん、教育が行き届いてるんだな」

「まぁね。アロンって丈夫だし」

丈夫だから何だっていうんだ、怖いな、こいつ。

この世界にまともな女はいないのか?俺の知る一番まともな女がネーベラって、おかしいだろ。

「アロンだっけか、俺はユウ。よろしくな」

「ユウ、おいら、肉が食いたい」

「うん、おまえに奢る約束はしてないぞ。好きに頼んで、自分で払っていいぞ」

「よっしゃあ…って自腹かよ」

「当たり前だ」

「えー、腹減った腹減った」

頭痛くなってきた。

「カーラ、まともに話が進まないから、俺、帰っていい?他の漂流者の件は残念だけど諦めるから」

「ユウ、ごめん、ちょっと待って、ね?」

と、言うや否や、テーブルを跳び越えて、アロンの顔面にそのままキック。後ろに吹っ飛ぶアロンに、サーフボードの如く上に乗り、床を数メートル滑るや否や、胸倉掴んで持ち上げて、床に後頭部から叩きつけた。

「殺したのか?」

「え?なんで大事な弟を殺すのよ?お仕置きして静かにさせただけだよ」

あぁ、これで死なない=丈夫だよな。しかも馬鹿になった原因もここにありそうだ。

「さ、座ってユウ。ここのシチューは絶品なんだよ」

店の人間も慣れているのか、何も言わないし。

嫌な世界だな、ここ。


運ばれてきたシチューと引き換えに代金を払う。

確かに美味そうな香りが鼻をくすぐる。

「さ、食べよう、ユウ。食べながら話してあげるから」

ピクリとも動かないアロンが少しだけ気になるが、まぁ、いいや、めんどくせぇ。

目の前でがっつき始めるカーラ。

とりあえず

「いただきます」

と、一口食べた瞬間、旨味が口の中で爆発した。普段食べているネーベラの料理が高級レストランの味なら、この店のシチューはまさに町の老舗食堂の味。ベクトルの違う美味さだ。

「こいつぁ、ほんとに美味いな、カーラ」

「でしょでしょ?」

「俺のいる旅芸人一座の料理も絶品だが、こいつも絶品だ」

「ユウって、旅芸人してるの?」

「うん、まぁ、邪教集団に騙されてな」

「あ~、バードゥの連中か」

「邪教で通じるとはな」

「あちこち旅してると、色々噂は入ってくるよ。ろくなのないけど」

あいつら、他の人間にも等しく外道なことしてんのか。まじ邪教。

「ねぇ、お代わりしていい?」

カーラの前の皿はいつの間にか空になっていた。

「情報が有益なら、いいぜ」

「えー?ま、しょうがないか」

「俺は奢りたがりじゃないんだぞ」

「わかったわかったよ、もう」

なぜ、仕方ないなぁって態度を取る?

「あくまで、あたしが見聞きした事だけだから、真実とは限らないよ。まず漂流者ってのは、ご存じの通り、この大ガンド帝国の統治する世界とは別の世界から何らかの拍子に来ちゃう人。で、そのお世話をするのがバードゥ教の役割の一つ。ここまではいい?」

「あぁ、俺の知ってることと同じだ」

「漂流者の来る理屈は分からないけど、来る場所は決まってるので、そこに何代か前の皇帝がバードゥ教の教会を建てさせて、保護しやすいようにしたんだ」

初耳だ。

「そんな背景があって、あたしは旅の途中で一人の女性と知り合った。その娘が漂流者だったんだ」

女性の漂流者もいるのか……

「で、その娘、ランって言うんだけど、すっごい踊りが上手な娘でね、あたしとアロンで草笛とか使って曲を演奏して、ランが踊って……大道芸をやって、しばらく稼いで回ってた」

ラン、日本人だろうか?

それにしても……

「なんで、今、ランはいない?」

「それ、聞いちゃう?知りたい?」

「お前ら、何かしたのか?」

「違う違う、そんなんじゃなくて、皇帝の後宮に入ったの。確かにランは美人だったけど、大道芸で踊ってる女の噂なんて、どこをどう巡って中央の皇帝のところまで行ったのか、謎なんだけど」

後宮?要はハーレムってやつか、胸糞悪い。

「騎士や貴族みたいな連中が大層な馬車を仕立ててさ、ランのこと、急にお迎えに来て」

「攫われたのか?」

「違うよ。自分から後宮入りを決めたよ、ランは」

自分から、ハーレムへ?

「根無し草の大道芸人なんか、比べ物にならない贅沢な暮らしができるし、元の世界には戻れないってわかってたし」

「やっぱり戻れないのか?」

「うん、戻った漂流者がいたって話は聞いたことがない」

「戻っちゃったから聞けないだけかもしれないし、俺は諦めねえけどな」

「ふぅん、惚れていい?」

「はぁ?」

「ユウみたいな考え方、ランは結局一度もしなかった。毎日、生きるためだけに踊って、夜は泣いて…そりゃ、後宮の方がマシって思うよね」

その辺のケアもせずにほっぽり出す邪教集団、一体何なのだろう?皇帝の指示を受けているはずなのに、あまりにも中途半端だ。

まぁ、今の俺の状況で、そんなこと考えても無駄なので、思索中止。

「そうなるかもしれないな…俺が能天気なだけかもだが」

「精神が、あたしたちグラスウォーカーに近いのかも?」

「勘弁してくれ」

盗み暴力ありの野蛮種族としか、今は思えない。

「それは侮辱かな?かな?」

「お前らの種族的特性なんざ知らんし、カーラ、お前の実年齢がいくつだろうが、容姿が守備範囲外なんだよ」

「ユウ、あんた、モテないでしょ」

「うるさい」

「必要な情報聞き出せたから、もう用済みってわけ?酷くない?」

「俺は交際する気は無いと言っただけだぞ」

「よぉし、わかった。ユウのいる劇団に入るわ。あたしとアロンで」

「流れが判らん!

俺に惚れる理由も付いてくる意味も、な。」

「いいの。気にしないで。少しずつ、あたしに惚れればいいから」

「それが目的なら、なんでシスコン馬鹿まで一緒なんだよ」

「…シスコン馬鹿だからよ」

「…そこは納得できる」

「とにかく、芝居すれば、美味しいご飯とお給金がもらえるんでしょ?しかも惚れた男付き。どこに逃す手があるのよ」

怖い、グラスウォーカーってストーカーとかヤンデレ気質なのか?

「まあ、入れるかどうかは座長の判断だし、いいや、もう、付いて来い」

「さすが、ユウ!ほら起きて」

と、アロンの頭を蹴飛ばす。

こいつ、一生馬鹿なんだろうな、このせいで。

「あれ、姉ちゃん」

「行くよ、アロン。仕事が手に入りそうだ」

「やった、おいら、泥棒しなくて済むのか?」

途端、カーラの右拳がアロンの左頬をヒット。またぶっ飛んだ。

「痛いよ姉ちゃん」

丈夫過ぎて怖いよ、おまえ。

「うかつなこと言うと、また捕まるよ」

「ごめん、気を付ける」

それにしても、この食堂、これだけの暴力が行使され、犯罪の自白があっても、誰一人騒ぎゃしねぇ。

多分、脛に傷持つやつしかいないんだろう。

帰り道、霧雨はやんでいた。

歩きながらも、しっかり俺の持っていたタカの実をバッグから掏り取って奪いやがったぞ、カーラのやつ。

あぁ、犯罪者連れて行ったら怒られるかなぁ。


渋々と俺はカーラとアロンを連れて、一座のテントに戻り、座長のケルシュマンに二人を引き合わせた。

「普段の芝居なら子役にしか使えねぇのがグラスウォーカーだ。ユウ、こいつらの使い道はあるんだろうな?」

え?俺の責任案件?……まぁ、そうなるか。

「身軽さが売りだからな。使い道はちゃんとある」

探してた雑魚戦闘員役にちょうどいい。レイガとの身長差も、レイガを際立たせるのに役に立つだろう。

って、瞬時に思い付いた俺を誉めてほしい。

「役者を増やすってことは出ていく金も増えるってことだ。そこも織り込めよ」

「もちろん、うん、なんとかするさ」

もっと売りもの考えなきゃ、だな。

「それと、寝泊りはユウ、お前のテントで引き受けろ」

「え?」

「もう余分がねえんだよ。わかんだろ?」

カーラがうつむいたまま、ニンマリと笑ってるのが判る。

よし、カーラはメルに押し付けよう。

馬鹿の面倒、見るのは嫌だが仕方がない。


で、なんだか、メルが留守なので、とりあえず俺のテントに二人を連れて行き、これまでの経緯を話したってわけだ。

「って流れだ。もういいだろ」

「ユウ、あんたのことはよーくわかったよ。絶対、あたしに惚れさせてやる」

「それはともかく、きちんと俺の言うこと聞いて、手伝ってくれよ。そうじゃなきゃ、放り出さなきゃいかんから」

「おいらと姉ちゃんが路頭に迷ってもいいってのか、ユウ!おまえ、酷いやつだ!」

「カーラ、このままだと、俺のお前らに対する心象が悪くなるだけだぞ」

カーラは無言でアロンにアッパーカットを決めて吹っ飛ばした。

「とりあえず、ありがと、ユウ。あたしたち頑張るから」

と、白目をむいて床に倒れているアロンを尻目に、カーラが俺に抱き着いてきた。

心がけは良さそうなんだが、うーん、つるぺったんだなぁ。

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