手も足も出ない生徒たち――魔王との攻防――
野々村の手の先には氷が剣のように伸びている。
彼女はそれを振り上げて魔王に攻撃しようとした。
「ハハハッ、その程度か。笑わせてくれる」
魔王が先ほどと同じように手の平を向けると、そこから光が出てきて野々村は吸いこまれてしまった。
彼女の姿は跡形もなく消えてしまい、突拍子もない出来事に息を呑む。
わずかな時間でクラスメイトが二人も餌食になった状況に戦慄を覚えた。
「そんな……何が起きたの?」
「こんなのチートじゃねえよ」
野々村がいなくなったことで、魔王とにらみ合うクラスメイトは六人になった。
さっきまでは七対一でこちらにまで注意が及ばなかったのか、魔王は俺と内川の存在に気づいていない。
「……俺たちに気づいてないみたい」
絶対領域の効力が音を遮断するかまでは分からず声を潜めて言った。
「僕たちよりも魔王こそがチートだな。あんな能力があるなら近づけない」
「それに影のままなのは本気じゃないってことなのかな。王様の言うように強くなってからでないと勝てる可能性はないね」
俺たちは小声で話しつつ、部屋の奥に移動して息を潜めた。
攻撃系スキルでない以上、逃げか守りしか選択肢はない。
臆病かもしれないが、強大な敵を前にして、向こう見ずの勇気を発揮しようなどという万能感は初めから持ち合わせていないのだ。
「勇者たちよどうした? このままだと我に滅ぼされるだけだが、それでよいのか?」
魔王は残った六人をなめているような様子だった。
俺と内川は身動きが取れないまま、部屋の隅でしゃがみこんでいる。
「――おれが時間を稼ぐ。みんな逃げろ!」
全滅は時間の問題だと思ったところで、クラス委員の市村が声を張り上げた。
その直後、彼以外の五人はためらう様子を見せた後、小走りで部屋から出ていった。
「ふむ、おぬしは奇妙なスキルを持っているようだな」
魔王は感心したような声を上げた。
市村が何らかのスキルを発動したようで、人の形をした黒い影の塊が後ずさった。
「王様、おれと逃げましょう!」
魔王が怯んだ隙を逃さないように市村は王様に呼びかけた。
「わしは大丈夫じゃ。そなたは仲間の後を追いたまえ」
「は、はい」
市村は逡巡するような間の後、王様をそのままにして立ち去った。
魔王の追撃があるかと思ったが、同じところにとどまっている。
それでも油断はできず、目を逸らさずに注意を傾けた。
「礼を言おう。いい暇つぶしになった。収集した二人は我が配下として使わせてもらう」
魔王の声色からは余裕のようなものが窺えた。
今の俺たちでは手も足も出ないことを痛感する。
「……魔王よ、成長した勇者が貴様を打倒する。その時を待っておれ」
王様は捨て台詞を残して立ち去ろうとする魔王にまくしたてた。
しかし、魔王はそれを意に介すことなく、消失する霧のようにいなくなった。
まるで何ごともなかったかのように周囲は静かになっている。
「……行ったかな?」
「ああ、そうみたいだ」
魔王の気配が完全になくなってから、内川が絶対領域を解除した。
それから、二人で打ちひしがれる様子の王様に近づいた。
「あの、王様」
「そなたたちは……隠れておったのか……」
俺が声をかけると王様は覇気の感じられないような声を出した。
「ええまあ、僕のスキルで」
「……そうか」
王様は疲れ切った様子でついていくるように言った。
彼に続いて歩き、召喚された部屋を後にする。
とにかく今は事情を知る人物に同行するのが一番だろう。
「王様の家来は?」
内川が遠慮のない言い方でたずねる。
王様は足取りが重たい様子で、彼に歩調を合わせて歩いている。
「勇者召喚は王家の者にしか許されてらおらん。この回廊を抜けた先に衛兵や大臣が待っておる」
「俺からもいいですか? 魔王は王様に何もしませんでしたね」
「これのおかげじゃ。魔王もこの加護には手が出せん」
王様は首から下がる金色に光るペンダントのようなものに触れた。
神々しい輝きがあり、特別な力があることが窺える。
重々しい空気を感じながら、回廊の突き当りにある扉に到達した。
王様がそれを押し開くと、向こう側から複数の人の気配と明るい光を感じた。
魔王の気配が薄らいだように感じて、全身の力が抜けるような安心感を覚えた。
「王様、ご無事でしたか!?」
恰幅のいい小金持ちといった雰囲気の男性が王様に近づいてきた。
どことなく偉そうな雰囲気があり、この人が大臣なのだと思った。
他には遠巻きに数人の兵士の姿が見える。
「わしのことはいい。それより、こちらに彼らと同じ服を着た者は来ておらぬか?」
「いえ、我々はここで待機してましたから、人が通れば分かるはずです」
「むっ、まさか別の出口から出てしまったか……」
王様は困った様子で声を漏らした。
「よかったら、俺たちが探しましょうか?」
「いや、出口の先は転移魔法陣がある。間違って足を踏み入れては大変じゃ。そなたたちだけでも残ってもらわねば」
「そ、そうですか」
王様は俺たちのスキルを知らないはずだ。
過剰な期待を抱かれているような気がしてきた。
内川に目で合図をすると、気まずい顔をして首を横に振った。
危機を回避するという意味では有効でも、攻撃には向かない未来予知。
逃げと守りには最高でも、攻撃には向かない絶対領域。
――王様がこのことを知ったら、処刑されたりしないよね。
それから召喚の間に近づくことが許されている王様が別の出口を見に行った。
王様は重たげな足取りで戻ってくると、うなだれるように肩を落とした。
「……どうやら、転移魔法陣に入ってしまったようじゃ」
「「「なっ!?」」」
この場に居合わせた人たちが口々に悲鳴のような声を上げた。
魔法陣の先は危険なところに通じているというオチだろうか。
部外者には分からないことのため、まずは確認してみることにする。
「あのー、転移魔法陣に入るとどうなるんですか?」
「勇者様、転移先はここから遠く離れた森です。元々は王家の方が試練のために赴く土地。あなた方の立ち振る舞いを見る限り、戦いの経験はないのでしょう。そのような状態で訪れるには危険すぎるということです」
疲れ切った様子の王様に代わって、大臣らしき人が説明してくれた。
偉そうなところは気になるが、今のところは邪険にされるということはない。
それにしても、魔法陣に飛ばされた級友たちは無事なのだろうか。
ここまでの感じではいきなり戦えるようになるわけではないようなので、危険な存在に襲われても抵抗することは難しいみたいだ。
転移した直後で戸惑っているようなことになれば、不意を突かれてあっけなく死んでしまうことさえ起こりうる。
「大臣、わしはしばらく休む。勇者様たちのお世話を頼んだ」
「かしこまりました」
男はやはり大臣だった。
王様は彼に指示を出して、俺たちに言うことを聞くように言った。
「ではこちらへ。私から今後についての説明をしましょう」
俺たちは大臣に案内されるまま、どこかへ移動を開始した。
そのうちに戦闘力がないとバレてしまいそうで背筋に冷たいものを感じていた。
あとがき
魔王に吸収された二人について(現時点で二人がどうなったかは不明)
柿原隼人=炎を右腕に纏わせて戦うスキル
野々村鈴音=氷の剣を発生させる前衛向きなスキル
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