5.やがて騎士になる?


 リベルタと別れてから、彼女が落ちていった所よりも少し離れた場所。

 俺はここで、新しいスキル《波盾》と《波槍》の練習をしようとしていた。


 どちらも水を使って盾、槍を作り出すというシンプルな効果。故に使用者の実力がハッキリと出るだろう。

 武術の達人は、構えだけで相手の力量を測れるというし、いざという時にまともに使えなかったら目も当てられない。

 リベルタに貰った力、有効活用させてもらおう。


 まず、手始めに《波盾》によって左手に盾を作り出す。丸い、鍋の蓋ほどの大きさだ。試しに右手で叩いてみると、金属よりは柔らかい、しかし硬い音がする。水が出したとは思えない、文字にするならバシッとかパシン、みたいな。


 次に、右手に《波槍》を作り出す。背の半分ほどの長さで、先に矢じりの様な形のパーツをつけた棒だ。槍のデザインなんてすぐに思いつかず、虫歯菌が持ってそうなシンプルで弱そうな形になった。


 作ったはいいものの、よく考えたら相手がいない。

 リベルタの死骸の方に行けば沢山魚が群がっているだろうが、リベルタの死骸を巻き込みたく無いし、彼女の死骸にできた群集はなるべくそのままにしておきたかった。

 ので、俺は盾と槍を出したまま、リベルタの死骸があるのと逆方向に泳ぐ。ついでに上昇して、生物との遭遇率を上げることにした。


 スキルなので、一度作り出した盾と槍は魔力消費も無く俺の両手に収まっている。

 鏡もないので見えないが、今の俺はマーメイド戦士みたいな外見をしているのだろうか。進化して外見も変わったのかも知れないが、やはり手段が無い。

 自分の見目にあまり頓着しない性格で良かったと思う。気を使う人は自分の状態を把握できずに病んでいたかも知れない。


 だいぶ上がってきて、水流索敵に引っかかる反応も多くなってきた。と言ってもそれまでが少なすぎるので多くて3〜4だが、十分だ。

 水流で閉じ込めて引き寄せると、ここで一時解放する。

 盾の効果を試してみたいのだ。


 捕まえたのは形からして深海ノ棘という魚だろう。

 ハリセンボンの針を凶悪にした様な姿をしている魚だ。刺さったらひとたまりもない。

 レベルは15で、深海ではそこそこ高い。


 俺の場合は称号によるオートガードや回復があるので、怖い相手ではない。が、防御の練習はちゃんとしておいた方がいいだろう。

 水流で動きを読み、的確に左手に構えた盾で守る。

 クラゲの光は淡すぎて戦闘時には当てにならない。水流による察知でどうにかするしかないのだ。


 自由になった深海ノ棘が身体を思いっきりぶつけてくる。俺はそれを盾で防ぐ。

 硬質な音を立てて深海ノ棘は弾かれた。あちらの棘も結構丈夫だ。

 また向かってくるので、動きを読んで防ぐ。とりあえずしばらく盾で防ぐという行為を体に慣らすことにした。今はまだ、威力を削ぐまでには至っていない。

 最低限の衝撃で済む様に、力の入れ方やタイミングを測りたかった。何事も慣れだ。


「……ふぅ」


 盾でいなす事にも慣れてきた頃、深海ノ棘の動きが鈍り始めた。おそらく疲れてきたのだろう。

 盾の練習役として、よくやってくれた。今度は槍の練習役の番だ。

 と言っても、俺は前世でも戦争や闘いとは無縁の日本人。槍術なんて当然知らない。

 自我流でやるしかない。なんと無くゲームやアニメで見た動きを真似して模索しつつ、チクチクと深海ノ棘に攻撃を仕掛けた。


 6発ほど当てると、深海ノ棘は死んだ。水圧に比べると弱さが否めないが、これは俺が下手で外したり掠っただけだったりと武器に振り回されていたからだ。盾とは違った難しさがある。

 これは頑張らないといけないぞ。


 俺は索敵に引っかかる魚を片っ端から引っ張ってきて、盾の槍の練習を重ねた。

 反撃を喰らったこともあったが、【海原の守り】のオートガードで傷一つつかない。オートガード発動時に水の塊みたいなものが、自分と相手の間に挟まるのだ。

 おかげで安心して訓練することができる。リベルタには感謝しないと。


 レベルが16になった。

 槍と盾の扱いにも慣れてきて、一匹相手なら的確に一撃を与えられる。

 かなりの数の魚を屠る事になったが、そろそろここからも移動した方がいいかも知れない。


 生まれた場所から、随分と遠くに来たと思う。生まれた場所は離れても、暗闇の中でもなんとなく方角がわかる。確実に辿り着くルートが頭に浮かぶ。帰巣本能みたいなものだろうか。

 だから、どれだけ離れてるかもなんとなくわかるのだ。前世なら電車を使いたい距離くらいは泳いできたと思う。それでもまだ暗い深海なんだから、俺のいた場所は本当に深い場所だ。魚がいないわけである。


 しかしそろそろ、クラゲ以外の光も見たいわけで……。太陽の光や月の光を浴びてみたい。直射日光じゃなくていいから、周囲の土地や生き物がちゃんと見える環境に行ってみたい。

 深海の暗闇もいいが、暇を潰すには向いていないから。


 深海の黒がだいぶ薄くなってきた。

 黒一色だったのが、濃紺が混じり始め、索敵に引っかかる魔物も数とレベルが増している。

 魚のステータスにある《水圧耐性》のランクがⅣ〜Ⅲあたりになり始めて、浅くなってきたのだと明確にわかった。

 近くにいる魚は手当たり次第に槍の練習台にして、更に光を求めて上がる事しばらく。


 レベルが20になった時、ようやく俺の視界は青一色に変わった。


 まだ深さは感じるが、自分の腕や尾鰭が視認できる。クラゲの灯りも届く範囲が上がっている気がする。

 初めてみる自分の腕は白く細く、か弱い少女の腕だった。

 尾鰭は鮫肌に濃い黒。光沢があり、滑らかな曲線が綺麗だ。

 自分はこんな身体を持っていたのか。まだ全貌はわからないが、初めてみた自分の身体に感動する。改めて自分が異種族になったのだなぁと、現実感が強くなる。


 手に持った盾と槍は、自分が思ったよりも稚拙な形をしていた。子供のおもちゃのような見た目だ。

 これで戦っていたのがちょっと信じられない。着けているのを見られたくなくてスキルを解除してしまった。まぁ接敵した時に改めて組み直そう。


 ようやく目にした海の青は、暗闇に慣れた目では少し眩しい。

 それでも、海底の砂や岩石、近くを泳ぐ魚の姿が明確にわかるのは、俺にとってとても新鮮で。

 ワクワクしながら、一度上昇をやめてあたりを泳ぐ事にした。


 深い青、そしてその青に染まった砂。海藻に覆われた岩や礁。

 対して珍しいものではない海の景色が、今の俺にはとても面白い。

 辺りを泳ぐ魚も、深海にいたグロテスクな魚たちよりもわかりやすい魚の姿で泳いでいる。

 レベルは20前半が多い。15あれば高い方だった深海よりも獲物が多いのだろう。こんなに視界が開けているんだから当たり前だ。


 視界が通っていて、障害物などもわかりやすいという事で、俺は初めて思いっきり自由に泳ぐことができる。

 視界が閉ざされた深海ではどこに崖や岩山があるか分からず、気をつけて泳いでいたから、ここで初めて広々と泳ぐことができるのだ。

 縦横無尽に、水の抵抗を感じさせない動きで飛ぶように泳ぐ。

 思ったよりもスピードが出ているが、やはり人魚。人間なんかより余程泳ぎに特化している。だからこそ水中活動は楽しい。


 興奮のままに泳いでいると、不意に視界に影が刺した。

 また鯨かと思ったが、それは動かないし、生物特有の気配も無い。


 目の前のそれは、巨大な沈没船だった。

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