ギルドマスター、グレン

ラウルの街へと戻ってきた俺達は、オーガグリズリーの討伐達成の報告と、保護した女の子の介抱を頼むために、冒険者ギルドへと来ていた。

顔についていた血はどうやら鼻の骨が折れた事による鼻血だったらしく、セーラの回復魔法で鼻の骨折も含め、既に傷は癒えていた。


「それじゃあグレンさん、その娘のこと頼むよ。」


「ああ、分かった。また何かあったら頼むよ。」


俺は報酬を受け取ると、その中からこの娘の世話代を出し、ギルマスのグレンさんに後を頼み冒険者ギルドを後にした……。



ーカナー


「う……う〜ん……。」


私はどれくらい気を失っていたのだろう……?

気が付くと見知らぬどこかの建物の一室のベッドの上で寝かされていた。


「あ、気が付かれましたか?」


意識がはっきりとしない中、誰かが私へと声をかけてきた。声からして女の人のようだ。

声のする方へと顔を向けると、そこには見た目にして20代前半くらいの耳の長い女性の姿があった。


「すぐにギルドマスターを呼んできますね。」


その女の人はそう言うと私が寝かされいる部屋を後にした。


(ギルドマスターって言ってたけど……、ここはどこなんだろう……?)


待っている間、辺りを見渡すと、部屋の中は木で作られた家具が多く、空の本棚にタンスがある。

部屋の真ん中辺りには小さなテーブルが置かれ、その上には手に持つのだろうか、小さな燭台が置かれているが、ロウソクは刺されてはいない。

当然これらの家具の中に見覚えのある物は何一つない。

さらに言えば、テレビや電気、コンセントの差込口といった、私にとっては当たり前のようなものがここには無い。


(私は確か……。)


記憶を辿りながら、最後に見た光景を思い出す……。

最後に覚えているのは熊みたいな猛獣が倒れて、その後何人かの男女の姿を見た所までだ。

それ以降の記憶はないけど、こういうところに寝かされているあたり、保護されたということなのだろう。


「やあ、嬢ちゃん。気がついたんだってな。気分はどうだ?」


今までの記憶を辿っていると、一人の体格の良い、銀色の髪と同じく顎に銀色の髭を生やした、耳の長い中年くらいの男性がやって来た。


「えっと……、ここは……?」


「ここは、ラウルの街の冒険者ギルドの建物の中だ。俺はここのギルドマスターをしている、グレンと言う者で、見ての通りエルフだ。よければ、君のことを幾つか聞きたいんだが……。」


グレンさんと言う男性は優しげな笑みを浮かべて話しかけてきた。

私はその男性、グレンさんに促されるまま、自分の名前を含めた、事の経緯をすべて話すことにした。


「ふむ……、つまりカナちゃんは令和と言う時代の日本と言う国、つまりこことは全く違う世界から来たかも知れないと、そう言う訳か……。にわかには信じられんが、その見たこともない服がその証拠ということなのかも知れないな……。」


グレンさんは私のブレザーの制服を見ながら自分の顎髭を弄っている。

それにしても、エルフか……。

日本どころか世界中何処を探してもエルフなど存在しておらず、小説やアニメやゲームなどの空想上の存在でしか無い。

しかし、今私の目の前にはエルフだという人物がいる。

どう見てもあの耳は飾りや作り物とは思えないし、ドッキリにしては出来過ぎている。

仮に何かのテレビ番組だとしても私を騙すメリットなんてどこにもない筈。

勿論私の友達が私を驚かすためという可能性も無くはないが、その割にはこの街と言い、森で見たクマと言い、余りにも大掛かりすぎる……。

やっぱり私がいた世界とはまるで違うようだ。

異世界と見て間違いないらしい。


「おお、そうだ!ディン達……、えぇと、君を助けた冒険者達が君の荷物を回収してくれているよ。」


「あ……ありがとうございます。」


グレンさんから自分の荷物を受け取るとそこには生々しい傷跡が残されていた。

通学用のリュックは斬り裂かれ、同じく熊の爪で切られた教科書やノートにもその傷跡が残っていた。

使えるものと言えば、ペンケースくらい……。

リュック等に残された爪痕を見ると思わずゾッとしてしまう。

この切り裂かれたリュックを見ただけで、これは夢や空想、ましてやドッキリなどではなく、紛れもない事実なのだと思い知らされる。

本当に良く無事だったと我ながら思う。

もし、私を助けてくれた人たちがもう少し遅かったら私は今頃死んでいただろう。

九死に一生を得るとはこの事だ。


「今度、ディン達に会ったら礼を言っておくと良い。それより、君はこれからどうするんだい?」


「私は……、できれば元の世界に帰りたいと思います。ですから、そのための手がかりを見つけられればと思います。」


私が急にいなくなって、家族や友達、学校の先生たちも心配しているだろう……。


「ふむ……、という事は冒険者志望……という事か……。だが、悪いことは言わん。辞めておいたほうが良い。見た所、君はごく普通の女の子だ。そんな君が剣を持って敵と戦う事が出来るとはとても思えん。」


「……。」


確かにグレンさんの言う通りだ……。

戦えるのなら最初からあの熊みたいなのと戦って倒している……。


「それに、敵と言っても色んなものがいる。猛獣、魔物に野党などなど……。もちろん、冒険者になるのは君の自由だ。そしてどうなろうとそれも全て自己責任だ。だから止めはしない。止めはしないが、勧めもしない。」


グレンさんのいうことは分かる。

さっきの森みたいに敵と対峙して足が竦んで動けない、体が動かないでは殺されるのを待つだけだ。

でも……、それでも……。


「それでも……、私は元の世界に戻れる手がかりを探したいと思います。」


例え危険と分かっていても、私は両親の元へ、友達の元へと帰りたい。


「はぁ〜……。わかったよ……。」


グレンさんは頭をガシガシと掻きながら溜息をついた。

多分、強情な娘だと思われた事だろう……。


「だがな、カナちゃん……。そんな服装で、しかも丸腰で何ができるんだ?」


「う……。」


グレンに指摘され声が漏れた。

確かに学校のブレザーではなんの役にも立たない上に割と動き辛い。しかも武器もなければ何とも戦えない。

冒険者になる以前の問題だ……。


「とりあえず、カナちゃんは金を稼ぐことからだな……。」


「は……はい……。」


「……なんなら、ウチでウエイトレスの仕事でもするか?ここは冒険者に仕事の紹介からメシや酒も提供している。冒険者に仕事の紹介をするのは無理だろうが、食事を運ぶ仕事くらいなら出来るだろう。」


「い……、いいんですか……?」


「ま、これも何かの縁ってヤツだ。寝る所もこの部屋を貸してやるよ。住み込みで飯付きのバイトは安いが、それでも構わないか?」


「は……、はい!お願いします……っ!」


こうして私は一先ずの仕事と、住む所を手に入れたのだった。

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