第9話
<h2>Bruise Claw<ブルーズクロー>第9話</h2>
「俺にも手ほどきしてくれるってか?」
「とりあえず、お前の全力が見たいな」
そういうと、またしても煙のように目の前から消えるミステイシア!
「!」
咄嗟に背後に回し蹴りを放つラキット!
完全に勘頼りの攻撃・・・!!
「残念、ハズレだ」
正面からの声にすかさず振り返るも、ほぼ同時にラキットの正面にしゃがんでいた
ミステイシアが勢いよく立ち上がり、その後頭部がラキットの顎を突き上げた。
もしミステイシアがラキットに向かって正面を向いたまま今の攻撃を仕掛けていたら
何処かしらに彼女の角が突き刺さっていただろう。
ミステイシアのこれまでの行動からしても、決して殺そうとしていない事が見て取れる。
「あが・・・」
のけぞり倒れたラキットは顎を抑えて悶絶している。
「ラキット!!」
「アーマス、手出し無用だ。大人しく見ておれ」
「ぐ・・・!!」
「感情が乱れてるぞ。お前はそのまま自我のコントロールに専念していろ」
「はぁ・・・はぁ・・・」
フラつきながらも立ち上がったラキット。
「ラキット、お前・・・何か力を隠しとるな?」
「!?」
ミステイシアの読みは正しい。
ラキットは『奇跡の幸運』のオラクルを持っている。
だが、それは切り札中の切り札・・・
後に同等の不幸が訪れるリスクを伴うため、できれば使いたくないのである。
「不思議そうな顔をしてるが、その理由がわかっていないのか?」
「俺が力を隠してるのを見破ったのは、勘とかそういうのじゃないってことか?」
「なるほど、そういうことか。
それじゃあ、天力も見えてないわけだな?」
「天力を見る・・・?まず最初の質問に答えろよ!」
”いいだろう”と、ミステイシアは語り始めた。
「お前が力を隠してるのを見抜いた点についてだが、
簡単なことさ。お前の放つ天力の大きさから判断しただけだ」
「天力の大きさ・・・それがお前には見えてる・・・」
「まず前提として、天力を持つ人間と、そうでない人間の二通りが存在している。
これは、かつて天界人と地上人が禁忌の交わりを行い、その結果、
地上人の中にも天界人の血を持つ者が生まれ・・・
長い月日を経て、天界人の血は薄まりながらも世界中に広がったためだ」
「その話は知ってるよ。義務教育で教えてるから一般常識として認知されてるさ。
それより天力の大きさで判断って・・・
なんというか、俺の認識じゃ大きさというより”量”みたいに捉えてたんだが・・・」
ラキットの認識としては、天力はオラクルを使うのに必要な燃料のようなものだった。
「大きさも、量という認識もどっちも間違っちゃいない。
天力の強さが増せば、体を覆う天力はより大きく力強く発する。
一方で、オラクルや天術を使えば天力は消耗していく。
そうだな・・・魔力と考え方は同じということさ」
「なるほど・・・魔力と同じ・・・それは判りやすいかも」
確かに魔力は力強さとしても、量としても認識している。
ただ、解りづらいため、魔力の量は『魔法力』と言い換えて使う場合がある。
「でだ、天力を持たない人間は一目瞭然、何も見えない。
何も体から発してないわけだ。
次に天力を持つが、天啓を受けていない人間と
天力を持ち、なおかつ天啓を受けた人間・・・
この両者もまた明確に違いがわかるというわけだ」
「!・・・つまり、俺の天力の大きさを見て、天啓を受けた人間の方だと判断したと」
「飲み込みが早くて素晴らしいぞラキット。
天啓を受けてない天力持ちの人間は、
体全体からせいぜい5cmほどの輪郭のように天力を纏ってるわけだが、
天啓を受け、オラクルが使えるようになると、体を覆う天力が10倍ほど広がる。
これだけで、そいつがオラクルを持っているかの判断がつくわけだ」
「なるほど・・・俺がオラクルを使えるのに、全然使ってる様子がないから
”力を隠してる”って判断したわけね・・・」
「その通り。天力の量としても消耗が見られないから
確かに使ってない事もわかったしな」
「俺たち地上人も見えるようになるものなのか?・・・天力は・・・」
「これは見えるか?」
そう言うとミステイシアは右手をかざし、魔力を込めた。
すると右手から薄紫のオーラが放たれ始めた。
「魔力・・・だよな?」
「うーん・・・面白いな。魔力は見えるのに、天力は見えない・・・か。
地上人は構造上、そういうものなのかもしれないな」
「そういえば生命エネルギーである『気』の流れも最初は見えなかったな。
多分ほとんどの人間が最初は見えないと思う。
そういう意味では天力に近いのかも・・・
でも『気』に関しては訓練で見えるようになったんだよな・・・
もしかしたら『天力』も努力次第で見えるようになるのかも・・・?」
「まぁ、見えようが見えまいが、そこまで重要な気はしないがな。
人間や天使とやりあうって事なら話は別だが。
と・・・随分話し込んでしまったが、そろそろ本気を出してくれないか?
ラキット」
「俺のオラクルはリスクが伴うから使えない。
だがそうだな・・・色々勉強になったことだし、
”別”の本気を見せてやるか」
そう言うとラキットは上着を脱ぎ棄てた!
「ラキットの野郎、マジだな・・・!」
「カラス!!解放<リリース>!!」
すると、ラキットの体から黒い羽とはまた違う破片のようなモノが飛び出し、
ラキットの周りに漂い始めた。
(久々に出られたかと思ったら・・・これまた珍しい奴がイルゾ)
”カラス”と呼ばれた、この漆黒の欠片たち・・・
もちろん生物のカラスなどではない。
『喰らう漆黒』それが天啓で授かった名称だが、見た目からカラスと名付けたようだ。
”カラス”は自我を持つ珍しいオラクル。
ラキットの天力を喰らい、代わりに力を授けてくれる。
ちなみに、カラスの声はラキットにしか聞こえない。
「たっぷり喰わせてやるから、力を貸せ!!」
(承知シタ。イタダキマーーーース!!)
「なんだ?(ラキットの天力が一気に底をついた?)」
「はあああああああ!!」
ラキットの筋肉が膨張する!
「ほう、解りやすい肉体強化だな、だがデカくなった分、
自慢のスピードは出せないんじゃないか!?」
「お前の言う通り、パワー重視だが、問題はない。
カラス、体預けるぞ」
(承知シタ)
フッと脱力するラキット。
だが次の瞬間ラキットの体が宙に浮く。
その瞳は赤く輝いている。
ビュッ!!
次の瞬間ラキットは空中を加速し、そのままミステイシアの懐に飛び込むと、
思い切り顔面を殴りつけた!!
「当たった!!」
「ぐ・・・!!」
よろめくミステイシアに追い打ちで蹴りを放つ!!
ギリギリ腕でガードしたようだが、思い切り吹き飛ばされた!!
「やるじゃないか・・・!
(なるほど、ラキットの足元のあの黒い破片が機動力の補助をしているわけか)」
カラスの一部に乗り、機動力を一気に上げることは相当なバランス力を有するため
難度は非常に高い。
結局、そのままの状態で乗りこなすのは今のラキットでは不可能という結論に至り、
ラキット自身の意識をカラスに明け渡し、肉体操作も任せることで、
ようやくこれだけの機動力および浮遊術を可能にしている。
さらにカラスの能力で、天力による危機察知能力を効きづらくしている。
そのため、ミステイシアはラキットの攻撃の狙いが事前に読めないのである。
「ブラックカッター」
ラキットの体の周りのカラスがノコギリ状の円盤に姿を変えた。
「切り刻メ・・・!!」
放たれる複数のブラックカッターがミステイシアを襲う!!
「ありきたりな技だな!」
紙一重でかわすミステイシア!
だが、かわしたはずのブラックカッターがUターンして再びミステイシアを狙い始めた!
「自動追尾か・・・だが、これも出し尽くされた技だろう?」
フッ!
ミステイシアは一瞬にして姿を消すと、ラキットの背後にまわり、
そのまま羽交い絞めにした。
自動追尾のブラックカッターは、そのまままっすぐ加速してくる!!
「はは!いいぞ!こっちだ!なぁに、死ぬ前に千切れた胴はくっつけてやるから
安心してぶったぎられてこい!」
ギリギリまでブラックカッターが接近したところで、
ミステイシアは思い切りラキットを蹴飛ばした!
「ラキット!!!」
体が真っ二つ・・・ミステイシアもアーマスもそう思っただろう。
だが、実際は二つに分裂したのはブラックカッターだった!
「なに!?」
「愚カ者め・・・ソレの一つ一つが私で意思がアル」
二つに割れたブラックカッターはラキットの肉体を避け、
左右からミステイシアを狙い加速する!!
バシュッ!!
「やった!」
一つはかわしたようだが、もう一つのブラックカッターに左腕を切断されたミステイシア。
「く・・・!」
「トドメだ」
ラキットの両腕に黒い刃が出現・・・!!
「黒十文字・・・斬り!!」
バランスを崩していたミステイシアに斬りかかるラキット!
ぶった斬る・・・と思われた次の瞬間、ラキットの手刀が空を斬った。
そう・・・振りかぶった直後、黒い刃が消えたのである。
もし刃が出ていたら、直撃は避けられなかっただろう。
「へ・・・?」
ラキットの目の色は戻り、いつの間にかカラスも消えている。
膨れ上がった筋肉もすっかりしぼんでいるではないか。
「ガス欠・・・!?いつもより、めちゃくちゃ早くね!?」
ラキットは気づいていないが、『奇跡の幸運』による副作用による不幸の効力を
カラス発動時に若干無効化してくれたようだ。
その分の対価として、いつも以上の天力を喰われたため、あっという間に効力が解けたというわけだ。
「って、ミステイシア・・・その腕・・・」
「ん?あぁこんな傷すぐに治る・・・というか問題ない。
それよりも、合格だ。ラキット、お前の全力・・・素晴らしかったぞ!」
「お、おう・・・じゃあ三人とも合格なんだな?」
「ああ。力を得る資格がある事を認めよう」
「ちょっと待ってくれ、さっきも言いかけてたけど、
”力を得る資格”って何の事だ!?むしろ力を失うんじゃないのか?」
「あぁ、確かに最初に対価としてお前たちの蓄積した力を貰う」
「はぁ・・・ちょっと待ってくれ一体どういう事なんだ?
力を捧げるけど、力を得るって・・・つまり交換??よくわからんのだが」
「いやいや、対価を払って中に入るだろ?
あとは好きに限界まで強くなればいいという話だ」
「・・・それ力を得るって言うのか?
せいぜい”力を取り戻す”が正しい表現だろうが!」
「力を取り戻す?そんな程度ではないといっておるんだ。
お前たち次第では、何処までも強くなれる・・・
それがお前たちの言うところのセブンスダンジョンの本当の価値だぞ」
ミステイシアが何を言ってるのかラキットもアーマスもちんぷんかんぷんの様子。
そうこうしているうちにミリシアも目を覚ました。
・・・・・・
・・・
ひとまず落ち着いて話をすることにした一同。
床に腰を落ち着かせ話始める。
「なるほど、お前たちはエンドレスブルーを獲りにきたと。
(まぁ・・・”他の連中”もそう言っていたし、このダンジョンの本来の価値を
人間たちは知らないようだな)」
「あるんだよな?エンドレスブルー」
「あぁ・・・まぁ、あるな。うん」
「なんか歯切れが悪いな」
「気にするな。
それよりもお前たちは本当に何も知らないようだから一から説明してやる。
まず対価についてだが、お前たちの経験・身に付いた筋力・魔力・気力・天力
など諸々頂く・・・が、知識は奪われないし、オラクルも消えないから安心しろ。
筋力等も最低限ここで死なない程度には残してやるから安心しな」
「あのよ、俺のさっきの暴走しないパワーアップは?」
「それも出来るから心配するな」
ホっとするアーマス。
「ここからがお前たちの知らないことだが、
まず地下迷宮では時の流れが止まってる」
『!!?』
「時の流れが止まってるって・・・つまり・・・」
「つまり、中で何年経とうが、お前たちは年も取らない。
好きなだけ鍛える事が出来るわけだ」
「俺たち次第でいくらでも強くなれるって・・・そういうことか・・・!」
「そう。おまけに地下迷宮の魔物たちは特殊なアイテムを落とすことがある。
それを取り入れれば、アイテムによって各種能力が上昇するという優れものだ」
「マジかよ・・・じゃあ、失っても、その力を取り戻すのに、
鍛えた同じ時間もかからないってことか?」
何だかんだ言いながらも、やっぱり失う事を気にしていたアーマスは
希望がある事に笑みをこぼした。
「そういうことになるな。まぁ・・・確実にドロップするわけでもないから
そこら辺は運に左右されるし、根気よくやればいいさ。
どうだ?”力を得る”その意味がわかったか?」
「あの!あの!ちなみになんだけど、時が止まると、おなかが空くのも止まるのかな?」
ミリシアが大事な事を質問した。
さっきまでの怒りはすっかり収まったようである。
「残念だが、中では腹も減れば眠くもなる。
当然動き回れば疲労もする。排尿・排便、そこら辺も当たり前にあるからな。
あと怪我に関してだが、自然治癒出来るような小さなものなら回復する。
爪や髪も伸びてくるからそのつもりで」
それなのに年を取らないのは何でなんだ?と疑問に思うラキットだったが、
他の二人が気にしていなさそうだったため聞くのをやめた。
「それと、地下迷宮は、”今は”地下50階ほどまでの深さだが、
場合によってはさらに深く成長する可能性がある。
過去にもそういう時があったのでな。一応伝えておく」
「あと気になるのが、地下迷宮に足を踏み入れたら、
条件を満たさない限り出られないって話・・・」
「あぁ地下10階の番人を倒せば、行き来が自由になる。
割と良心的だろう?」
(思ったよりは早く到達できそうだけど・・・
まだ中の敵がどれくらい強いかとか、自分たちがどれだけ弱くなるのかも
全然予想がつかないからな・・・あまり楽観はできないかもな)
「それと、時間が止まる・・・と言ったが、
それはあくまでもダンジョン内の生物に対しての時間であり
空間の時間の流れに関しては緩やかに流れていると思ってくれ」
「??・・・どういうことだ?」
「つまり、地下迷宮で30日すごすと、大体現実世界では1日経過してるわけだ」
「なるほど・・・つまり中で360日が、外の世界では12日ってわけか・・・」
「そういう事だ」
(外の時間も止まってくれたら、なおの事よかったんだけど・・・
仕方ないか。それにしても、やっぱり気になるのはダンジョン内の
生命の時間が止まっても細胞の新陳代謝?とかはしてるのに、
一切老けないってのはどんな原理なんだろうな・・・
深く考えても仕方ないんだろうが)
「よし、あらかた説明したな。
じゃあ聞くまでもないかもしれないが、
地下迷宮・・・挑むんだな?」
「あぁ」
「ここまで来たんだ!すぐに今以上に強くなってやるさ!」
「あ、あなたにラキットは渡さないんだからね!」
いくら鈍感なラキットでも、ここまでストレートなやり取りを聞けば
ミリシアの気持ちに気付かないはずもなく・・・
ただ、言ってる当のミリシアは、その場にラキットがいることを
すっかり忘れて発言しているようで、ラキットだけが照れている状況である。
「いいだろう。入出を認める・・・!!
それでは力を頂くぞ・・・!!」
ミステイシアが三人に向かって手をかざすと、三人を淡い光が包んだ。
力が抜けていく感覚が三人を襲う・・・!!
次回に続く
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