第2話

 朝の殺人事件の件は瞬く間に街中に広まっており、その件で実験都市オーサカ内務庁警備局上級保安官のレイ・ポールはミッテラン局長から呼び出されていた。

「君の耳にもすでに入っているとは思うが、今日の朝の今朝、つまり今朝、この監視カメラに写っている男によって一人の女子生徒が殺害された。」

「局長、日本語が慣れないようでしたら英語をお使いになってください」

「これを見ろ」

レイを無視してミッテランは話を続ける。

「両腕に雑につけられた傷跡、自傷行為ですかね?」

画面には両腕に刃物でつけた傷跡がいくつも残る水貝が映っていた。

「これを見てそれだけしか感想がないのか?見はげさてたやつだな」

「局長、ハゲは局長です。この傷、もしや例の超能力者事件と関係があるのですか?しかしあれは結局超能力者などおらず、危険思想に染まった警官がパワードスーツを赤く染めて暴れていたという結論が公表されたはずですが?」

腕に自傷行為の痕が残っている男が暴れまわった事件のことをレイは知らない。ただうわさで聞いたことがあるだけだった、超人的な力を持った真っ赤な男がかつてこの街で暴れていたということを。

「まさにその通りだ、だが問題はそこではない。その危険思想に共鳴した人間がこの年に存在しているかもしれんということが問題なのだ。前回の件で内務庁は本国からきつーいお叱りを受けたんだ。二度もそういうことを起こすわけにはいかんだろ。やつのカリ首を私の目の前にもってこい!」

がん首ですよーと軽く流しながら局長室を出て気づく、カリもがんもともに雁だということに。自分のデスクに戻り新型のパワードスーツ・マーシトロンβを装着すると街へ出た。マーシトロンの力をもってすればここ大阪市から西宮駅まで走っても10分で着くが、あいにく稼働時間が20分しかないのであきらめて電車を使うことにした。早朝に事件があったせいか電車を利用する人はほとんどおらず、車内はガラガラだった。車窓からは実験都市オーサカの街のほんの一部が見える。15年前に当時存在していた日本国で内乱が発生し、フォッサマグナを中心に二分された両側は東を中露陣営、西をアメリカ合衆国が支配することとなった。そして5年前、アメリカ合衆国のIT企業ソシアルコーポレーションが内乱による被害が比較的小さい大都市だった大阪府・兵庫県・京都府の一部を壁で囲って、地上の楽園を実現するプロジェクトの要となるシステム「メタワールド」の開発のために実験都市を創った。実験都市では現在メタワールド開発に先立って新型のSNS「EveryTime」を開発・運営している。このEveryTimeは旧世代のSNSとは異なり、フォロワーをより身近に感じることができるように、スマートフォンなどを使って相手と連絡を取るのではなく、脳から脳へ、直接イメージを送ることができるように街の環境を整えることによって実現できたものだ。そのため何か特別な機械が必要なわけでも、身体を動かす必要もなく、都市部に集中していた旧世代のSNSに慣れ親しんでいた若者からは評判がよかった。

 窓の外を眺めながら考える、彼は今どうしているのだろうかと。アイン・ルドルフ、レイと孤児院にいたころ友人のような関係であった。"友人のような"というのはつまり友人であるとは言い切れる相手ではないということであり、このことが、アインが孤児院を抜け出してからずっとレイの心を苛んでいた。もう一人、春夏冬あきなしあきという少年がいた。駐日総領事館の職員として来日していたレイの両親が戦争で死んだあと、レイを引き取った孤児院の院長の息子だった。レイが孤児院に入ったときにはすでにアインは秋の友人だった。レイが秋に連れられて初めてアインと会ったときにアインの顔をレイは忘れることができなかった。長年連れ添ってきた妻を目の前で寝取られたかのような絶望を瞳に宿し、こちらを睨みつけていたのだ。アインがそのような態度をとったのはその1回だけだったが、レイの記憶の中には今でも刻み込まれている。だから、きっと友達ではないのだろう。実際、10年前に秋が誘拐犯に人質に取られ、結局殺された事件が起こった後、アインと話す機会はほとんどなくなった。そして、彼は5年前に何も告げずに孤児院を出て行った。もし自分が秋よりも先に彼と出会っていたら、彼は私と会話したのだろうか。そんなことを考えていると電車は西宮駅に着いた。

 電車から降りると向かいの特急列車用の乗り場にテープが引かれ、警官が現場を調べていた。

「レイ・ポール上級保安官だ。これは一体どういう…?」

警官に尋ねると、彼女は床にできた大きな穴を指さして答えた。

「犯人がこの穴から逃げる様子がカメラに記録されていました。とても人間業のようには見えませんが、カメラには男が拳を振り下ろす瞬間がはっきりと映っていました。現在捜査員が穴の中を調査中です」

「なるほど、確かに人間にできることではないな。だがマーシトロンがあれば話は別だ。その男、パワードスーツを着ていなかったか?」

「いえ、そのようなことは確認しておりません。ただ、床を殴りつける直前、左腕が真っ赤に光っていたんです」

言われて気付く。床に空いた穴は側面が真っ赤に染まっていた。

「これは?」

「さあ?塗装か…もしくはレンガじゃないですか?」

「念のために調べてくれ」

今この場ではこれ以上得られる情報はないと思い、その場を離れようとしたら、背後から、さっきまで話していた場所から悲鳴が上がり、真っ赤な光が当たりを照らした。慌てて振り向くと、深紅の帯のようなものが彼女の体に巻き付いており、ほかの警官は残らずなぎ倒されていた。帯の端は彼女の口の中に、蛇が這うようにずるずると入り込んでいった。帯のもう一端はレイの方を向き、いまにも飛び掛かってきそうだった。とっさの判断でマーシトロンを起動し、かわそうとしたが、帯はレイの体を捉え、突き飛ばした。レイの体は駅の天井を突き抜け、近所の大型ショッピングモールまで吹き飛ばされていった。何が起こっているのかもわからないうちにレイの意識は薄れ、ショッピングモールの屋上に落下したころにはすでに気絶していた。

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