第2話 演じるぜ!止めてみな!

邪教集団に旅芸人一座に売り飛ばされて、早1ヶ月。

当のケルシュマン一座は俺の支配下に入った。

特に暴力的な手段(細身エルフ)を使わず、実力=異世界のエンタメパワーで、古臭い英雄譚をちんたらやっているより、アクション満載で笑いも含めた勧善懲悪ヒーローものに、ネタを変えて見せてやっただけだ。

俺がまず、メルに仕込み、まずは二人でゲリラ的に一幕演じたところ、観客たちが異常に盛り上がったという流れだ。


「ユウ、それじゃわかんないよ。もっとちゃんと教えてよ」

と、俺の横から文句が聞こえてきたので、仕方がない、もうちょい細かく説明しよう。


この一座には演奏や歌担当の吟遊詩人マクセルというおっさんがいた。

芝居の本番では、滔々と勇者の偉業、戦いぶりを歌い上げ、それに合わせて、役者が動く。

観客はそれを見て興奮したり、すすり泣いたりする。

正直、それは芝居じゃない、マクセルの歌の力。

ただ、本番以外はずっと酒をちびちび飲んでるようなダメ人間なのが珠に傷だ。

そこで俺はマクセルに異世界=日本の特撮ソングを歌って聞かせた。

「なんなんだ、その魂を鼓舞するようなリズムと歌詞は。俺の知らん歌だ」

基本、吟遊詩人なんてものは、見聞きしたものを歌にして、皆に伝える好奇心の強い即興芸人だ。そんな奴に、未知のリズム、未知の歌を聴かせてやれば、食いつくのも必然。

「マクセルのおっさん、俺は、俺の知る限りの歌を、あんたに伝えたい。あんたは、それを演奏して歌えるか?」

「もちろんだ。俺に歌えない歌は無い」

「わかった。俺はこれらの歌をバックに芝居がしたい。子供から大人まで、心を熱くたぎらせる英雄譚を演じたい。手伝ってくれるか?」

「ユウ。面白いじゃねえか。いいだろう!やってやらんでもないぞ」

「なぜ、その勢いで条件を付ける流れになる?」

「座長に反旗を翻すような真似だろ?普通なんか条件付くだろ?」

「反旗じゃねえよ。座長も面白がらせて、一座の方針を転換させるだけだ。もちろん、座長には座長のままでいてもらう」

旅芸人をするにもギルドでの登録が必要だと聞いている。漂流者の俺でもいきなり登録できるなら反乱バッチ来い状態だが、それなりに信用や後見人や上納金やらが必要と、メルの日常生活知識講座で教わった。

あいつ、普通に接する分には、いいやつなんだよな、暴力的で邪教崇拝者であるけど。多分、俺に惚れてしまっているんだろう。

というわけで、次はメルを言いくるめなきゃいかん。


俺は売られて一座のメンバーなんだが、基本、一座に対してメルの立場はというと、俺の世話役であり、売られたわけじゃないし、金銭は邪教集団から渡されるらしく、一座からギャラももらっていない。生活は一座と一緒ではあるので、居候代のような感じでいくらか支払いをしているレベルらしい。

基本的に一座の仕事を手伝うということで、支払い自体は安いらしいが、うん、偉いねぇ。

ただ、俺を売り払った金を少しずつ返してるだけの、妙なマッチポンプなんじゃないかとも思われ。

「メル、お願いがある」

「なに?イヤらしいのは駄目よ」

「…違うから安心しろ。正直、漂流者の俺にとって、この一座の芝居は退屈だ」

「どこもこんなもんだけど」

「そこで、だ。ここは漂流者らしく、異世界での前職の知識を生かして無双したいと思うわけだ」

「え?座長を殺すの?」

「違ぇし。俺の前職、殺し屋じゃねぇし」

「乗っ取る気?」

「そんな面倒なことはしない。演目を強制的に変更させるだけだ」

「そっちの方が面倒くさそうだけど」

「百聞は一見に如かず、だ」

「ふーん、何を見せるの?」

ことわざも翻訳されるのか。よくわからん魔法だな、相変わらず。

「俺と二人で剣劇芝居をしてほしい」

「真剣?」

「で?か、に?かで意味が違うから、ちゃんと言え」

「あぁ、真剣で切り殺しありなのか、真剣に殺し合いしたいのか?ってこと?同じじゃないの?」

「くそっめんどうくせぇ。真面目に芝居をやりたいんだよ」

「それを、わたしとやりたいんだ?ふーん」

何かニヤニヤし始めやがった、この貧乳。

「頼みを聞いてあげなくもないから、メル様って呼んで」

「あ、嫌だから、他のやつに頼むわ」

そもそも、一座の劇団員はいるんだし。

「どうして即答で断るのよ!」

「どうして、そこまでして上に出たいんだよ!」

「だってエルフだから」

元も子もねぇ。

「その謎の種族マウントを漂流者にまで強要すんな」

「だって、それがエルフのアイデンティティだもん」

どうでもいい、めんどくせぇ。

「ほれ、メルちゃんは今まで通り、お客様でいろよ。楽だろ?待遇悪くないし」

「ちゃん付けすんな、わたしの方が年上!」

「メル…おb…姉ちゃん?」

「結局、ちゃん付け!しかもおばちゃんって言おうとした!」

「うるさいなぁ、デニガンにでも相談してくるから、大人しくしてろ」

「なんでエルフのわたしより、ドワーフのデニガン頼るのよ!」

「あいつに頼みたい小道具もあるし…おまえはやりたくないんだろ?」

「一回もやらないなんて言ってない!」

心底めんどくせぇ。

「まさか、わたしのこと口説いておいて、実はデニガン狙いとか?信じらんない」

「俺はお前の思考が信じらんない。俺は異性愛者だ」

「ドワーフに取られるくらいなら、わたし、やる」

うん、基本いいやつなんだけど、バカなんだよな。でも身持ちは固いんだよ。

「わかった、頼りにしてるぞメル」

「えへへへへ」


さて、デニガンに相談だ。

デニガンは大きな作業用のテントに籠って、芝居で使う小道具や、背景が必要な場合はそれも作る、大道具係でもある。

「デニガーン、ひま?」

とテントの中に入ると、

「ユウか。わしは暇だったことなどないぞ。常に忙しく技術の研鑽を重ねるのが使命じゃからな」

と、このやり取りがお約束になっている。実際、芝居の演目が変わったり、小道具が壊れたりしなければ暇である。

しかも、口調に反して見た目は美少年中学生という感じなのが、いまだに慣れない。ジャンルで言えば、のじゃショタとでも言えばいいのか。

実際、ドワーフはエルフについで長命の種族らしいが、すでに60歳でありながら、ドワーフの特長の髭一本なく、童顔で背が低いから、なんかもう、脳がバグる。

「実はデニガンに作ってもらいたい小道具があってさ」

「なんだ?今でも十分あるじゃろうがい」

「当たってもあまり痛くない剣。どう?」

「どう?と言われても木を削ってそれらしく見せてるんだから、あたりゃ多少は痛いだろうよ」

「そこでだ、芯材に木を使って、その周りを剣の形に加工したスポンジをつけて、布を巻く、的な?」

こっちの世界にもスポンジ、純粋に海で採れる海綿を加工したもの、がある。

「で、色は?」

「色?」

「白っぽい布でも巻けばよいのか?」

普段、芝居で使っている木剣は刃の部分を白く塗って(貝殻を粉にした塗料だそうだ)、それが金属という観客との共通認識=お約束の元、使用している。

「いや、そこは本物の色に近づけたい」

「金属の色をした布などないぞ」

食いついてくれましたよ。

「金属表現か。ヒカリムシの翅の色が欲しいよね」

ちなみにヒカリムシってのは、こっちでコガネムシに似た甲虫をそう呼んでる。翅の色がシルバーなのだ。

「あの虫、金属じゃないのに金属っぽいじゃん?」

「ほぉ。そうじゃな。大量にヒカリムシの翅を集めて、粉にして糊に混ぜて布に塗ると、光って見えるやもしれん」

「やってくれる?」

「試す価値はありそうじゃ。そんじゃ、ユウ、ヒカリムシを三千匹くらい捕まえてこい」

「え?俺?」

「依頼人は、お前さんじゃないのか?」

「依頼人は俺さんです」

「じゃあ、協力しろ」

ここでへそを曲げられでもしたら、元も子もないので、素直が一番。

「わかった。なんとかしよう」


地獄だった。

夜、かがり火を焚いて、テントの前にいると、結構な数のヒカリムシが飛んでくる。

それを黙々と捕らえて、袋に溜めていく。

そんな地道な作業を一週間。

デニガンは

「結果を御覧じろ」

と、大量のヒカリムシを持って工房テントへ消えた。

メルからは虫臭いから寄るなと言われた。

これがスメルハラスメントというやつだろうか?


俺がやりたい演目は、もちろんヒーローショーだ。

ヒーロー=勇者。悪ボス=魔王。怪人&戦闘員=魔物、という置換で簡単に成立する、はずだ。

あとはどこまで、所謂お約束をこの異世界でぶち込めるか?なのだ。

そう。子供を相手にしていると見せかけて、狙いは保護者の財布の中身。如何に散在させるか?ってやつだ。

勇者が実在した存在である限り、さすがにサイン会で色紙販売は不味い気がする。

とりあえず、今回は一座の芝居とは違う、ヒーローショーという形態自体を、こちらの住民が受け入れるかの確認だ。銭稼ぎの手段は、今の芝居興行でさえお捻りなのだ。


そうこうしてる内(ちなみに一座のつまらない芝居にきちんと出演、協力しながら)に、デニガンが痛くない剣が出来たと言ってきた。

「やれば出来るもんじゃの。こいつは塗料の革命かもしれんぞ」

と、見事に金属光沢を持った剣を渡してきた。バランス良し。なにより、多少当たっても痛くないのが素晴らしい。

「さすがデニガン。あんた凄いよ」

「そうじゃろ?」

見た目だけだと、単なる鼻につくガキなのが、な。

さて、この痛くないアトラク剣を使ったショーをメルの頭に叩き込む時(物理的に叩き込みたいときもあるが)が来た。

まず揉めたのが、どっちが正義側をやるか?だった。

「バードゥ教の司祭たる、このわたしが、魔王の手先だのなんだのやると思ってんの?」

「芝居だってわかってんの?」

「芝居でも立場上、認められないこともあるのよ!」

邪教集団が良く言うわって感じだが、ぶっちゃけ、悪党側の方が喋りに長けていた方がいいので、素直に「正義の女騎士」をやらせてやることにする。

「わかったわかった。んじゃ、俺が魔王の手先な」

「わかればいいのよ」

エルフの悪い部分全開だな、メルって。

「じゃあ、簡単に流れを説明する。まず、俺とメルが剣を打ち合わせながら舞台に登場。俺の闇の力の前に大ピンチになるが、光の力を集めるため、観客に声援を送るように呼び掛ける」

「え?恥ずかしいんだけど」

「恥ずかしいなら、デニガンにお面でも作ってもらえ」

「え?もっと恥ずかしい」

「…めんどくさいから、とりあえず素直に聞け。抱くぞ」

「え?な?いきなり、なによ」

「俺の説明を素直に聞けないなら、今後の説明は全てピロートークになるぞ」

「わ、わかったわよ。素直に聞きますよ」

「えーと、どこまでだっけ、あぁ、それで、声援が来たら、女騎士の光のパワーは増大し、必殺技で魔王の手先をやっつける。それだけだ。簡単だろ?」

「声援が来なかったら?」

「大抵ノリのいい奴が一人くらいは、やってくれるもんだがな。いざとなったらマクセルに言わせるから安心しろ」

エルフのプライドってやつか?邪エルフのくせに。

「ならいいわ」

「じゃあ、簡単に立ち回りを付けるぞ。まずは二人で剣を…」

座長に知られると厄介なので、早朝とかにこそこそ練習すること3日。

マクセルには、俺の芝居きっかけでBGMを戦闘→ピンチ→必殺大勝利というような感じで変更するように頼んでおいた。

あいつ、マジで特撮ソング上手いし。


さて、決行当日。

こちらの芝居は、言ってみれば、地味な歌舞伎のようなもの。吟遊詩人の歌の合わせて、登場人物たちが動く。その動きも曲のペースに合わせてゆっくり気味だ。構成も午前と午後、それぞれ1時間程度の2部形式。物語の前編と後編をやる感じだ。

そこに俺がぶっこもうとしてるのは、歌舞伎+武道で進化したとも言えるスピーディーな展開で観客をも巻き込む特撮ヒーローアクションショーだ。

さぁ、俺が少しでも生きやすい生活を作るための、ちょっとした革命を始めよう。


「こうして、勇者一行は魔王の元へと至ったのだ♪」

ってな感じで午前の部、終了。役者陣が舞台裏(広場に背景幕を張っただけの舞台だが)へ引っ込んだ。

そこに鳴り響くマクセルの弾く激しめのビート。

「一方、勇者一行とは別に、魔王軍へと挑んでいる正義の女騎士メル!彼女は魔王軍の幹部の一人を追い詰めていた!」

という俺のナレーション。

俺とメルは打合せ通りに、剣での戦いを繰り広げながら、舞台の中央へと躍り出た。

「さぁ、覚悟なさい!」

まだ長台詞はボロが出るので、短め短めにセリフは抑えてある。

一旦食事にでも行こうと立ち始めていた観客は何事か?まだ続きがあったのか?とざわつきつつも、その場に留まり、座り始めた。

「舐めるなよ、女騎士風情が!この俺様に勝とうなどと、笑止!」

イイ感じだ。観客たちは今まで見たことのない激しいアクションに釘付けだ。

メルの剣を、俺がバク宙で避けた時なんざ、拍手が来た。

そう、この感覚。

「それ!」

と俺がメルの剣を弾き飛ばす。そこに流れるピンチ感漂うメロディー。

観客は視覚聴覚両方を煽られる。

「さぁ、どうする!このまま、その首、落としてやろうか!」

と、俺はメルを羽交い絞めにしつつ、喉元へ剣を突き付ける。

「く、おのれ!」

メルが本気で抗ってくるので抑えるのに一苦労状態。

(メル、芝居だぞ、もうちょっと力抑えろ)

「このまま!こんなところで!」

あ、役に入ってらっしゃるのね。

めんどくせぇ。

俺はマクセルにアイコンタクト。

「♪おぉ、皆の応援が光の力となって騎士を救うのだ!よし、今だ!叫べ!頑張れと!♪」

すると観客たちの後ろ方から「頑張れ!」と声が上がった。それに釣られて、他の観客たちも声を上げ始める。

ちなみに最初の声援はデニガンにやらせた。要はサクラだ。

「はぁ!」

と、メルが俺を弾き飛ばす。

「皆の声援、光の力、受け取った!」

「おのれぇぇぇぇ」

ここで演奏は必殺技勝利パターンの曲へ。

メルは落ちていた剣を拾い上げる。

「くらえ!ジャスティス・バードゥ・クラッシュ!」

メルが俺に素早い10連撃を…全部当ててきやがった。

しかも技名に、勝手に邪教の名前入れてるし。

「ぐぁぁぁぁ!おのれ、魔王様、ばんざーい!」

と俺は転がりながら舞台裏へと捌けて行った。

「あとは勇者様!魔王を、お願いします!」

とメルは剣を掲げて叫び、走り去っていった。

一瞬間をおいて、観客からは拍手の渦だ。

成功だ。聴衆は刺激に飢えている。間違いない。


とにかく、そんなわけで俺とメルはマクセルのおっさんをBGMマシンにして、普段の芝居の合間にちょこっとアクション劇をやったわけだ。


そして今は座長のテントに呼び出されている。流れ的に、当然のごとく、俺とメルとマクセルは座長に叱られた。デニガンが呼ばれていないのが、微妙に納得いかない。

幕間で盛り上げて後半またベクトルの違うのんびりしたものを見せられたら、客は嫌になるもんだ。

「てめぇらが好き勝手やったおかげで、後半皆帰っちまったじゃねえか!どうしてくれんだ、馬鹿野郎ども!」

そこで俺は逆ギレた。

「どうもこうもあるか!つまんねえから帰ったんだろ!客を楽しませるのが旅芸人一座じゃねえのか?あん?」

「なんだ、ユウてめぇ!」

「わかってんだろ?座長。客が喜んでたのはどっちか?ってのは。だからよ、こういうのやろうぜ!他の一座がやってない。観客がみんな楽しめる芝居だ!、誰よりも、あんたがやるべきことじゃねえのか?」

しばし、黙って俺を睨みつける座長。ちなみに面構えが完全に反社会的な人の顔なので怖い。

「いいだろう、そこまで言うなら、ユウ、お前の口先に乗ってやる。ただし、売り上げが今までより落ちた時点で中止。そんで、お前を奴隷として売り飛ばす。いいな」

「よくねぇだろ」

「いいわ、バードゥ教が、その契約を認めます」

メルが意味不明なこと言い始めやがった。

「おまえんとこの邪神様は人身売買大好きっ子だな」

「だから、不敬なこと言うなっていつも言ってるでしょ」

「敬うべき部分がないんだよ」

「うるせぇ!痴話喧嘩なら、表でやれ!とにかく、条件は譲れねえ。ユウ、いいな」

「わーったよ。結果で納得してもらいましょ」

「ちょっと、痴話喧嘩って何よ」

「これ以上引っ掻き回すな、抱くぞ!」

俺とメルは座長に無言でテントの外へ蹴り出された。

静かに成り行きを見守っていたマクセルが、その後を追って、ゆっくりと出てきた。


座長の説得は上手くいったものと、俺はみなし、他の劇団員へどう説明するか、頭を悩ますのだった。

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