魔法少女が異世界にやって来たようだ!

三上

はじまり

第1話

 世界を救った魔法少女ステラ。

 全世界から称賛され、英雄と謳えられ、後世まで語られるであろう偉業を成し遂げた。


 真っ白な空間の中心に置かれた椅子に座るステラ。

 スポットライトは彼女のみに当たる。

 そして、ステラの前に立ち並ぶ八柱の神々。奥の方は暗く、僅かに見える足元もローブに包まれていた。

 ステラは彼らに表彰される。

「よくぞ世界を救ってくれた魔法少女ステラよ。我々一同、心から感謝する」

 八柱の神が少女に深くお辞儀をした。

「悪くない気分だね」

 謙遜でもお礼でもなくただの感想を述べたステラ。

「いろいろあったけどなんだかんだで楽しかったし、最後はこうして称賛されるんだから悪くない。それに、私の伝説は後世も語り継がれるだろうし」

「あぁ、未来永劫を約束するよ」

 ステラはその言葉にニコリと笑うと、まるで私の役目は終わったかのように早々と立ち上がり、先ほどから代表して喋っている人物に向けて言った。

「んじゃ帰ろ、せんせ」

 せんせと呼ばれた彼の名はノウン。ステラの相棒として共に世界を救ったが、彼はもう魔法少女の案内人としての役目を果たしたのだ。

 ――つまり、お別れの時である。

「私の役目は終わったんだよ、ステラ」

「せんせとの時間、悪くなかったんだよね。せんせもそうだと思ってたんだけど、違った?」

「……あぁ」

 感涙するような肯定した声がして、人の姿をしていたノウンがステラの前に小さくなった姿で現れた。

 ぬいぐるみサイズの可愛い姿をした白い魔獣。

 ノウンは、ステラに言う。

「……いいのかい?」

「もちろん」

 ステラはそう答え、ノウンを抱き上げた。

「帰るよ、せんせ。蕎麦でも食べてさ」

「あぁ、そうだな」

 ノウンの好物である蕎麦を出して、少しでも気を引こうとするステラ。それを読み取ったからこそ、ノウンはさらに優しい目をステラに向ける。

「……しかし、魔法少女ステラ」

 誰かがステラを止めたが、ステラは物怖じせずに真っ直ぐと彼を見て言った。

「私を魔法少女にした時、なんでも願いを叶えるって言ったよね。私の願いは、せんせと一緒にいること。それでいいでしょ」

 ステラを止めた彼は何か言いたげな顔をしたが言葉を呑み込み、ノウンに代わって七柱の神々の中心に立った。

「……では、魔法少女ステラ。相棒ノウンと共に現世へ帰ることを許可しよう」

 ステラの足元に魔法陣が浮かんで光が満ちる。

「世界を救った貴方に幸のあらんことを――」

 魔法陣の光が大きくなる中、代表者からの称賛の声がかけられ、もう一度神々から深くお辞儀をされた。



 現世に帰ってきたステラとノウン。

 目を開けると平和になった夜の渋谷スクランブル交差点の中心に立っていた。いくつもある大型ビジョンには、ステラが軽く手を振った写真に『〈英雄〉魔法少女ステラ』の文字が添えられた画像が掲載されている。それを見たステラは、いかに己が世界中で称えられているのかを実感して誇らしくなった。

「やっぱ悪くない気分だね」

「それはよかったよ」

 腕の中にいるノウンが相槌を打ってくれる。

「さて。何か食べて帰ろ、せんせ」

「そうだね。なら、いつもの蕎麦屋にでも行こう」

「いいね、それ。名案だよ」

 二人はスクランブル交差点を越え、さらに進んだ場所にある小さな公園に入った。

 そこにあるのは、夜にだけ開かれる蕎麦屋台。渋谷駅から離れた場所にあるので人通りも少なく、お客さんで賑わっているところを見たことがない。

 のれんをくぐり抜けて椅子に座ると、おじさんは素っ気ないながらも嬉しそうにステラを見て言った。

「お嬢ちゃん、また来たんかい」

「うん。おじさん、蕎麦二杯ちょーだい」

「はいよ」

 ステラが注文すると屋台のおじさんは慣れた手つきで蕎麦を作り始める。

「へい、お待ち」

「ありがと」

 ステラがノウンと出会った頃から来ている屋台。だが、ステラがどんなに有名になっても屋台のおじさんは、見て見ぬ振りをしてくれているのか興味がないのか深入りはしてこない。

 だからこそ、居心地良く今まで来れている。きっとこれからもこの屋台がある限り通い続けるのだろう。


「おじさん、ごちそうさま」

「はいよ。また来なね」

「うん」

 屋台のおじさんに挨拶をして蕎麦屋台を出る。

 すっかり夜遅くなってしまった。渋谷から少し離れた場所だからか静寂に包まれていた。

 ステラは、腕の中にいるノウンに話しかける。

「せんせ、帰ったら何する?」

「残念ながら、良い子は寝る時間だよ」

「私はもう子供じゃないのに」

「君は子供だよ。まだ十四才じゃないか」

「子供扱いしないでよ」

 もう子供でもないし、そもそもまだ午後十時にもなってないじゃないか、とステラはふてくされた顔をする。ノウンはステラの機嫌を損ねてしまったようだ。

「君はまだ子供だけど、悪に立ち向かう時は誰よりも頼もしくて誰よりも強い私の相棒になる。おめでとう、ステラ。ありがとう、ステラ。君のおかげで世界は元に戻ってくれたよ」

「ふふん、まあね」

 ステラはノウンの言葉に機嫌を直したようでドヤ顔をすると、ノウンを星空高く持ち上げた。

「……魔法少女になった日も星が綺麗だったよね。あれから、せんせはいろんなことを私に教えてくれた。……あの日、魔法少女になってよかった!」

「それは嬉しいね」

「うん。……せんせ、ずっと一緒にいようね!」

「あぁ、もちろんだよ」

 ノウンの返事にステラは嬉しそうに笑った――
















 その時、ドンッと撃つ音が聞こえた。

 音はステラの胸を撃ち抜き、ステラは力なく倒れる。ステラの手からすり抜け落ちたノウンは、彼女の名前を叫ぶ。

「ステラ!!」

 ノウンは辺りを見渡すが誰もいない。ここで見えもしない相手を特定するのは無理だろう。そう考えたノウンはステラの身体を揺さぶる。

「ステラ! 返事をするんだ、ステラ!!」

 だが、ステラの身体がドロリと溶けていく。

「!! す、ステラ……!」

 初めて見る光景にノウンの表情が歪む。

 ステラの溶けた身体は影に呑み込まれ、水滴が落ちる音が聞こえて影の中へ消える。

「! チッ、やむ得ないか……!」

 ノウンはステラを追うために影の中へ入った――

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