初仕事(その2)

朝の嵐のようなひと時が過ぎると、ギルドのホールは一気に閑散としていた。

お客さんがいないことはないんだけど、それでもほんの数人程度。


「さ〜てと、朝の激戦が終わったわね……。カナちゃん、今のうちにご飯食べちゃお。」


ファナさんはぐぅ〜っと背伸びをしながら、厨房へと向かっていった。

ご飯……、それを聞いて私のお腹が思い出したかのように「ぐぅ〜……」と鳴る。


(私、お腹空いてたんだ……。)


あまりの忙しさに自分が空腹だった事を忘れていたようだ。



「いい?カナちゃん。大体いつもこの時間から夕方くらいまでは暇だよ。でもね……、夕方から閉店までが朝以上の激戦だから覚悟しておいてね……。」


ファナさんは賄いの料理を食べながら真剣な表情で、フォークを私へと向けてくる。

その度に私より大きなファナさんの胸が揺れている。


(く……、私より大きい……!)


「カナちゃん、聞いてる……?」


「えっ!?あ、はい!聞いてますっ!」


私が話を聞いてないと思ったのか、ファナさんはやや不機嫌そうな表情をしていた。

ファナさんの胸を食い入るように見すぎていたようだ……。

そんな事より、ファナさんが言うには、この時間から夕方まではだいたいの冒険者は出払うためほぼほぼお客さんはいないらしい。

一応ここでも料理の提供はしているものの、冒険者が多く集まるこの場所に一般の人が来ることは滅多とないらしく、この空いた時間を使ってそれぞれ買い物や自分の用事を済ませたり、中には昼寝をしている人まで居るとか……。


「よし!ご馳走様っと!そんじゃカナちゃん、私出掛けて来るからね〜!」


ご飯を食べ終わったファナさんが席から勢い良く立ち上がる。


「ファナさん、どこか出掛けるんですか?」


「そう!私はこれからデートだよ、デート♡」


ファナさんは彼氏持ちらしい……。


「カナちゃんも可愛いんだから彼氏とか作ったら?きっとカナちゃんなら引く手数多だよ。あ……、でもあんまり変なのに付いていくと大変な目に遭うから気をつけないとダメだよ……!」


「は……はぁ……。」


「そんじゃ、また後でね〜。」


ファナさんはそう言うと、手をヒラヒラと振りながらスタッフルームへと向かい、私服に着替えてからデートへと出掛けていった。

それにしても、彼氏ねぇ〜……。

元の世界では付き合っている人はいなかったし、作る気もあまり無かった。

友達とかは彼氏を作ってデートとかしていたけど、別に羨ましいとは思ったことはなかった。

家の手伝いや部活が忙しかったというのもあるけど、私自身恋愛とかにはあまり興味がなかったというのが1番の理由だろう。


(それより、開いた時間何しようかな……?)


急に暇になった事で手持ち無沙汰になってしまった……。


(そうだ……、将来的に冒険者になるのなら、どんな武器があるのか見てみようかな……。)


食事を食べ終えた私は席から立ち上がって出掛けようとしたが、私の目の前に座っていたファナさんが、食べたまま食器を片付けてなかったので、自分のも下げるついでにファナさんの分も下げ、ブレザーへと着替えると私も出掛けることにした。

しかし、この後私は出掛けた事を後悔することになってしまうのだった……。



「……ここどこ?」


冒険者ギルドを出て石畳が敷かれた道を歩くこと十数分……、武器屋を目指していたはずの私は完全に道に迷っていた……。

そもそも、武器屋がどこにあるのか分からないので迷って当然だ。

それに、冒険者ギルドに帰るにも帰り道すら分からなくてなってしまっていた。


(兎に角どうにかして戻らないと……。)


来た道……と思われる道を歩いていくと、なにやら怪しげな雰囲気の建物が立ち並ぶ所へと辿り着いた。


「どこなのよ、ここ……。」


建物の上の方に掛かっている看板を見ると「ケモノ道♡」とか、「雌の穴」、「エルフにくびったけ♡」などなど、卑猥で怪しげな名前の看板が見える。

周りを見渡すと、9割以上が男性。女の人がいるにはいるけど、建物の前で「お兄さんいらっしゃ〜い♡」とか、「朝から来てくれたの?嬉しい♡」などなど、どう見ても普通の所じゃない……。


(こっちは絶対にちがうよね、うん……!)


明らかに道を間違えたらしい。

というか、エッチな事をするお店だよね、絶対……っ!!

うん、戻ろう……!


「あら、そこの可愛いお嬢さん。見た所一人みたいだけど、こんな所に来てどうしたのかしら?可愛い顔をしてるけど女同士でもイケる口なのかしら?」


引き返そうとしたら矢鱈とセクシーな衣装を着た銀髪のポニーテールの髪型をしたエルフのお姉さんに声をかけられた……、もとい、捕まった!


「い……、いえ……!私はその……、道に迷っただけで……!」


「あら〜、そうなの〜?」


お姉さんはそう言いながら私の首筋や腰の辺り、さらに胸やお尻などをイヤらしい手付きでなで回す


(ひ……、ひぃーー……っ!)


変に撫で回され鳥肌が立つ。


「お嬢さんはどこに行きたいのかしら?それとも、お姉さんとイ・イ・コ・トしちゃう?フゥ〜……。」


お姉さんが私の耳元に軽く息を吹きかける

ゾワゾワゾワ〜〜……!

全身に寒気が走り、慌てて距離を取った。


「あの……っ!冒険者ギルドに行きたいんですけど……っ!」


どうにかして声を絞り出す。

ここにこれ以上いたら何をされるか分かったものじゃない!


「冒険者ギルドなら、こことは反対方向よ。いい?この道を後ろに向かって進んで、700メートルくらい先の曲がり角を右に行ったらたどり着くわよ。それより……私、お嬢さんの事気に入っちゃった♡よかったら私と遊んでいかない?」


「え……、遠慮しておきまーーす!!」


「うふ、照れた顔をして……可愛い♡」


私は全力で走って教えてもらった道へと逃げ出した!

道を教えてもらったのにお礼の一言も言えなかったけど、あれ以上あの場所に留まっていたら私の身が危ない……!

こうしてどうにか無事(?)ギルドへと帰ってきた私は、次に出掛ける時は地図を貰おうと固く心に決めたのだった……。

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