7.争いに落とす


 クラーケンはタコ……? イカ……? の魔物だ。何本もある触手を使って船を襲う。

 弾力のある筋肉と、骨がない故の柔軟性を持つ腕は、砲弾を弾き刃を通さないそうだ。

 高圧の水を放出したり、爆発するみたいに破裂する泡を噴き出したりとなかなか手数が多く、何百何千の船が犠牲になってきたらしい。

 とんでもない怪物だ。


 そんな怪物が、今目の前にいる。

 強者の余裕か、岩礁の影に隠れたりせず堂々と姿を現して寝ている。無防備さは天敵がいないことを表しているのだ。

 寝ているのをいいことに、俺はステータスを確認する。情報はあるに越したことはない。


【名無し】Lv 93/99

種族:クラーケン

魔法:《高圧水砲》《水泡爆弾》《大波》《雷霆》《眷属召喚(魚)》《狂化》

スキル:《嵐喚び》《船沈メ》《竜骨崩し》《再生力》《超回復》《大渦》《水操作》《竜巻喚び》《怒気》

称号:【船の天敵】【船の厄災】【海の悪魔】【大海の暴れ者】【狂瀾】


 おお……まさかレベル90の大台に乗っているとは。リベルタもレベル89だったし、何百年も生きてやっと到達できる境地なのだろうか。

 一筋縄では行かない相手だ。


 やはり魔法やスキルも多く、強力なものが多い。リベルタも持っていた能力がいつくか見える。

 《大波》や《大渦》は俺の【大鯨の祝福】で無効化できる。あれはあくまでも自然災害を誘発しているにすぎないからだ。

 《雷霆》や《嵐喚び》、《竜巻喚び》は水中の中では使えない。

 《船沈メ》や《竜骨崩し》は船が対象なため、俺には通用しないだろう。


 一応こうして使えないスキルや魔法もあるのだが、それを踏まえても強力すぎる力。

 単純な筋力などの身体能力も加わるのだから、相殺できる能力があるからといって楽観はできない。


 俺のステータスもおさらいしておこう。


海ノ原わたのはら せい】Lv 20/30

種族:深淵ノ愛シ子

魔法:《海月提灯》

スキル:《水操作》《海鳴りの歌》《冥々水槽》《波槍》《波盾》

称号:【世界旅行者】【深海ノ祝福】【深淵】【海原の守り】【波の守護者】【大鯨の祝福】

 

 クラーケンと比べると随分シンプルで心許ないスキルの数だ。

 しかしこれでやるしかないのだ。無い物ねだりをしても仕方がない。


 いくら回復手段や防御手段があれど、間に合わなかったり突破される可能性は大いにある。向こうも回復スキルは持っているし。

 舐めプや楽観視せず、最初から全力で殺す気でいこう。じゃないと死ぬのは俺だ。

 格上殺しは相応の被害と覚悟が必要。負傷覚悟で、このジャイアントキリングを成し遂げて見せようじゃないか。


 紫色の巨体を呑気に放り出して、クラーケンは眠っている。大きさは……学校のグラウンドを身体だけで占拠できるレベルだ。脚には吸盤と牙がついており、凶悪な見た目をしている。

 無数の船を沈めてきた、その報いを受けてもらう。


 俺は《冥々水槽》を使い、クラーケンの体全体を包むサイズに設定。水質はそのまま、水温と水圧は……俺が目覚めたところと同じだ。

 

 その巨体が潰れひしゃげる音をゴングに、クラーケンとの戦闘が始まった。


「────ッ!!」


 《海鳴りの歌》越しでも言葉として認識できないほどの、怒りの咆哮が響く。すごいな、あの圧を受けてまだ生きてるのか。

 一度、クラーケンの身体は水圧によって通常から何倍も小さく圧縮された。

 それによっと脚はいくつか縮れて戻らなくなり、内臓がイカれたのか身体からスミが血のように漏れている。眼球も片方破裂したようだった。

 しかし、クラーケンはまだ生きている。咆哮し、幸運にもまだ動く触手を振り回す体力もある。

 想像以上にタフだ。


 流石にあの規模の水塊を作り出すには、大量の魔力が必要。尽きてはいないが、あと1発しか撃てないだろう。しかし2回、《冥々水槽》による超圧縮を当てても、コイツは倒れないと勘が言っている。


 触手の猛攻を、作り出した《波盾》でなんとか受け流す。しかし完全には威力を殺しきれず、腕の骨が軋むのを感じる。

 【海原の守り】も発動しているが、オートガードでもダメージが貫通しているようだ。


 そうこうしてるうちにクラーケンの体が再生を始めている。《再生力》による継続回復の効果だ。

 長期戦に入られると負けるので、波槍を投げてチクチクと攻撃する。しかしこの程度じゃあまだ再生力のほうが上回っているか。


 俺は一度クラーケンの後ろ、岩礁の壁に周る。

 巨大な岩石は暴れるクラーケンによって、巨大な亀裂ができていた。


 クラーケンは岩礁の近くを離れない。

 この岩たちを落としたら、それに潰れてひとたまりもないはず。

 俺は《水操作》で亀裂の中の水を勢いよく破裂するよう操作する。


 一度では流石にびくともしないので、勘付かれないようクラーケンの視線もずらさないと。

 一度岩礁から離れ、また触手を受け流し槍を投げる。一度に受けるダメージが大きく、回復があるとはいえ痛い。盾を持つ左腕には大きな痣ができているし、触手が掠った尾鰭が切れている。

 《海月提灯》は魔力の節約関係で切っているため、今回は本当に孤軍奮闘だ。


 ジワジワとクラーケンの回復が進んでいる。

 俺はまた岩礁に攻撃し、その亀裂から入り込んで破壊しようとする。

 たまに、クラーケンの触手が当たって亀裂が大きくなるので、ひたすら大きく崩れるように水を操作していく。

 正直これが一番骨が折れる。大量の水をここまで派手に操作するのは、索敵とは大違いだ。


「────ッ!!」

「煩いな……!」


 轟音を叫びながら、クラーケンは俺を捻り潰さんと触手を叩きつけてくる。

 片目が治っていないので、その狙いが微妙に外れているのが幸運だ。盾でギリギリ受け流しつつ、気休めの槍を投げる。

 何度目かの攻防、左腕にはヒビが入り始めた頃、ようやく岩礁が崩れる程の脆さになった。


 俺はわざと岩礁から離れた位置、クラーケンからよく見える場所に移動し、槍を投げる。

 身を隠す場所が無いので、クラーケンにとっては俺を潰すチャンス。一斉に襲いかかってくる触手が伸びたタイミングで、最後の水操作による破裂が岩礁に響いた。


 岩の雨と言えるほどの量の岩石がクラーケンに襲いかかる。

 触手は全て俺の方向に伸ばしてしまったため、受ける手段もなく、咄嗟の防御も間に合わず、クラーケンは岩山に沈む。

 ゴロゴロと、土埃があたりに舞った。


 これが終わりじゃ無い、俺は岩に潰されたクラーケンを、岩ごと冥々水槽の範囲に設定。

 もう一度、俺のいた深度と同じ水圧を叩き込んだ。

 岩と共に潰されたクラーケン。通常よりはるかに小さく潰れ、身体中に岩がめり込んだそれは、もう動くことは無かった。

 俺は、息を切らしながらクラーケンの死骸を見つめる。勝った、ようだ。


〈レベルが上限に達しました〉

〈レベルが上限に達しました〉

〈レベルが上限に達しました〉

〈超高レベル上昇を確認しました。進化先の候補を抽出します〉

〈進化先を選んでください〉


 そして、一気に頭に鳴り響く通知音。

 そりゃあ、レベル20がレベル93を倒したんだ。もらえる経験値量もバカになる。

 俺はクラーケンのいたところとは離れた岩陰で、進化先の詳細を見た。


〈最上位人魚〉

人魚が上り詰めることができる最高位の人魚。

姿はそのままに身体能力やレベルキャップが上昇する。


〈最上位人魚亜種〉

条件:群れを作らずレベルキャップに到達する。

最上位人魚の亜種。より元になった魚の種族に近づき、高い種族特性を得る。


〈海ノ英雄〉

条件:レベル差50以上の相手に勝利する。

海に名を轟かせる英雄。高い身体能力と攻撃能力を誇る。


〈海ノ伝説〉

条件:レベル差70以上の相手に勝利する。

海に刻まれる伝説。最高の身体能力と攻撃能力を誇る。


〈深淵ノ亜神〉

条件:【深海ノ祝福】【深淵】を獲得した状態で、レベル差50以上の相手に勝利する。


 ズラリと、こんな感じ。

 かなりハイレベルでレアな進化先が並んでいるようで、壮観だ。

 しかしやはり、詳細をじっくり見ていくと〈深淵ノ亜神〉以外を選ぶと【深海ノ祝福】と【深淵】が消えてしまうらしい。こんなにたくさん並べておいて、一択になってしまうのはどうかと思う。それだけ深淵シリーズはレアなのかもしれないが。

 俺はこの二つを捨てるつもりは無いし、〈深淵ノ亜神〉で決定で良いだろう。


 選択すると、やはり俺の身体を光の膜が覆った。

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