安心してください、騎士団長様。わたし(雑草王女)との結婚は断固阻止してさしあげます!

相内充希

安心してください、騎士団長様。わたし(雑草王女)との結婚は断固阻止してさしあげます!

 北の山のドラゴンが討伐された。

 ドラゴンの影響で乱れた天候が元に戻り、数年ぶりに温かい日差しが国中を照らした日。ドラゴン討伐を成し遂げた騎士団へ授けられる褒賞内容を知った人々に激震が走った。


「はあ? 団長と第七王女が結婚? 独身の王女はほかにもいるだろ? 美女と名高い第二王女とか可憐な第五王女とかさぁ」


「団長と王女の結婚は賛成だけど、さすがに第七王女はないよな」


「第七王女ってあれでしょ。能力ギフトの開花なし、かといって器量がいいわけでもないっていう雑草王女」

「そうそう。王宮で下働きしているイトコの話だと、いっつも黒いローブで顔を隠してて、すごーく不気味だって言ってた」


「うっそ。第七王女って実在するの? 東の塔にひきこもって社交界に出てこないっていうから、本当は存在してない架空の王女かと思ってたわ」


 人々が陰でささやくのは、王が碧落の騎士団の団長であるセドリック・スカイへの報奨として、第七王女を娶らせるとしたことについてだった。


 もともとは左遷先として有名だった碧落の騎士団は、平民出身者やほかの騎士団で問題を起こしたものの吹き溜まりだった。セドリックは二年でそれを立て直し、死者を出すことなくドラゴン討伐を成し遂げた英雄だ。

 侯爵家の次男だが、此度の結婚によって、伯爵の爵位を賜ることも決定している。


 立派な体躯で勇猛果敢な二十六歳の青年は、少年のころに魔獣と戦って負ったケガで左目が不自由だ。しかし、さらりとした銀髪と凛々しい面立ちにアイパッチが野性的で魅力的だと、令嬢たちの人気も高い。


 だからこそ、そんな英雄の相手がなぜ第七王女なのか。王はセドリックに何か恨みでもあるのかと、うわさが広がっていったのだ。


  ◆


 碧落騎士団の団員は、そのほとんどが寮暮らしだ。

 王城の中とはいえ、西の森の隅にある古い建物で、広さはあるが設備も古く、利便性も悪い。新緑寮と名前だけは爽やかだが、もともと問題児だらけの騎士団だったため使用人も男だけと決められており、華やかさとは無縁。


 そんな新緑寮の食堂に、なぜかまだ団長であるセドリックがいる。しかも食事が終わった後、そのまま仕事をしているらしい。毎度のこととはいえ、ほかの団員も含め今碧落の騎士団は特別休暇中なのだ。

 大人なのでどこにいようと自由だが、せめて食堂はリラックスする場であってほしい。そう思ってクインは、わざとらしく大げさにため息をついた。


「団長ー。厨房の片付けも終わったから、ここの明かりも消しますよ。仕事なら執務室でしてください」


 そんな、さっさと部屋に戻れという訴えにセドリックは、「クインは冷たいな」と笑った。


 クインは住み込みではなく通いの厨房手伝い人で、自称十六歳の少年だ。

 第七王女の侍女をしているキャスリンの従弟で、二年前からここで働いている。


 短い黒髪に茶色の目で体の線も細く、年齢の割にまだ声変わりも終わっていない子供っぽさだが、その実働き者で手際が良い。彼が来てから食事の満足度が爆上がりし、団員たちからも可愛い弟分として可愛がられていた。

 ドラゴン討伐には同行しなかったが、団で持っていったクイン特製の非常食に助けられたこともあり、団員からは影の貢献者という認識も強かったのだ。


 追い立てられるように立ち上がったセドリックは、ふとクインを振り返った。


「そうだクイン。俺の部屋で茶でも付き合わないか?」


 本来休日だったクインに「急に飯の支度をさせて悪かったし」と言ったセドリックは、いいことを思いついたというようにクインを誘うが、少年はうんざりした顔を隠さなかった。


「ええ、今からですか? それってコーヒーですよね? いま夜ですよ?」


 紅茶とワインが好まれるこの国で、セドリックの好みはコーヒーだ。

 実家から通えるにもかかわらず、好き好んで寮暮らしをしているセドリックだが、コーヒーだけは実家から送ってもらっている。


 彼の部屋は寝室と居間の二間になっているのだが、その居間はコーヒーを淹れるための道具などがズラッと並んでおり、手入れも自分でしている徹底ぶり。器にもこだわりがあるらしい。

 酒は付き合い程度にしか飲まないセドリックだが、団員使用人問わず気まぐれにコーヒーをふるまうのも、彼の数少ない趣味の一つだと言えた。


 クインも香りだけならおいしそうだと思うのだが、セドリックのようにブラックでは飲むことができない。何度か無理やり呼ばれて馳走になったことがあるが、夜に飲んだ時は全然眠れなかったことを思い出すと、正直腰が引けてしまう。


(明日は朝から大事が用があるのに)


 しかしセドリックは強引にクインの肩を抱くと、問答無用とばかりに自室の居間へクインを押し込んだ。

 これは諦めて付き合うしかない――――と、クインは遠い目になる。きっと彼は今、誰かに愚痴をこぼしたい気分だろうから。


(どんな美女だって望める国の英雄が、よりにもよってわたしと結婚・・・・・・だなんて、愚痴もいいたくなるわよね)


 心の中で盛大な溜息をついたクインは、

(使用人をソファに座らせて働く主人がどこにいるのだ)

と、いつものことに呆れつつ、機嫌よさげにコーヒー豆を挽くセドリックを見た。


 昨日、内々に発表されたはずの褒賞内容は、瞬く間に街を駆け巡った。

 しかし、今ならまだ正式発表前。つまり内容を取り消し、もしくは変更してしまえば、「あれはただの噂だった」ことにできるのだ。

 英雄と、その辺の雑草より価値がない第七王女の結婚なんて、誰も幸せにならないから。


(お父様もお父様だ。末娘の嫁ぎ先がないと悩んだのかもしれない。けれど、よりにもよって英雄に押し付けるとか、本当に何を考えている。団長も断りなさいよ。失恋のショックで頷いたのかもしれないけど、正気に戻ったら後悔するでしょうに)


 つい憐みの目でセドリックを見てしまったが、その視線に気づいた彼ににっこり笑い返されてしまう。条件反射で赤面しそうになるが、意志の力を総動員してクインは、表面だけでも平静を保った。

 赤面したところで表向きは英雄に憧れる少年にしか見えないだろうが、中身は二十一歳の成人女性なのだ。魅力的な笑顔は心臓に悪すぎる!


(も~~~っ。子どもみたいに笑うの、可愛すぎるからやめて。その笑顔を見せるべき相手はわたしじゃないんだから)


 以前、副団長がぽろっと口を滑らせた情報によると、浮いた話のないセドリックには実は何年も前から想う人がいるらしい。

 おそらくそれは第七王女の侍女をしているキャスリン――つまり、クインこと第七王女ライラの唯一の侍女であることはバレバレなのだが、残念ながらキャスリンはこの度めでたく、団員の一人であるバーナビーとの結婚が決まってしまった。


(団長も、あんなにマメにキャスリンに会いに行ってたのにねぇ。さすがに幸せそうな二人に割って入ることもできないでしょうし)


 バーナビー同様、彼もドラゴン討伐から帰ってきたらキャスリンに求婚を、なんて考えていたのだろう。実際に求婚できたかどうかは分からないけれど、結果としてセドリックは失恋した上に、褒美という名で第七王女を押し付けられたわけである。

 自分のこととはいえ、申し訳なさでのたうち回りそうだ。

 だから明日、父である国王への面談を申し込んであった。


(絶対に撤回させますからね!)


 彼の力になるために目の色を変え、かつらをかぶり、胸をぎゅっとつぶし、クインという架空の少年を作り上げた。しかしクインの設定年齢を考えれば、それもそろそろ限界。もともとクインが消える日は近づいていた。

 もう少しで準備していた彼への恩返しが叶えば、ここからさよならするつもりだった。


 二度とこんな風にそばにいられなくても、王女として遠くに嫁がない限り遠目にだって見ることはできる。セドリックはクイン――いや、ライラにとっては子供のころから英雄で、誰よりも幸せになってほしい人なのだ。


(あなたには、綺麗で優しいお嫁さんがお似合いだもの)


 十年前。

 ライラは迷い込んだ森で偶然セドリックに助けられた。


 ライラを助けるために一角狼と戦って、左目に傷を負ったセドリック。

 ライラが誰かも知らなかったのに、偶然見かけたちっぽけな女の子を助けてくれた彼は、血を見て泣きじゃくるライラに「たいしたことはない」と繰り返し、むしろライラに怪我がないか気にしてくれた。

 今まで侍女のキャスリンと、十歳まで世話をしてくれた乳母以外に、ライラを心配してくれた人などいなかったのに。


 後日。恩人である彼が騎士見習いだと知ったライラは、キャスリンの目を盗んで訓練場をこっそりのぞいた。しかし、まだ包帯のとれていないその顔に、腕に、足にショックを受け、やはりひどい傷だったのだと目の前が暗くなり、しばらく罪悪感で動けなくなった。

 はじめて自分以外のために泣き、真摯に祈った。


 結局すぐキャスリン達にはバレてしまったが、母親がライラを生んですぐ亡くなったことで家族からも使用人からも放置され、無気力で幽霊のようだった姫が元気になったと喜んだ彼女は、積極的に協力してくれたのだ。


 キャスリンしか知らないライラの能力ギフトは料理だった。

 しかし使用人のようなその能力は、王族としては恥ずべき力だった。


 しかしライラの料理には特別な力があり、食べた人の気力体力を回復させ健康を保つ。おまけに怪我をしたときも、当人の体力次第とはいえ、通常より早く回復する。



 この能力に最初に気づいたとき、ライラは自分の料理をセドリックに日常的に食べさせたいと考えた。キャスリンはそんな主人の願いをかなえるためにクインという架空の男の子を一緒に作り上げてくれ、何かと協力してくれた。


 おかげでセドリックのほとんど見えなくなった目も、この二年でかなり回復してきていて、元に戻るまであと一歩というところまで来ていた。医者は彼の驚異的な回復のおかげだと言っていたが、それでいい。


 あとはセドリックとキャスリンの恋を成就させるだけと思っていたのだが――。


(まさかクマのような大男バーナビーと相思相愛だったなんて! 全然、まったく、小指の先ほどだって気づかなかったわよぉ)


 バーナビーは確かにいい男だ。見た目はクマだけど強いし優しいし、安心してキャスリンを任せられる。

 唯一の侍女が自分のそばからいなくなるのはさみしいけれど、いつかはこんな日が来ることは知っていたから。

 理想とは違ってしまったけど、彼女が幸せならそれでいいのだ。


 しかし、もう一人の幸せになってもらいたい相手については、予定が大幅に狂ってしまった。

 どう考えても、セドリックの妻に自分はありえない。

 大好きだけど! 大好きだからこそ、わたしじゃだめなのだ。



「クイン、難しい顔をしてどうした? ほら、今日は特別に牛乳も砂糖もたっぷり入れてやったぞ」


 なみなみとカフェオレの入った大きなカップを置かれ、考え事に没頭していたライラはハッとして顔を上げた。


「あ、ありがとうございます」


 完全に子ども扱いだと思わなくもないが、これなら眠れないということはなさそうなので、ありがたく頂く。


「わ、おいしい。団長、これ、今まで飲んだ中で一番おいしいです!」

「そっか。そりゃあよかった」


 ふんわりと柔らかい笑顔を向けられ、またライラの息が止まる。心臓がドコドコうるさいが、今ので止まらなかったのがむしろ奇跡だ。


(でも近くで見られる日なんて数えるほどしかないんだから、ここは遠慮なく見ておこう!)



 しばらく心地よい沈黙が続いたあと軽い世間話をしたが、セドリックは例の結婚については口にしない。愚痴を言うには物足りない相手なのだろうと落ち込みそうになるが、今はほかの団員はいないのだ。ここで愚痴を言っても誰にもばれないと告げると、セドリックは心底不思議な顔をした。


「愚痴?」

「はい。不満、でもいいですけど」

「なんの?」

「それは、えっと、王女との……」


 結婚は嫌でしょうと言うことができず、口の中でもごもごしてしまう。


 しかしセドリックは「ああ」とつぶやき、ライラの予想に反し、甘い笑顔を浮かべたので驚いた。


「えっと、団長?」


 その笑顔に、(あれ? 縁談はほかの王女のことだったかな?)と混乱する。

 父からは一言『お前の結婚相手を決めたぞ』とそっけない文が来ていたから、てっきりそうだと思ってたんだけど……。


(えっ? わたしの早とちり?)


 羞恥で青くなったり赤くなったりしていると、セドリックはクスッと笑う。


「ああ。第七王女のライラ様との結婚、ね」


(うっ。この方、こんなに色っぽい人だったかしら)


 使用人に向ける笑みではないように感じる。(もしや男色だった?)と、新たな疑惑がわき、ソファの上で少し後退りする。個人の性癖に口を出す気はないが、実は女性であるライラでは期待に添えないのだから。


(いやいやいや。違うから。問題はそういうことじゃないから!)


 王女との結婚が嫌で、自棄になってるんだ! と気づき、どう言えば彼を安心させてあげられるかと考え、目が泳ぐ。

 しかし彼はゆっくりとコーヒーを飲み干すと、じっと正面からライラを見つめた。


(そんなに見つめられたら穴が開きます! すでに心臓には大きな穴が開いてるもの!)


 そうでなければ、この尋常ではない鼓動は説明できないではないか。

 カラカラになった喉をカフェオレで潤すが、気づけばライラのカップも空になっていた。


 すぐにお暇したほうがいいと思うが、縫い留められたように動けない。


 何か話そうと乾いた唇をなめると、なぜかセドリックの喉が鳴ったので、猛獣の前に出てしまったウサギのようにビクッと震えた。しかも立ち上がったセドリックがなぜかライラの横に腰を下ろしたので、さらに後退りする。


(ななな、何が起きてるの。団長、正気に戻ってくださーい)


「クイン」

「ひゃい!」


 ぴょんと飛び上がったライラに、セドリックが困ったように微笑んだ。


「怯えないでくれ」

「おおお、怯えてなんていませんが?」


 男の子だし、怖くないしと虚勢を張るけれど、ライラを見るセドリックの目は、明らかにいつもと違う。まさか、何か薬を盛られたのだろうか。いつ? どこで?


「俺はこの上なく正気だからな?」


 失礼なと呆れて首を振るセドリックは、読心術の心得があるらしい。

 どうしたものかと困り果てていると、セドリックはおもむろにアイパッチを外した。


「あ……目……」


 アイパッチの下にあった醜い傷は消え、晴れた空を映す湖のような目は、両方とも美しく輝いている。


「治ったん、ですね……?」


 震えながら、それでも確信が欲しくて尋ねると、セドリックは目を細めてしっかりと頷いた。


「ええ。あなたのおかげです。ライラ様」

「へっ?」


 空耳かと思った。

 一度だけでもいいから彼の口から聞きたいと思っていた自分の名前に、ライラはただ茫然とした。

 なぜ? どうして? しか浮かばず、はくはくと開け閉めする唇に、セドリックの人差し指があてられる。


「あなたが女の子であることは、最初から知っていました」

「どうして」


 ここへ潜り込むための身分証明はうまくいったはず。


 なのに彼はいたずらっぽい笑みを浮かべ、ライラの頭から足先まで視線を走らせる。それに落ち着かずにモジモジすると、セドリックは楽しそうにまたクスッと笑った。


「胸板は厚いのに腰は折れそうに細い。丸みのある尻も、間違っても男のものじゃありませんでしたからね」

「なっ!」


 布でぐるぐる巻きにしていた胸は男っぽく見えると思ったのに、何かと詰めが甘かったということか。

 羞恥で言葉が紡げずにいると、ライラの唇に当てたままの指を、セドリックはスッと横に滑らせる。とたん全身にしびれを感じ、呆然と彼を見つめることしかできなくなった。


「そんな顔をされると、ここでパクッと食べてしまいますよ?」

「っ!」


 再びぴょんと跳ね上がり、セドリックに大笑いされてしまった。完全にからかわれている。

 しかし彼はライラの正体を知っていた。

 それをどう捉えていいのか考えあぐねていると、セドリックは肩をすくめ、少し困ったような顔をした。ライラの正体は、ほぼ最初から気づいていたのだと。


「覚えていないかもしれませんが、わたしと殿下は、以前森で会ったことがあるんですよ」

「わ、忘れるわけがありません! あなたは命の恩人なのに!」


 忘れてると思われていたなんて心外だと告げると、彼は小さく微笑み、遠くを見つめた。


「わたしはね、森で一角狼に囲まれ、泣きながらも棒を振り回して戦っていたあなたを、今でも鮮明に覚えています。時々騎士団の練習場を見に来ていたことにも気づいてましたよ」


 だから変装していたところですぐに気づいたのだと、彼は少しばつが悪そうに打ち明けた。いつもこっそりと顔を出す女の子が王女だと知ったのは、その後のことだったのだと。


「あなたの能力に気づいたのは偶然でした。でも、あなたの侍女を問い詰め、自分の考えが当たってたことを知りました。あなたがどうしてここに来たのかを知った時、私がどう思ったか分かりますか?」


 プルプル首を振ると、セドリックは申し訳なさそうな顔で微笑んだ。


「嬉しかったんですよ」

「嬉しかった?」


 まさか? という気持ちが顔に現れたらしい。

 彼はライラに言い含めるように、「そうです」と頷いた。


「目が、治るって分かったから?」

「それもないと言ったら嘘になる。でも一番は、いつのまにかわたしの心を占領していた女の子が、わたしのために力になってくれていることでした。傲慢な男でしょう」

「そんなこと……」


 セドリックの話がうまく頭に入ってこない。

 ただ、彼に傲慢という単語はあまりにも縁遠かった。


 セドリックとキャスリンは、ライラに内緒で協力をしていた。

 塔に王女がいるかのようにふるまい、時には影武者になってくれたキャスリンを守るよう、バーナビーに命じたのはセドリック。クインがライラ王女であることは、団の間では公然の秘密だった。


「王から褒美をと言われ、やっとここまで来たと思いました。堂々と王女を妻にと望めない立場だったわたしが、そう言えるようになったのですよ」

「団長が、結婚を望んだんですか?」


「驚きますか? ずっと気持ちを隠すのは骨が折れましたよ。食堂でわたし以外の男と二人きりにならないよう、常に気を配りましたし、ほかの場所でもそうでした。わたし以外の男があなたと笑いあうのも、正直、気が狂いそうなほど不快だったことは一度や二度ではありません」

「まさか。そんな……」


「男の子のふりをしていても、あなたは魅力的なのですよ。ましてや皆、あなたが女性であると気づいていた。平静でなんかいられない。――それでも、あなたがそれを知ったらここからいなくなってしまうから。目が完治した時も消えてしまうと思ったから、一日も早く、あなたに求婚できる資格が欲しかったんだ」


 思いもかけない告白に、頭の奥が熱を持った気がした。

 夢みたいで、でもこの鼓動も熱も現実で。

 許しを請うように伸ばされたセドリックの手に、ライラはそっと触れた。


「私は王女としては価値がないです。能力も容姿も教養も。何一つ誇れるものはない」


「なぜ? あなたは魅力的だと言ったばかりです」


 心底不思議そうな顔をしたセドリックがライラの頭に手を伸ばし、黒いかつらを取ってしまう。

 その下から、かつらをかぶるために短くした金色の髪がさらっと零れ落ちた。


「目の色も、戻してもらえますか?」


 そう乞われ、ポケットから出した目薬を差すと、茶色の目が空色に戻る。


「黒髪と茶色の目もいいですが、やっぱりあなたにはその色が似あいますね」


 セドリックの素直な賞賛に真っ赤になると、彼はライラの手を取ってその甲に口づけた。


「愛しい人。驚かせたかもしれませんが、どうかわたしの心を受け取ってください。――愛してます。誰よりも。どうかわたしと……結婚してください」


 褒美として望んだが、本音としては、ライラにもセドリックを望んでほしいという彼の言葉に、ライラの目から涙がこぼれた。


「私も、望んでいいんですか?」


 祝福なんてされないのにとしゃくりあげると、セドリックはそっとライラの髪を撫で、その頭を自分の胸に引き寄せた。


「少なくとも、キャスリンと団員たちは喜んでくれますよ」


 ドラゴン討伐に行っている間も、団長の求婚のために頑張るんだが合言葉だったというセドリックの言葉に、ライラの顔にも笑顔が戻る。その様子がありありと浮かび、心の中がホカホカと温かくなった。


「今日あなたと二人きりになれたのも、みんなのおかげなんですよ」


 いたずらが成功したみたいなセドリックの顔に、クスッと笑ってしまう。


「夢みたい」

「夢じゃないです。ライラ様」


「ライラと呼んでください。セドリック様」

「ライラ……」

「はい」

「返事を聞いても?」


 本気でライラの心を欲している英雄に、精一杯の真心を込めて「はい」と頷いた。


「はい。わたしをあなたの妻にしてください」




 そうして初めての口づけを交わした翌日。

 国王との約束にセドリックと二人で訪れたライラは、褒賞の取り消しの代わりに心からの礼を伝え、父親を驚かせた。


 それから半年後――。


 英雄と花のように可憐な第七王女との婚礼に、人々は最初の噂を忘れ、祝福の花びらをまいたのだった。


Fin

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