死霊術師に転生して寒村を追い出されたけど、美人姉妹に拾われたら幸せに生きていけそうですか?

内妙 凪

第1話 寒村

 僕が物心ついた時に味わった感情は、絶望であった。


 僕の生まれた村は、ザーグラーという国の北。その辺境の端の端。村民30人足らずの開拓村だった。


 僕には前世の記憶があった。というものの自分がどんな人物で、どんなことをして、どんな風に死んだのか。そしてなぜここで転生をして生きているのか。それらは全く記憶になかった。思い出そうとしても、何も思い出せなかった。


 それなのに僕にはその価値観のようなものは残っていた。それがさらにこの辺境の貧村での生活を地獄に変えた。


 まず食べ物だ。ここの主食が虫だったことだ。川の近くに生息するリバーワームと呼ばれる3センチメートルほどの小さく細い虫。それが大量に獲れるのだ。

 それを砂抜きしてから食べると、目を瞑れば食べられないこともない味になる。それと辛いカブと苦いホウレン草で僕たちは生きている。

 たまに狩人さんが六本足のヘラジカみたいな生き物の肉を持って来てくれることだけが僕の生きる希望だ。


 それらしか食べ物を知らないならば、僕は不満もなく平和に生きていけたと思う。けれども僕の記憶には前世のおいしい食べ物たちの幻影があった。


 食べなきゃ死ぬけど、食べても死にそうになる日々。


 そしてこの村は、1年の4分の3は雪に埋もれているような極寒の地にある。この村の外縁部にある森の樹木、その木材を切り出すのが、この村の役割らしい。


 村の男の大半はその仕事に従事しており、その他の男は狩りと耕作、女と子供は採取や雑用をして過ごしている。もちろん学校なんてなく、子供も大事な労働力だ。


 そんな過酷な寒村での生活が僕の第二の人生だった。


 僕の名前はリフォロ。姓はない。今年で10歳になる。この村には誕生日なんて概念がなく、いわゆる数え年でしか年齢をカウントしない。


 なので僕の現在は9歳と何ヶ月だと思うのだけど、そんなことも考える暇もないくらい、雑用を押し付けられた子供の生活は忙しかった。

 

 薪拾い、木の実採取(これも渋くてマズイ)、虫の採取、畑の雑草駆除、エトセトラエトセトラ……。


 去年の冬に二つ隣の男の子が亡くなって、同世代の子供は僕しか居なくなった。あとは小さい子か、もう大人について色々なことを学んでいる見習いのような歳の子しか居ない。


 普通、異世界転生って、こう……チートとかもらえたりするもんじゃないのか? ヒロインすら居ないじゃないか!


 僕は毎日憤りながら、森と川を往復したり、サボったりするだけのつまらない生活を送っていた。



 そんなある日、僕は高熱を出した。粗末な木のベッドの上で粗末な布団に包まって、今にも死にかけている。意識が朦朧としているのが自分でもわかった。


「こりゃ、駄目かもしれねぇな……」


「熱だけでも下がるといいんだけど……」


 父と母の声が遠くに聞こえる。


「リフォロ……」


 兄の心配そうな声が聞こえる。喉が痛く、返事をすることすらできない。


 この村には医者も薬もない。ほんとうに自分の免疫力だけが頼りだ。しかし10歳の子供の免疫力なんて、たかが知れている。仕事をサボってると魔女に呪いをかけられるって迷信が本当だったのかもしれないな。来世はもうちょっと真面目に生きよう……。


 そんな家族の半分諦めの声を遠くに聞きながら、僕は何度目かの気絶に近い眠りに落ちた。





『……死霊術師……死霊術師……』


 死にかけた僕の頭の中に厳かな声が響く。けどそれは僕を呼んでいるわけじゃなさそうだ。


 僕は夢の中で気にせず寝続けることにする。だって僕は死霊術師じゃないし、ただの村人だ。本当に具合が悪いので静かにして欲しい。


『……死霊術師……約定を果たせ……死霊術師……約定を果たせ……死霊術師……』


 しつこい。こっちは死にかけているのに……。これは一つ文句でも言ってやらないと気が収まらない。


 僕は目を開くと驚いた。目の前がまっ金色に覆いつくされていたからだ。


「おぉっ!?」


 驚きに声を上げると、その視界の金色は回転していくのがわかる。そのうちに回転していた金色の中に、僕の身長ほどある黒い球が現れた。


『……目覚めよ……死霊術師……約定を果たせ……』


 それは同じ言葉を繰り返し続ける。壊れかけのラジオか?


 目の前で大きな黒い球が動く。僕はそれと視線があったときに、それが目玉だということに気付いた。


 それは金色の肌を持つ巨大な顔で、僕に目を寄せ、じっと見つめていたのだ。酷い近眼なのだろうか。


『……目覚めたか……死霊術師……約定を果たせ……』


「僕は死霊術師じゃないし、あなたと約束した覚えもありません。風邪で死にそうなので静かにしてもらえませんか?」


 僕の言葉に金色の顔面はスッと離れると、ようやく僕にそのハゲたおっさんの顔の全容が見える。なかなか苦労してそうな顔をしている。


『……いや、人違いではない……死霊術師……約定を果たせ……時間がない……』


「いや、人違いですよ。だって死霊術なんて知りませんし、僕は10歳の子供です。趣味は芋虫採集です」


『……これはいかん……』


 巨大な顔面は苦々しげに、処置ケアが必要だという顔をした。その顔に僕はどこか中間管理職の悲哀を感じた。


『……急げ死霊術師…………備えよ………………約定を果たせ……』


 段々と顔が遠のいていく。僕は顔の人もなんだか苦労してそうだな、と同情しながら目を閉じる。そして再び眠りの中へ戻っていった。



 それからは嘘のように僕の熱は下がり、後遺症などもなく、僕は地獄のような日常へと戻った。


 その日も僕は村からすぐ森に入って数分のところにある川へと虫獲りに来ていた。


 相変わらずリバーワームは岩をめくると大量にいた。


 僕はそれを荒いザルに移すと、水につけて砂やゴミをふるい落とす。そしてワームだけになると、それを水の張った木の桶に移す。それを木の桶がいっぱいになるまで繰り返すのだ。


 それにしても不思議な虫だ。どうやって増えているのかわからないが、毎日毎日大量に獲っても、次の日には同じくらいいる。


 それにこのワーム、口がないんだよなぁ。でも糞らしきものはしている。どこから砂を取り込んでいるのだろうか。それに大体が3センチメートルの大きさで揃っている。異世界の生物は摩訶不思議だ。


「6本足のヘラジカを初めて見たときもびびったけどなぁ」


 作業を繰り返していると、ザルの中に死んでいる虫を見つけた。それは水に浮いてくるので、すぐわかる。


 僕はそれを指でつまんで、土の上にポイと捨てた。砂抜きできていない死んだワームはジャリジャリとして食べられたものではない。味も砂だ。


「……死霊術かぁ……」


 ふと川辺の岩に腰かけながら、あの夜見た悪い夢……いや、いい夢だったのだろうか? 実際、あの夢を見たあと僕は完治したわけだし。


 あの夢で顔面の人が言っていた、死霊術師や約定という言葉とその意味。色々思い出したり、両親に探りを入れてみたけど、特に進展はなかった。

 

「まさか使えるわけないもんな」


 僕は子供がエネルギー波を出す真似をするように、指でワームの死体を指差しながら呟いた。


 そして自分でも驚くほどにその言葉は自然と口から出た。


「踊れ」


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